ありったけ、さわやかに

 叩かれた頬が熱くなる……痛い。


「夏姫ちゃんがぶった! 酷いよぉ!」

「リアルのあなたじゃ虚弱すぎて、悪口言うだけでも気が咎めちゃうもの。……でも、ゲームの中の陽菜ちゃんなら、元気そのもの。私も妖精サイズにすれば、対等よ? ひっぱたこうが、蹴っ飛ばそうが、誰にも文句を言われないでしょ?」


 えいっ! と太腿を蹴られる。

 痛いよ、夏姫ちゃん。どうしてよ……。痛くて、悲しくて、涙がこぼれてくる。


「そうやって、すぐに泣く! 何でそんなにすぐに泣くのよ!」

「だって、痛いもん! それに夏姫ちゃんがこんな事するなんて、びっくりして、悲しくて……」


 鈍い音がして、強い痛みが骨にまで響く。


「グーでぶった! いくら夏姫ちゃんでも酷すぎるよ!」

「酷いのはあなたでしょ! あなたが泣くとお母さんも泣いちゃうの! お父さんも宥めるのに一苦労で……私は……これ以上どうしたらいいのよ!」

「どうしたらって……夏姫ちゃんは良いじゃない、いつもお父さんとお母さんと同じお家に居られて、一緒に過ごせて……」

「でも、あなたが居ないから! 結婚記念日とか、誕生日とかにレストランにご招待しても、二言目には『陽菜乃ちゃんも一緒に入られたら良いのに』って……。そんな時に私がどんな気持ちでいるかなんて、考えたことがある?」

「有るわけないじゃない……私はレストランとか行った記憶もないんだから。毎日一人で病院のご飯食べて……一人で寝て……病室から出ることも出来ないのよ」

「それだって、あなたの入院費用もタダじゃないの。お父さんだけじゃなくて、お母さんも、私も働いてなんとかしてるの!」

「じゃあ夏姫ちゃん……私、もう死んだ方が良い?」


 そう呟いたら、夏姫ちゃんの言葉が止まった。

 言葉のかわりに夏姫ちゃんの目にも涙が溢れる。

 そして、私は襟首を掴まれて、激しく揺さぶられた。


「何で……何でそんな事を言うのよ……陽菜ちゃんがいなくなるなんて、絶対に、嫌ッ!」

「だって、私が居ない方がお金もかからないし、お母さんも泣かないで済むでしょ?」

「お金はかからなくなるけど! お母さんが泣かないわけ無いでしょ! お母さんだけじゃなく、私も、お父さんも泣くに決まってるじゃない! 陽菜ちゃんはみんなを泣かせたいわけ?」

「解らないよ……夏姫ちゃんが何を求めてるのか……解らないよ」

「解れよ、このばか陽菜! 早く病気を治して帰って来なさいって言ってるの!」

「無理言わないでよ! 私だって、治るものなら、治してお家に帰りたいんだから!」

「それが出来ないんだったら、どんな事があっても、毎日ヘラヘラ笑ってなさい! 何をビスビス泣いてるのよ、このバカ!」

「私だって、寂しい時や辛い時有るもん! 泣きたい時くらい泣かせてよ!」

「あなたは、この佐伯夏姫の双子の妹でしょ? だったら、出来ないわけがないの!」

「何で、そんなの決めつけるの! 夏姫ちゃんは横暴だよ!」

「私にできることなら、陽菜ちゃんにだってできるでしょ? これには病気は関係ないんだから!」


 真正面から睨みつけられて、言い返す言葉を無くした。

 夏姫ちゃんは、いつも笑っている。

 テレビで見る女優さんの顔をしている時も、家族といる時も、私といる時も。

 学校に通いながら、お仕事もしていて、とっても忙しいはずなのに。

 怒られることも有るだろうし、嫌なことを言われたりしてるはずなのに。

 私のことで寂しそうにしているお父さんやお母さんと一緒にいても、夏姫ちゃんはいつも楽しそうに笑っている。


「泣いて、陽菜ちゃんの身体が良くなるなら、私……いくらでも泣くよ? でも、そんなはずがないんだから。私は笑って過ごすの。こんな変な家族だけど、私は両親も、陽菜ちゃんも大好きで、失いたくない。みんなで暮らせるのがベストだけど、それが出来ないなら……今を幸せだと思うしか無いでしょ?」

