延長戦 ドラゴンレイド

神聖騎士団の戦い

シトリンのFFO紀行・延長戦

ドラゴンレイド・シリーズ 1 『神聖騎士団』



 ほんのり焦げて、ぷっくり膨れた切り餅を菜箸で摘んで、小皿のお醤油に浸す。

 醤油は旦那の地元、九州の甘醤油だ。

 関東の出の私だけど、磯辺焼きにはこれが合うんだよねぇ……。

 クルッと焼き海苔で巻いて、出来上がりだ。

「また餅か」と嫌な顔されそうだけど、ここから先は長丁場のレイド戦が待ってる。

 あまりお腹に、詰め込み過ぎない方が良いよね?

 リビングに持って行くと、案の定、嫌な顔をされたよ。

 チャーシューのスライスや、小エビのフライと並べてビールを置いたら、すぐに治る程度の機嫌だけどね。

 ぐいっと煽ってから、いつものように気の弱いことを言う。


「でも、本当にあんな口枷が上手く行くのかなぁ?」

「可愛い妻の考えた攻略法を、信じなさいな。口枷が嵌ってしまえば、そこは『雷炎』の妖精さん謹製のアダマンタイトの強靭さに賭けましょう」


 毎度おなじみVRMMOゲームのFFOこと、ファンタジー・フロンティア・オンラインの年明け最初のイベント、ドラゴンレイドは四大ギルドをそれぞれ、四つのサーバーに振り分けて行われる。

 新規アップデートでのギルドの集合体、クランの導入を睨んだ対応なのは確か。

 四大ギルド以外のプレイヤーは、自分で選んでサーバーを決めることが出来た。

 王都に攻め込むドラゴンを、一致協力して退治するという正月明け、成人の日を含む三連休を通しての一大バトルイベント! という触れ込みですね。

 一番人気で本命の『雷炎の傭兵団』率いるサーバーには、妖精さんがいる分、勝てる気はしないけど、『神聖騎士団』としては何とか二番手を確保したいものです。


 あ……自己紹介してなかった。

 私はゲーム内ではフレイヤという、ヒーラー兼細工師をやってます。

 リアルでは主婦兼任で、同人絵師。最近はネットでもお金になるので助かってる。

 旦那はいるけど、まだ子は無し。子作りはしっかり頑張ってるんだけどね。

 で、旦那がギルド長のジークフリートです。

 内緒にしてるわけじゃないけど、それは言わぬが花というやつで……。お色気おっぱいキャラで売ってるフレイアさんとしては、夢を壊す必要もないかと。

 多少は際どい服装をしても、ゲームのアバターって性的なパーツは付いていないから、胸が見えても、乳首や乳暈は見えないもん。水着やレオタードと変わんないよ。

 まあ、人集めの人気取りと割り切ってるけど、旦那はいい顔しないわね……。


 話を戻すと、今回は珍しくもドラゴンのデータが先に公開され、みんなで対策を考えてね? というやり方になってる。

 今回のドラゴンは、空は飛べないけど直立二足歩行で、尻尾の攻撃力と、口から吐く破壊光線が厄介。破壊光線を吐く前には、背びれが光るって……君はドラゴンでなく怪獣王だろ? と問い質したくなる素敵仕様だ。

 各データは、三日がかりの死闘を想定しているらしく、うんざりするほど。

 攻略のポイントとしては、『どうやって、破壊光線を封じるか?』に尽きる。

 ウチの作戦としては、魔法の大砲で口枷を撃ち出して、口の開閉を封じるというものだ。

 口枷パーツの半分に【必中】の魔法陣を、もう半分に【堅錠】の魔法陣を付けるアイデアと、出来立てホヤホヤの魔法金属アダマンタイトを『雷炎』の妖精さんから譲って貰ったから、たぶん大丈夫なはず。

 妻はともかく、妖精さんを信じなさい!

 簡単な腹ごしらえと、景気づけのビールを入れた二人は、急いでゲームの住人となる。


「みんな、準備は出来てるぅ?」


 ログインした私の周りには、すでに女性ヒーラー軍団が揃ってる。

 前は、泣きたくなるほど女性プレイヤーの少ないギルドだったんだけど、宝石メッキでワンポイントを煌めかせた金属鎧の美しさを見せつけて、メンバー増やしたんだよ。

 生産系を除けば、ヒーラー女子は意外に多いからね。……モテるし。

 主戦力たちのヒットポイントとモチベを回復させるのが、私たちの主な仕事です。

 上は熟女から、下は小学三年生まで、可能な限り性癖に応えられるメンバー構成だよ。


 少し遅れて、旦那……じゃなかった、ギルド長がログインしてきて『神聖騎士団』進軍開始だ!

 さっきの気弱さなど微塵も見せずに、号令を発して軍を指揮する。

 相変わらず、本番に強い奴だ。

 そして、予定通りの午後1時30分ジャスト。ゲームのBGMが突然に変わった。

 湖から姿を表したドラゴンが、のっしのっしと王都に迫る。

 地響きが、とってもリアル。怪獣映画で予習した甲斐があるわぁ……。

 先攻は斥候陣だ。

 地面に設置した魔法陣を狙って魔宝石を撃ち出して、ドラゴンの足元を爆破する。まあ、地雷の代わりですね。

 それから、魔導士たちの魔砲部隊が、遠距離射撃。

 とてもじゃないけど、まだ白兵戦なんて無理過ぎます。他のギルドは、どんな対策を打ってるんだろうね?


「背びれが光った! シールド隊準備!」


 薙ぎ払うような破壊光線を、神聖魔法の【聖壁】で受ける。

 初回は実験も兼ねて、レベルごとに並んでシールドを張らせてみたんだけど……。

 うわぁ……レベル10無いと、対応しきれないね。

 吹き飛ばされた人たちが運び込まれてくる。ヒーラー隊の最初の出番だ。

 ポリゴンになっちゃった人たちはともかく、HPを残せた人たちを回復、回復。

 レベル10に満たない人たちは、ヒーラー隊に回ってもらおう。回復も立派な仕事です。もらえる経験値や、アイテムは一緒だよ!


「魔砲部隊は、どれだけ保ちそうか?」

「今、リアルでも連絡を取ってもらって、来られる人を集めてるよ! なんだか、全然効いてる気がしないけどな!」

「夕方までは湖畔に留めたいわね……。ちょっと強すぎない?」

「妖精さん恐怖症の運営が、頑丈に作り過ぎてるのかも」

「え~い、全部妖精さんが悪い!」


 そんな愚痴が溢れ始めた午後四時過ぎ、まさかのワールドインフォメーションに、みんな凍りつくことになる。


<ワールド・インフォメーション

 『雷炎の傭兵団』率いるシリウスサーバーが、ドラゴンの退治に成功しました!>


「「「「「「「「「はぁ?」」」」」」」」」


 嘘ぉ……まだ始まって、一時間半だよぉ……。

 ラストアタックとして、ルフィーア&ミモザの両主砲の名が告げられるけど、誰もそこが決定打になったとは思ってはいない。

 長い思考停止状態の後、誰もがこう叫んでいた。


「あの妖精さんは、今度は一体何をやらかしたんだ?」


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