舞台裏の風景4

「どうよ、イズちゃんも乗るかい?」

「面白いですねぇ。じゃあ、ミラクルフェアリーの単勝と、ミラクルフェアリー→レイズドラゴンの馬単を五千円づつ、お願いします」

「うわっ、大きく出た! こじつけ馬券で、人気は無いんだよ?」

「私の妖精さんへの信頼度は、高いですから」


 お財布から一万円札を出して、お願いする。

 まあ、外れて元々の運試しだ。スタバの福袋を買うつもりが、うっかり寝過ごして買えなかったからね。予算は少しあるのよ。

 JRAの新年最初の重賞は東西共に金杯!

 東の中山金杯にミラクルフェアリーという名前の馬が出ると、朝から盛り上がってるんだよねぇ……。

 他にレイズドラゴンなんて馬もいるし、これはこの馬券で勝負するしか無いでしょ。


 あ、こんにちは。泉原優花いずみはら ゆうかです。

 クリエイトゲーム社のFFOこと、ファンタジー・フロンティア・オンラインというVRMMOゲームのワールドデザイナー兼、シナリオライターをやっています。

 新年初出勤の一月五日の今日、午後から新年初のイベントがスタートするわけなのですが、社内は朝から競馬の金杯の話題一色です。全員分を取りまとめて、後で代表者が新宿のWINSで馬券を購入してくるのだとか。

 競馬は全然わからないのだけれど、こんな日に妖精さんの名を持つ馬が出るなら、応援するしかないでしょう?

 絶対、イベントの方でも何かやらかしてくれるに決まってます!

 あはは。今回のイベントはシナリオ絡みじゃないから、とっても気楽な私です。


「でもね、イズさん。我がマイドラを甘く見ると、痛い目にあいますよ? 今回ばかりは妖精さんにも奇跡は起こさせません」


 某新作怪獣映画に合わせて『マイドラ』呼ばわりだね? イベントの敵キャラのドラゴンに絶対の自信を持ってる坂東くんが、不敵に笑ってる。

 今回のドラゴンレイドは、戦闘バランス担当の坂東くんが中心になって企画したもの。

 企画書段階から頑張って、ようやく実現にこぎつけたのだから、鼻息は荒い。


「安心していて良いんですかぁ? 妖精さんはアダマンタイトを精製したって話ですよ?」


 庶務担当の愛ちゃんが意地悪く、混ぜっ返す。

 彼女はなんと、初出勤を振り袖で決めてきた。昭和のOLかよ!

 まあ、今日はお仕事しません宣言を形にしたとも取れるけど……。


「ふふふっ。甘いぞ愛ちゃん。そう聞いたから、マイドラの破壊光線は、アダマンタイトも破壊できるように強化済みさ」

「あ、ずっこい! ダメですよ、プレイヤーの努力を無にしちゃ!」

「他のプレイヤーなら尊重するけど、妖精さんだけは無下にしても許される……はず」


 坂東くんのあんまりな発言を、みんなで頷いてるし!

 それぞれ、痛い目にあってるからねぇ……。私にとっては、いろいろ救世主なのだけど。


「まったくもう……妖精さんには、私のお小遣いの五百円がかかってるんですからね」

「こらこら、それは競馬であって、イベント関係ないだろ」

「一緒ですぅ。きっとイベントとお馬さんは連動しますから」

「いくら妖精さんでも、三日戦う設定で作ったドラゴンを瞬殺できないだろう」

「それを、瞬殺するのが妖精さんじゃないか?」

「社長はどっちの味方なんですか?」


 お屠蘇で顔を赤くした社長の一言に、坂東くんが崩れた。

 それは、みんな同感みたい。何かやるなら、初日に瞬殺の予感がひしひしと。

 今回は完全に傍観者の私は、ビール片手にお寿司をつまんでます。

 イベント初日だし、妖精さんもいるから、もしもの対応に出勤扱いだけど、今日は新年会みたいなもの。カレンダーの都合で、挨拶回りも週明けからだしね。

 壁の各サーバー監視する四面モニターも、新年の挨拶でごった返してる。

 こうしてみんなが楽しんで遊んでくれてるのが、何よりだよ。

 夏に予定している大型イベントを楽しみにしててね。また頭を抱えさせてあげよう。

 今度は南の島で、右往左往させる予定だよ。


 お? 馬券購入隊が帰ってきた。


「はい、これがイズさんの分。妖精さんの単勝と妖精→ドラゴンの馬単。馬単は当たれば数万馬券だよ」

「もしかして、私が一番ぶっ込んでる?」

「いえいえ、同じ馬券を社長がそれぞれ一万円づつ」

「さすが……勝負師ね」

「イズさんが言いますか?」

「私のは、妖精さんへの信頼度だから」


 パンパンと柏手打って拝んでから、お財布の中へ。

 来れば万馬券かぁ……五千円賭けたから、五十万円以上? 何買おうかなぁ。

 各サーバーは、ギルドマスターの指揮のもとに動き始める。

 まもなくイベント開始だ。

 準備段階の年末に仲間割れがあった、『ワールド・オーダー』は心配だけど、他は順調に隊列を組んでいる。私のデスクの上にも、順調に空き缶ビールの隊列が出来てます。

 久々の回らないお寿司、美味し。

 お……馬券購入班がついでに回収してきた年賀状に、佐伯夏姫さえき なつきちゃんからのも来てる。妖精さんと彼女の関係も、当分は内緒だね。謎サングラスで誤魔化してるけど、言われてみれば、顔立ちはそっくりだ。


