響け! チートピアニカ
「あぅ……うぅ……」
さっきから今日の主役のリコちゃんが唸ってる。
「やり遂げたわ」とばかりに満足げなシフォンの笑顔が物語るほどの、とても可愛い状態になってるんだな。
イメージはスコットランドのバグパイプ奏者らしくて、シンプルにタイツとスウェードのブーツは黒。タータンチェックのミニスカで、脚線をスッキリと見せる。その分、上半身をダボダボ感のあるカナリア色のニットで、ふわっと膨らませてる。頭に銀の八分音符の飾りの付いた緑色のベレーをちょこんと乗せて、可愛いリコちゃんバードの出来上がり。
私の作った偽ピアニカを抱きしめて、オロオロしてる。
急ぎで楽器が作れなかったので、とりあえず私がでっちあげたんだよ。
『秘剣 白鳥の湖』の要領で、鍵盤を押すとオルガンの音で、その音階が出るように各鍵に魔法陣を仕込んである。
携帯魔導キーボードの完成なんだけど、リコちゃんが涙目で「ピアニカに偽装して下さい」って訴えるものだから、ダミーの息の吹き込み口を付けたよ?
時々音盤に合わせて歌ってるのが部屋から漏れ聞こえてくるけど、本当に歌も上手なのに……。
なんて言うと、絶対私にもとばっちりが来るので、敢えて追求しない!
チートなピアニカで、唄いたくても唄えない振りをするんだよ。
場所は王都の教会の礼拝堂。
ようやくリアルの用事を終えて、話を進められる余裕のできたエクレールさんは、まず攻略サイトに呪歌の情報を流して、反響を確かめた。
サムライに続く新職業を、また『雷炎』が見つけたので、少々やっかんでいるらしい。
そんな他の大手ギルドを集めてのお披露目というのが、今回の目的です。
『オデッセイ』、『神聖騎士団』、そして、私は初めて見るセカンドロットからのプレイヤー中心の『ワールド・オーダー』それぞれの幹部たちが、時間通りに集まってくる。
バードの内容を熟知してる、きゅうさんは『オデッセイ』から離れて、こっちに混じってリコちゃんを愛でてるし。
印象的には、『オデッセイ』のリーダーのクラウスさんはリラックス。『神聖騎士団』のジークフリートさんは静かに、『ワールド・オーダー』の銀河さんは、少々イキりがちって感じなのかなぁ。
ロックさん曰く、『そのままウチとの友好度』らしいけど。
そんな中、きゅうさんが耳打ちしてくれる。
「シトリンさん、目線を止めずに確かめて。『神聖騎士団』団長の右隣、ちょっと色っぽい感じの女性がフレイアさん。『ワールド・オーダー』のリーダーの後ろ、オッサンぽい印象のオールバックが、
「やっぱり来てるんだ……」
「それはもう……。確実にシトリンさんが出席する、またとない機会だからね」
「さて、どうやって逃げよう」
「お勧めは【帰還】のスクロールかな? でも、できることなら、少しでも話してみてくれると嬉しい」
「う~ん……ひょっとして、橋渡し役を頼まれてる?」
「察しの良い妖精さんで、助かるよ」
「裏切らないとも言ってないけどね」
「……おいおい」
なんて内緒話をしている内に、会議は始まる。
お口にチャック。
まずはルクレールさんの挨拶と、呪歌を発見した経緯の説明。
それから、明日より順次『シトリン工房』で楽器と音符、実際にメロディの聞ける音盤をセットにした『吟遊詩人習得キット』を発売する旨を伝える。
楽器は、とりあえず急ごしらえのピアニカで、完成次第に笛や、ギターも準備中。
お値段は……特にここに記す必要はないですね。
「あの呪歌は、てっきりハーピィの特殊能力だと思ってた。よく気がついたね?」
「我々騎士団も同様です。ハーピィはそういうものだと思い込んでた」
「ウチのメンバーがハーピィと話していて、はっきり呪歌と言われたのが発端ですね。耳コピできるメンバーが行って、教わって楽譜にしてきました」
「でも、シナリオクリアといい、氷結鋼といい、今度の呪歌といい『雷炎』ばかり、いろいろ見つけ過ぎじゃないですか? 運営からのリークとかも疑っちゃいますけど」
やっぱり、銀河さんの言葉には棘がある。
他の二人のギルマスさんが、それに乗らずに微妙な表情をしているのが幸いです。
「それについては……妖精さん絡みと情報が入ってる。それじゃあ、仕方がないっていうのが正直な感想だね」
ジークフリートさんが肩を竦めて、クラウスさんと笑い合う。
でも、セカンドロットからの銀河さんには「まあ、いつものこと」という感覚はないみたい。困ったな……。
「それで済んじゃう話なんですか?」
「済んじゃうんだよ、だいたい。……ゲームに対する取り組み方の根本的に違う人なので、目線が違うんだ。斜め上の発想でいつも、みんなを驚かせてる」
「その人が運営と繋がっているとか?」
「ないない……あったら、ルフィーア砲で倒せないはずのシナリオボスを吹っ飛ばして、魔法陣の扱いに修正を入れられたりしないし、本当に無邪気に楽しんでる人だよ」
「それに時折、運営にプレイをモニターされてるから。イベントの最終戦なんて、運営がモニターしてたのを、カミングアウトしていたじゃないか」
なんか視線がこっちに集まってきたので、ロックさんの後ろに隠れる。
呆れ顔をしないで、いい加減に慣れてよ。……この台詞はブーメラン気味?
