オデッセイの戦い

シトリンのFFO紀行・延長戦

ドラゴンレイド・シリーズ 2 『オデッセイ』



「ああ……そうか。実家から戻ったんだな」


 家族の暮らす騒々しさとは無縁のワンルームの静謐さに目覚めて、寂しいような、ホッとするような。

 冷蔵庫の豆と、水を補給して、コーヒーメーカーを起動する。その騒々しさこそ、いつもの目覚めだ。

 さすがに餅は食い飽きたと、食パンに辛子マヨを塗ってハムとスライスチーズ、レタスはストック切れなので、トマトをスライスして乗せ、ホットサンドメーカーで焼く。


「アレクサ……南佳孝みなみ よしたかをかけて」


 騒々しいミルが終わったので、抽出を待ちながらネットスピーカーに曲を流させる。まだ昼前だ。レイド戦には余裕がある。

 スマホでニュースをチェックしていても、意識はFFO……ファンタジー・フロンティア・オンラインというVRMMOのイベントに行ってしまう。


(アレはドラゴンじゃなくて、怪獣だろう? あんなモノ、三日で倒せるのか?)

 

 新年早々のレイドイベント。倒すべき相手のデータは先に示されている。

 四大ギルドがそれぞれ指揮するサーバーに、その他のプレイヤーは自分で選択して別れ、三日かけてドラゴンを退治して、その速さを競う。

 すでに各ギルドは、それぞれの対策を立て、準備していることだろう。


「聞いてる範囲では、妖精さんが錬成した魔金属アダマンタイトを、『神聖騎士団』も製造法を譲り受けて活用するらしいけど……。妖精さんのいる『雷炎』はともかく、『神聖騎士団』には勝たないといかんよなぁ」


 『雷炎の傭兵団』に妖精さんこと、細工師のシトリン嬢がいるように、『オデッセイ』には薬師くすしの俺、きゅうがいる。

 ギルド長に信頼されている分、充分な策も練ったし、リンクをせっつかせて設備も揃えた。

 あとは、本番を待つばかりのはずだ。

 長丁場を覚悟してだから、食事や睡眠のローテーションも必要になる。

 その辺りはギルド長のクラウスが悩むべきことで、俺の仕事じゃない。


「薬師の戦い方ってヤツを、見せてやろうじゃないの」


 ブラックコーヒーで目を覚まし、足りない栄養をホットサンドで補いつつ、二重三重の策を洗い直す。まさに至福の時間だ。

 薬学部の大学院生などという宙ぶらりんな立場も、昨今の景気の悪さから、とやかく言われる事は無くなった。

 今は下手な企業に務めちまうよりは、院に残って、助手などの空きに推薦して貰う方が手堅いご時世だ。教授が製薬会社との共同研究を始めたおかげで、助手の俺もチーム入りして少ないが給料も出る。

