雷炎の傭兵団の戦い

シトリンのFFO紀行・延長戦

ドラゴンレイド・シリーズ 3 『雷炎の傭兵団』



「明けおめ~」「ことよろ~」


 そんな挨拶が元日よりも、三が日が過ぎてからの方が多く聞かれるのがVRMMOゲーム界の特徴です。

 VRユニットは大きくて重いから、自動車で帰らなきゃ持って帰れないし。

 プレイ中はゴロ寝しているのと変わらないから、実に母親ウケが悪いんだそうな。

 年中無休で入院患者の私には、関係のない話ですけどね。


 皆さん、お久しぶりです。佐伯陽菜乃さえき ひなのです。

 管理栄養士さんがリクエストを聞いてくれたので、お餅づくしだった病院食も、今日の納豆餅で最後かな?

 お雑煮で始まって、お海苔を巻いた磯辺焼きとか、あんこで絡めたあんころ餅とか、堪能させていただきました。粉が散るからと、きなこの安倍川餅を却下されちゃったのは、残念だったけどね……。

 まあ、愚痴ってもしょうがない。

 鏡割りの日のお汁粉を楽しみに頑張ろう。ちっちゃなかき餅も付けてくれるんだよ。


 その前のイベントは、病院ではなくネットの方だ。

 ファンタジー・フロンティア・オンライン……通称FFOの年明けイベント、ドラゴンレイドが始まるのです。

 サーバー対抗戦……というよりは、四大ギルド対抗戦だね。

 事前にデータ公開されていたドラゴンを、なんと三日も闘い続けてやっつけようというイベントです。

 公開データを見て、みんな『ゴ○ラ?』と言っていた、二足歩行の怪獣っぽい奴。

 最新のは、まだ映画館で公開中。当然、まだ配信されてないから、私的にはもう一つノリが悪い。


 必要な準備は、昨年中に済ませているから、お昼ごはん後にのんびりネットに入る。

 イベント時は特別に、前進基地にセーブポイントを設置できるから、引き籠り気味の私も、湖畔の陣にひょっこり現れます。

 わ~い。帰省していて、久し振りの人もみんな揃ってる。

 ギルドマスターの魔剣持ち、エクレールさん。サブマスターは爆炎娘こと、ルフィーアさん。年末年始は呑んだくれて、常に酔っ払いアクセスだった鍛冶屋のロックさんも、今日は素面っぽい……あ、やっぱ呑んでる。


「明けおめ~。ねえねえ、シトリン。結局『ゴジ○』対策はどうなったの?」

「明けおめ、ことよろ~。そっか、コーデリアさんは早くから帰省してたから、知らなかったね。今回は私も頑張るよ」

「シトリンが頑張ると、また運営さんが頭を抱える未来しか見えないんだけど?」


 お正月用新作ドレスのシフォンが、酷いことを言う。

 ペンネさんと顔を見合わせて、リコちゃんも笑ってるし……酷いなぁみんな。


「対策考えるだけでも大変なんだから、この上、シトリンさんが身体を張らなくても良いのでは?」

「ありがとうございます、ザビエルさん。でも、小さいし飛べるしで、妖精サイズの私がベストなんですよ」

「そういう汚れ仕事なら、シトリンじゃなくミモザで十分」

「ルフィーア酷いしぃ! トドメが私の仕事だしぃ」


 主砲二人は、また仲良く喧嘩してる。

 話が逸れちゃったけど、コーデリアさんが聞きたそうなので話を戻そう。


「クリスマス明けに、アダマンタイトっていう魔合金の精製に成功したんですよ。ダイヤモンドよりも固くて、丈夫な合金」

「また、そう言う運営さん泣かせなものを……」

「それを俺様が、ドラゴンの口にはちょっと大きいかな? っていうサイズの立方体に加工したってわけだ」

「ロックさんは邪魔。私はシトリンに聞いてるんだから。酔っ払いは、あっちに行く」


 年末年始は酔った親戚の、「いい人紹介してやるぞ」攻撃に晒されていたらしいコーデリアさんは、いつにも増して酔っ払いに厳しい。

 追っ払われたロックさんは、シュンとした小芝居をしながら、鍛冶屋連中の方に合流した。

「そのなんとかタイトっていう奴を、○ジラの口の中に押し込むの?」

「多分背びれが光ったら、破壊光線を吐く前に深呼吸すると思うんだ。空飛ぶテイマーさんにお願いして、その時に私を、口の中に放り投げてもらう」

「危ないって! シトリンが怪我しちゃうよ」

「大丈夫。口の中でアイテム欄から、アダマンタイトの立方体を取り出して、終わったら、リコちゃんに作ってもらった【帰還】のスクロールで戻ってくるもん」

「大丈夫? あなたは戦闘要員じゃないんだよ。そんな所で頑張らなくてもいいのよ」

「破壊光線さえ防いじゃえば、あとは戦闘チームのお仕事だもん。それだけ済ませたら、チアガールに戻るよ。アダマンタイトは噛み砕けないだろうし、破壊光線も大丈夫なように加工したから」