「時は来た! よし行け、マイドラよ!」


 まるで悪の元締めのように宣言して、坂東くんがイベントルーチンをオンにする。

 途端にBGMが変わり、サーバーに咆哮が響き渡る。

 さあ、初めての推定三日がかりのレイド戦の始まりだ。これが上手くいったら、毎年正月の恒例イベントする予定です。

 スタッフの準備は楽だし、大手ギルド中心に盛り上がってるからね。


「フフフ……そんな妖精砲が効くか」

「自分がルール変更させて、弱体化させたんですよね?」

「うるさいよ、愛ちゃん」

「仕方ないです。私は悪の軍団よりも、正義のヒロイン寄りの娘ですから」


 私と同じペースでビール缶を空けてるのよね、この娘。大丈夫かしら? ほんのり赤い顔して、ちょっと色っぽいけど。

 初期対応は、どこも妖精砲と、地雷魔法陣ね。

 ものともせずに突き進む姿は、さすがの怪獣王リスペクトだわ。


「あっ! や~い、ころんだころんだ!」


 大はしゃぎの愛ちゃん。

 『雷炎』のサーバーで、なんと足元を妖精砲で凍らせて、マイドラくんがスッテンコロリンだ。

 すかさず、武装馬車が接近して、右目に銛を撃つ。しかも銛からぶら下がった鎖に、雷魔法の連打と畳み掛ける。

 さすがにあのギルドは、妖精さんだけじゃなく、みんなアイデア豊富なのよね。


「おのれ、よくも……マイドラ、破壊光線を解禁だ!」

「……まるっきり、悪役ですよね?」


 酔ってキレの増した愛ちゃんのツッコミに、苦笑が広がる。

 咆哮が轟き、背びれが光る。おお、なかなか格好良いエフェクトじゃないか。

 薙ぎ払え! とばかりに、破壊光線がプレイヤーを襲う。

 どのサーバーも、最初はシールド役のお試しっぽく、レベル順に並べていると見たね。

 慌てて怪我人の救助と、回復の準備だ。


「フフフ……圧倒的だな、我がドラゴンは」

「ふ~んだ。闘いは数ですよ、坂東さん」


 愛ちゃんってば、こんな濃いめのギャグも返せる娘だったのね。

 さすがにお腹がくちくなってきたので、肴をあたりめに替えて、やり取りを眺めてる。

 私からも、一言ちくんと。


「坂東くん。各ギルドは破壊光線対策を中心にやってきたから、次に来る時に動くわよ。各ギルドの特殊部隊が準備に入ったわ」

「お~! 頑張れプレーヤーズ!」

「ウチのマイドラが、そう簡単にやられるものかよ」

「はぁ……そう言って、みんな妖精さんの前に散っていったのよ……」

「縁起でもないことを言わないでくださいよ、イズさん!」


 そう言いながらも、しばし通常戦が続くのは不安の現れでしょ?

『雷炎』は妖精さんを乗せたツバメが舞い上がり、『オデッセイ』もテイマー飛行部隊が離陸してる。

 これは絶対に、破壊光線狙いだね。

『神聖騎士団』も、例のアダマンタイト製口枷の発射砲を持ち出してきた。

『ワールド・オーダー』は動きがないけど、大丈夫かしら?


 そんな動きを警戒して、坂東くんもなかなか破壊光線の二射目を出せずにいる。

 へいへいへ~い! ドラゴン、ビビってるぞぉ!


 そのメインモニターが、突然緑の芝生に変わった。

 あぁ、中山金杯ね。

 ファンファーレの後、ゲートが開いた。


「よっしゃ。レイズドラゴン、そのまま逃げ切れ!」


 戦闘バランスチームは、やはりドラゴンに肩入れして、そこから馬券を買ってる様子。

 ねえ、妖精さんの馬はどこにいるの?


「四番手、スピードスワローの横に並んでる」

「あ、本当に連動してるかも。妖精さんはツバメに乗って飛んでるわよ、今」

「マジか! よし、行っちゃえ妖精さん」


 競馬のレースなんて、大概二分弱。

 最終コーナーを回って、逃げているドラゴンの馬の勢いは落ちない。そこにツバメさんと並んで妖精さんがぐんぐん迫って……三頭並んでゴールだ。


「どれが勝ったの?」

「待て、今スローが出る。ひょっとすると、ひょっとするぞ?」


 みんな、声が上ずってるよ……。

 ゴールを越える所の、横からのスロー画面。

 わぁ! 明らかに一番外の妖精さんが頭一つ出てる。


「そして……ドラゴン、スワローだ! やったぜ、万馬券!」


 社内のどよめきが凄い。

 みんな遊び程度で勝ってたから……たとえ百円だけ勝ってても、一万円になる!