 世の中には、土日に教授がアルバイトしてる所もあるらしいから、ウチはマシな方。

 実入りは良くないとはいえ、その分の自由を楽しもう。

 開始ギリギリまで、好きな時間を楽しんで、きゅうはFFOの住人に戻った。


「相変わらずの重役出勤だなぁ」

「やるべき事はもうやってあるんだから、間に合えば良いだろう?」


 ログインするなり、クラウスと軽口を叩き合う。

 開戦の戦場となる湖畔に敷いた陣に、ポップアップするように準備した。

 推定怪獣王の進撃コースには、すでにいくつもの魔方陣が描かれ、地雷の役を担っている。これと、妖精さんブランドの魔法砲は、どのギルドも準備をしていることだろう。

 イメージは怪獣映画の自衛隊。

 できることなら、対地ミサイルやメーザー砲。機龍なんて物も欲しいくらいだ。

 待ち構える誰もが、あの有名な怪獣映画のテーマを口ずさんでいる。


 そして約束通りの午後一時半。

 大気を震わせるような咆哮と共に、BGMがガラリと変わった。

 湖から怪獣王……じゃなく、ドラゴンが現れ、魔砲攻撃が始まった。

 妖精さん恐怖症気味のスタッフによって、強化された二足歩行ドラゴンは魔砲をものともせずに岸に上がってくる。

 地雷代わりの魔法陣の爆発さえ、大したダメージにはなってないな。

 咆哮を上げて、大見得を切っていやがる。

 まるっきり、正月に観た映画の怪獣王じゃないか。


「頑丈すぎるだろう?」

「あれ、本当に倒せるのか?」


 絶望の声が上がる。

 妖精さん恐怖症もあってか、運営はちょっとやりすぎじゃないかと思うぞ。


「背びれが光った。来るぞ!」

「シールド班、盾を張れ!」

「特殊攻撃隊は、良く見てタイミングを覚えてな!」


 文字通りに、ドラゴンの破壊光線のブレスが薙ぎ払う。

 見た感じでレベル十はないと、シールド役は果たせないだろう。

 あっという間にポリゴン化した者、吹き飛ばされ転がって動けない者。救命隊が救急活動を急いで、負傷者を野戦病院に運び込む。


「今のモーションを見たか?」


 俺はギルドマスターのクラウスに声をかける。

 予想以上のドラゴンの強さに、ちょっと顔色が悪いな。


「モーションって?」

「やはり、破壊光線もブレスの一種だ。吐く前に、三秒ほど顔を上に向けて息を吸い込む」

「三秒か……やれるのか?」

「やるっきゃねえな。他所の妖精さんよりも、たまには自分の所の薬師を信じろ! 特殊攻撃班は集合!」


 集まったのはテイマー&シューターの連中だ。

『オデッセイ』のドラゴンレイドの切り札は、こいつ等だ。たまには運営や、妖精さんにも目にものを見せてやらなきゃな。

 皮のバックパックを渡しながら、その中身の説明をする。

 中身は薬品の入った、赤いガラス玉だ。


「いいか。あのドラゴンはブレスを吐く時、三秒ほど上向きになって深く息を吸う。狙い目はその時だ。……スリングで、このガラス玉を奴の口に放り込め! 外して割れても構わない。こいつは気化しても効果のある麻酔薬だ。それだけに、打ち込んだら、即離脱。決してガラスを割らないように。人間だとイチコロの効果があるからな?」


 これが、作戦第一弾。

 波状攻撃で麻酔を吸わせて、できれば気絶まで追い込みたい。

 その後は、『ゴーゴンの瞳』を溶かして抽出した石化剤を喉に流し込んでやる。

 プレイヤーが毒を使うのはどうか? という声もあるが、使えるもんは何でも使えと妖精さんに教わった。

 どうせ、この巨体相手では、完全石化なんて無理だ。

 喉を石化させて、破壊光線のブレスを吐けなくさせりゃあ、御の字だろう。


 特殊攻撃隊が、それぞれテイムした空飛ぶ魔物に騎乗して舞い上がる。

 まだ接近はするなよ? 背びれが光ってからで充分だ。

 破壊光線は大技だけに、その前には動作が止まってくれるのがありがたい。


「背びれが光った! シールド班準備。特別攻撃隊、アタックだ!」


 さすがに慣れた連中だ。

 喉が膨らむに連れて、持ち上がっていく開いた口に、次々と麻酔入りのガラスの玉を放り込む。見事過ぎるスリングの腕だ。

 仕方なく濃度の濃い麻酔入りの空気を、思い切り吸い込んでしまったドラゴンはグラリと揺れた。吐き出した破壊光線は、空に向かって散ってゆく。

 地響きを立てて倒れたドラゴンに向かって、斥候たちが疾風のように忍び寄る。

 そして、ジョッキサイズの樽に満たした石化剤を、喉の奥へと流し込む。

 ものの五分としない内に、ドラゴンが意識を取り戻してしまう。総退却だ。

 頭を振りながら、まだ少し目眩がしているようだ。

 戻ってきた特別攻撃班が、補給の麻酔玉を受け取って舞い上がる。


 これならいける!


 誰もがそう思い、勢いづいた午後四時過ぎ、まさかのワールドインフォメーションに、みんな凍りついてしまった。。


<ワールド・インフォメーション

 『雷炎の傭兵団』率いるシリウスサーバーが、ドラゴンの退治に成功しました!>


「「「「「「「「「はぁ?」」」」」」」」」


 まだ、レイドが始まって、一時間半じゃないか!

 ラストアタックとして、ルフィーア&ミモザの両主砲の名が告げられるけど、誰もそこが決定打になったとは思ってはいない。

 長い思考停止状態の後、誰もがこう叫んでいた。


「あの妖精さんは、今度は一体何をやらかしたんだ?」

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