「ついでに言うと、私や『雷炎』の攻略部隊がヘルプを頼まなければ、クリア後にシナリオツアーや、採取を楽しむつもりだった人です。攻略や、戦闘にあまり興味のない、エンジョイ勢の代表みたいな方ですよ」
「そう……なのですか」
「そもそも、与えられた材料はみんな同じ。シトリンさんがコロボックルを見つけてくれたから、コーデリアさんも泉の攻略を考えたわけだし、状況から生じる問題点を考えて、ペンネさんも迷いの森を抜ける手立てを考えた。
すべてをシトリンさんがクリアしたわけではないのです」
「そうよ。そもそも、攻略に生産職部隊を使おうなんてシトリン的発想に慣れた、エクレールさんのファインプレイじゃない。生産職と攻略隊じゃあ気になる所からして違うもの」
我慢できずに嘴を突っ込んじゃったシフォンに、皆がやっと納得する。
そもそも、そこだもんね。
エクレールさんに誘われなければ、「攻略隊は苦労しているみたいね」なんて、他人事のように言いながら、温室増やしてたよ、私。
「そこに納得してもらえたなら、本題に入ろうか」
エクレールさんの合図で、ガチガチに緊張したリコちゃんがチートピアニカを演奏する。
他のギルドのメンバーは止める間もなく、呪歌に巻き込まれた。
『雷炎』メンバーは、打ち合わせどうりに手持ちの【遮音】の魔導機を起動して、呪歌から逃れてる。きゅうさんも同様。
演奏する呪歌は、わかりやすく『ダンス』だ。
ピンクのチートピアニカの置かれたリコちゃんの膝の上に、小さな魔法陣が浮いている。
リコちゃんの熱演は聞きたかったけど、聞いてしまったら目の前の惨状に加わるだけだもん。残念ながら、パスします。
『オデッセイ』のクラウスさんからギブアップのサインが出たので、演奏中止。
驚いたように見つめられたリコちゃんは、恥ずかしそうに微笑んで会釈した。
「エクレール、酷いよ。これじゃあ疑いようがない」
「疑わせない為の策略です。体験してみれば、本当に呪歌だと分かるでしょう? 彼女がリコちゃん。呪歌の採譜をしてくれたプレイヤーです」
「まだ、幼いのに大したものだ。騎士団も少し団員のバリエーションを考えるべきか」
「……また『シトリン工房』か」
う~ん……銀河さんはチクチク棘があるね。
競争するより、楽しめばいいのに。
「セカンドロットのプレイヤー中心だから、初期からのギルドに対抗意識が強いんだろうよ。面倒くせえが」
ロックさんも眉を顰めてる。
バード技能に対する対応は各ギルドが、勝手にすればよい。
呪歌の音盤も、楽譜も明日から発売する。楽器も好きなのを作ればいいし、学ばせるのもプレイヤー次第だよね。
全部各自の判断なのに、ギルドって面倒くさいね。
終わった終わった……帰ろうね。
と、キラキラ~としようと思ったら、きゅうさんに行く手を塞がれた。
「すっとぼけてるのか、忘れてるのか……どっちかな?」
「どっちでしょう?」
コテっと首を傾げた私のところへと、一人の女性と、一人のおじさんっぽい人、そしてリンクさんが駆け寄ってくる。
言わなくても、生産チームのメンバーが守りについてくれているのが嬉しいよ。
面倒事にならなければいいけど……。
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