 文句無しのお年玉ですね。


「ほらぁ! 坂東さん、やっぱり連動してますよ! わーい、春のコートを買おう」

「くっ……まだ、マイドラは健在だ! ええい、景気づけに薙ぎ払え!」


 ついにマイドラくんの背びれが光る。

 その口に『オデッセイ』に飛行部隊は、ガラスの玉を放り込み始める。


「なにやってるんだ、あれは?」


 坂東くんがPCを操作して、その正体を開示する。

 そして、目を剥いた。


「高濃度の気化麻酔薬じゃないか! いつそんなものを開発したんだよ……」

「魔法成分抽出薬を妖精さんが作ってから、かなり高純度の薬が作れるようになってますからねぇ……」


 くらっと意識が薄れて、マイドラくんが倒れる。

 その口元に、俊足を飛ばした斥候たちが別の薬を流し込んでる。


「ゴーゴンの瞳を溶かした石化薬かよ! シンゴジ作戦か……でも、そんな量じゃ、マイドラの石化は無理……って、喉だけで、破壊光線を使えなくしようってえのか?」

「ほらほら、妖精さんが行きますよ~」


 ノリノリの愛ちゃんが、坂東くんを煽る。

 今度は『雷炎』のサーバーだ。ツバメから飛び降りた妖精さんは、マイドラの口の中で、持ち物欄から、アダマンタイトのキューブを開放した。

 ゲームだけに、持ち物欄のアイテムは大きさ関係なくゼロサイズだが、開放すると本来の大きさに戻る。ものの見事にキューブを口にガッチリと押し込んだ妖精さんは、スクロールで自陣に瞬時に帰って行った。


「吐き出すのは……無理か。噛み砕け、と言ってもアダマンタイトはダイヤよリ硬い。ええい、やはり破壊光線だ!」


 口に挟まったキューブを破壊すべく、破壊光線を吐くマイドラ。

 だが、その破壊光線は謎の魔法陣に阻まれ、逆流して後頭部を突き破った。

 その苦痛に天を仰ぐマイドラくん……だもんだから、ビームサーベル状の破壊光線が、背中からお腹の方にズズズぃっと。

 うわぁ……ものの見事に二枚卸しになっちゃった。


「あの魔法陣は何だよ! あのキューブのデータは……ええっ? 【反射】の魔法陣? あれって、魔法陣を刻んだ材質の魔法量を超える物は反射できない設定でしょ?」


 完全に坂東くんはパニックである。

 でも、ほんっとうに坂東くんはわかってない。あの妖精さんの性格を。


「坂東くん。魔力付加を覚えた妖精さんが、普通のアダマンタイトを作って満足するわけがないでしょう? どれだけ魔力を増やせるかって、楽しみながら作るに決まってるじゃない……」

「妖精さんを甘く見過ぎですよね」


 何故か、愛ちゃんまで上から目線である。

 二枚卸しになったマイドラくんは、それでも先に進もうとしたけど、二連主砲の爆炎魔法で安らかにお眠りになりました。


 ちなみに金杯の配当が発表になり、単勝が一万二百四十円。馬単は三万五千円を超えてるみたい……。合計は、約にひゃくさんじゅうまんえん……?

 先に酔っ払ってて良かった……。まともじゃいられない額ですって。

 待て、社長はその倍額を買ってる……。


 坂東くんはガックリと机に突っ伏して、頭を抱えてる。

 仕方ないよね。『雷炎』には瞬殺され、『オデッセイ』には喉石化で破壊光線を封じられ、『神聖騎士団』には口枷嵌められて、これも破壊光線は撃てない。

 戦況は圧倒的にプレイヤー有利に傾いてる。

 マイドラくんが頑張ってるのは『ワールド・オーダー』相手のみだ。


「あの……坂東さん、『雷炎』のサーバーからアンコールが来てますけど」


 気の毒な坂東くんに、愛ちゃんが遠慮がちに。

 完全に意気消沈してしまって、話す気力もないのか、指でOKサインを出してる。


 苦笑をしながら、サラサラとメモ書きを社長が私の所へ持ってくる。

 私にアナウンスをしろと?


「多大なるアンコールの声にお応えして、十六時四十五分に再びドラゴンが出現します。なお、こちらはイベントの結果には関係なく、ドロップアイテムの対象外です。でも、経験値は入りますので頑張って下さい。それから……心苦しいのですが、今回は妖精さん禁止でお願いします」



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新作

「ふよふよ~付与魔道士は全て他人任せ~」

公開しました

https://kakuyomu.jp/works/16818093082491139472

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シトリンのFFO紀行 ミストーン @lufia

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