「そっちの方は疑うどころか、やり過ぎを心配してるくらいだから、気にしてないよ」


 コーデリアさんの心配と、信用が嬉しい。

 ちなみに『雷炎の傭兵団』の支援ギルドに私がいるせいで、優勝争いの本命と目され、四大ギルドの関係者以外の自由選択では、圧倒的にこのサーバーを選んだ人が多いらしい。

 勝ち負け以前に、何かをやらかしそうと、妙な期待をされてるらしく、エクレールさんが苦笑いしてたっけ。


 午後一時三十分。

 ゲーム内のBGMが突然切り替わり、湖からもの凄い咆哮が上がった。

 デカいよ! ドラゴンデカい! 妖精さんの何倍あるんだろう?

 ずらりと並べられた、量産型ルフィーア砲。改定ルールに合わせて、【増幅】の魔法陣一つに制限された廉価版が火を吹く。

 どれだけ硬いのか、まったく効かない。ドサクサに紛れて、御禁制の真ルフィーア砲を撃っても怒られないくらいの強さだぞ!

 地雷代わりの【爆破】の魔法陣も、ものともしない姿は、映画さながらの迫力。

 これ、本当に三日で倒せるのかな?


「ルフィーア砲第二班、撃てぇ!」


 高台の第二班は、ドラゴンそのものを狙わずに、その足元へ氷魔法を放つ。

 緩い坂を集中攻撃で凍結させた路面に足を滑らせ、地響きを立ててドラゴンが倒れる。

 エクレールさん、凄い!

 そこにバリスタを積んだ戦闘馬車が駆け込み、巨大な弩……バリスタで、鎖の付いた銛を撃ち出す。あ、射手はストーリーイベントで一緒になった弓使いの北味きたみさんだ。

 さすがの名手は、銛をドラゴンの右目に突き立てることに成功した。

 痛そう……ドラゴン、怒って吠えてるよ。


「ルフィーア、ミモザ!」

「あまり得意じゃないけど、文句は言わない」

「新年の挨拶、ぶちかますしぃ!」


 二人のユニゾンで、鎖に向けた【雷嵐サンダーストーム】の波状攻撃だ。

 外皮は強固だけれど、体内は生き物だもんね。

 潰された左目を更に雷撃で灼かれて、ドラゴンがのたうち回る。地響きが凄い。

 凄いよ! みんな、あのドラゴンと対等に戦ってる。

 だが、敵はドラゴン。やられっぱなしでいるはずがない。

 残りの左目でこちらを睨みつけると、ガオ~と吠えた。

 背びれが光り始める。破壊光線が来るよ!


「シールド部隊前へ! 斥候隊は怪我した者を後方へ運ぶ準備を! ヒーラー隊は揃ってる?」


 エクレールさんの的確な指示が飛ぶ。

 まさに「薙ぎ払え!」とばかりに、破壊光線がシールド隊を薙ぎ払う。

 一部が薙ぎ払われ、ポリゴンにならずに耐えた人を、斥候が広報へ運び出して行く。ヒーラー隊による治療が必要だ。


「レベル10シールドを張れないと、役に立たないというラインですね。シールド隊はレベルに合わせて再編成してください。それと、ルフィーアさん、本当に行けますか?」

「はい、私よりもテイマーさんが問題。背びれが光ってから、深呼吸の間に、私をちゃんと口の中に投げ込んでくれるかどうか……」

「食べられないように気をつけてくださいね? ロリエーンさん、おまかせします」

「は~い。初めてシトリンさんのお役に立てる!」


 ロリエーンさんは妖精の女の子。

 二次ロットからのプレイヤーで、ツバメさんをテイムして、高速で空を飛ぶ弓手さん。

 対ドラゴン戦の決戦兵器の一人です。

 私をスリングで放り投げる係の、可愛らしい女の子。


「よろしくお願いします。私、ツバメさんに乗るの初めて」

「速いですよ。妖精さんの特権です」


 色々なタイプの妖精さんが増えて、楽しいな。

 冗談で前に言っていた、一寸法師なお侍さん妖精さんもいるそうな。


「じゃあ、ロリエーンさん。二射目は私達で食い止めようね」

「まかせてください!」


 妖精さん二人を載せた、ツバメさんが舞い上がる。

 まずは高度を取り、ルフィーア砲の砲火が当たらないようにして待ち構える。

 前に乗せて貰ったルリカケスさんより、機敏で速いね!

 前回の戦果に気を良くしたドラゴンさんの背びれが、再び光り始めた。


「行きます! この位置からなら、スリングは使わずに自由落下で落としますね」


 ドラゴンの口に向けて急降下のツバメさん。

 突然、ドンと押されて、振り落とされた私は、呼気と共に口の中へ落ちてゆく。


「ここで、ど~だ!」


 アイテム欄から、アダマンタイトキューブを出して落とす。

 おおっ。さすがロックさんのお仕事。がっちりハマるとともに、私を押し出してくれる。

 ここで、【帰還】のスクロールだ。


「ただいま! 大成功でしょ?」

「シトリン偉い!」


 みんなに激励されて、やり遂げた感が爆上がりだ。

 ドラゴンは顎の蝶番いっぱいにハマったキューブを、噛み砕こうとする。

 無理でしょ? ダイヤモンドより硬いもん。

 吐き出したくても、ガッチリハマったキューブを振り落とせない。

 さあ、ここからが勝負! 破壊光線対策は成功するかな?

 ついにドラゴンは破壊光線で、キューブをぶち壊そうと試みる。


「あ……」


 呆然とみんなで、その光景を見上げていた。

 破壊光線対策としてキューブに刻んだ【反射】の魔法陣が、何というか……良い仕事をし過ぎちゃったかな?

 キューブに反射された破壊光線は、そのままドラゴンの後頭部を突き破って後方に飛んだ。しかも、ドラゴンが痛みと苦痛に顔を上げるものだから……。

 ビームサーベル状の破壊光線は、そのまま背びれを焼き尽くして、ドラゴンの身体を二枚に降ろしてしまったのだ。

 喉を残して、縦に真っ二つ状態?

 まさに一瞬の出来事でした……。

 そんな身体になっても、健気なドラゴンくんは職務を果たそうと、街へ向かって躙り寄ろうとする。

 ドラゴン君、可哀想……。


「ルフィーア、ミモザ。武士の情け、楽にしてあげて……」


 頭を抱えたエクレールさんの指示で、主砲二人の爆炎魔法がドラゴンくんの裂けた首筋に炸裂した。

 脳まで焼き尽くされたドラゴンくんは、美味しそうな匂いを残してポリゴンに還った。


<ワールド・インフォメーション

 『雷炎の傭兵団』率いるシリウスサーバーが、ドラゴンの退治に成功しました!>


 まばらな拍手と、歓声。絶対に戸惑いの方が多い。

 すっかり酔いの醒めた顔で、ロックさんが私に尋ねる。


「おい、シトリンよ……お前、破壊光線対策って何をした?」

「破壊光線対アダマンタイトの結果が予想できないから、【反射】の魔法陣を付けただけだよ。私、悪くないもん」

「まさかの【反射】か……あんな初歩の魔法陣で……」

「まだ午後四時……イベント開始、一時間半です」


 時計をチェックしたエクレールさんが、空虚な笑いを浮かべる。

 え……えっと、これ三日間の予定のイベントだよね?

 この後の時間、どうしよう?

 シフォンが、これ見よがしの大きなため息をつく。


「だからぁ……あなたが頑張ると、運営さんが頭を抱えるって言ったでしょ」

「ごめん……でも悪気はないんだよ? 本当に」

「とことん、運営さんと相性の悪い娘なんだから。まあ、悪気もないんだし、元は【反射】の魔法陣を見落とした運営さんが悪い!」

「でも、どうしよう……早すぎるよね」

「早過ぎるから、却って良かったと思いましょう。どうせ、運営さんはモニターしてるだろうし……こういう時は!」


 シフォンが頭の上で、手を叩き始める。

 そのリズムで気づいたらしい、コーデリアさんとルフィーアが笑顔で同調する。その手拍子がサーバー全体に広がった頃、誰からともなく声が揃った。


「アンコール! アンコール! アンコール! アンコール! ……」


 アハハハハ。ドラゴンをおかわりすればいいのか!

 そして、やっぱりこの闘いをモニターしていたらしい運営さんから、直接アナウンスが来た。

 この声はワールドデザイナーの泉原さんですね?


「多大なるアンコールの声にお応えして、十六時四十五分に再びドラゴンが出現します。なお、こちらはイベントの結果には関係なく、ドロップアイテムの対象外です。でも、経験値は入りますので頑張って下さい。それから……心苦しいのですが、今回は妖精さん禁止でお願いします」


 拍手とともに大爆笑!

 妖精さん禁止って、何? まあ、全妖精禁止ではなく、私が手を出しちゃだめってことだね。反省します。

 いいや、どうせログアウト時間に近いんだから。

 すると、すぐロックさんが飛んできた。


「おい、シトリン。他に破壊光線対策のアイデアはないか?」

「ロックさんも聞いたでしょ。妖精さん禁止だよ」

「でも、アレはなんとか封じないと勝負にならねえ。他のギルドは何をしようとしてたかわかるか?」

「フレイアさんは、アダマンタイトで口枷を作って、嵌めようとしてたかな? 『オデッセイ』は、きゅうさんが企んでたから不明」

「それだ! 急いで口枷を作るぞ!」

「ハードロックの魔法陣と、射出の際の【必中】の魔法陣を忘れないでね?」


 駆け出す、筋肉質の背中を見送る。頑張れ~。

 再びの戦闘に向け、再編成に忙しい陣容を眺めながら、私はリコちゃんに渡された応援グッズの使い方を確認するのでした。


 Happy New Year!

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