「夏姫ちゃんは、今を幸せだと思うの?」

「百パーにはなれない家族だもん。七割でも、六割でも……その時点の最大値の幸せで良しとして、それを目指すしか無いじゃない。……家族はみんな揃ってる。家には一緒に居ないだけで、病院に来れば陽菜ちゃんはちゃんといるもの」

「だから、私にも協力しろと?」

「当たり前でしょ! 家族の一員として、陽菜ちゃんにできることは、少しでも身体を治す努力をすることと、毎日を楽しんでいるように見せることしか無いでしょうが」

「重荷にならないように、いなくなるとk……」

「だから、二度とそんな事を言うな! 陽菜ちゃんが死んじゃったりしたら、その方が家族にとっては重荷だよ! 一生泣き暮らせって言うのか? 万が一、病気に殺されそうになっても、最後まで抗え! そして、私たちが陽菜ちゃんを思い出す時には、いつでも笑顔を思い出せるように笑ってろ! 本当にバカ陽菜なんだから……」

「勝手に新しい仇名を作らないでよ……」


 そう言い返すと、やっと夏姫ちゃんらしく自信満々に微笑んでみせた。

 魅力的なウインクを投げて宣言する。


「もうちょっと待ちなさい。あと半年くらい先の仕事がまとまったら、ちょっと大きな額のギャラが入るからね。……そうしたら、お父さんとお母さんもFFOの世界に連れて来ちゃおう! 来年の結婚記念日は、姉妹揃って祝うんだからね!」

「えっ……こっちに呼んじゃうの?」

「しょうがないでしょ。佐伯家はリアルよりも、仮想空間の方が一家団欒に向いてるんだから」

「……変な家だね」

「この世に一軒くらい、そんな家があったって良いでしょ?」

「うん……」

「ほら、ポーション飲んどけ。こっちの世界だと、それが有るから殴り放題だ」

「自前の方が性能いいもん。……でもぶたれるのやだ! 治せても痛いんだからね!」

「当たり前でしょ。その為にこの妖精キャラは筋力に振ってるんだから」

「普通、妹を殴るためにそこまでする?」

「ほら、佐伯家は普通じゃないから」

「そこは普通が良いよぉ……」


 肩を寄せ合って笑い合う。

 変なの、現実で病室の窓越しに逢うより、よほど夏姫ちゃんを感じる。

 VRなのに、触れ合う指は暖かだ。


「さて、気持ちもスッキリしたし……私は落ちるね」

「ええっ……もう少し良いじゃん。まだ一時間位、私はログインしていられるのに」

「何言ってるんだか……。私以外にも、帰還報告しなきゃならない人達がいるでしょ? そろそろ集まってくる時間でしょ?」

「こっちから行かないと無理だよ。私が抜けてから一ヶ月も続いてるなんてこと……」

「有るから言ってるの。ほとんどフルメンバー皆勤賞よ?」

「嘘?」

「夏姫ちゃんを信じなさいって。ほら……行っといで」


 なかば押し出されるように、部屋から出されれる。

 シフォンの声が聞こえる。

 ルフィーアさんが、コーデリアさんと一緒に、ロックさんをからかって怒られてる。

 ドアに手をかけたけど、最後の決心がなかなかつかないよ。

 見るに見かねて、夏姫ちゃんが叫んだ。


「ただいまぁ! 戻ったよぉ!」


 そう、そこは一卵性の双子です。

 似てるのは顔だけじゃなくて、声もそっくりだったりする。

 慌てて飛び出してきたみんなに捕まって、引っ張り込まれて……またいつもの日が始まった。


☆★☆


「BGMがハンドベルアレンジだよ……さすがクリスマスイブ当日、気合が入ってるね」

「こういう日は、見栄張ってログインしない娘が多いんだけど……」


 ペンネさんが戯けて、見回す振りをする。

 悪かったね、フルメンバー揃ってて。病室の私はともかく、シフォンやルフィーアさん、コーデリアさん、エクレールさんはどうなのよ?

 なかなかの美人さん揃いなのに。


「リアルより、こっちの方が楽しいもの……ホワイトクリスマスは良いけど、10メーター単位で雪に積もられたらどうしようもないわよ」

「スキーでもして遊んだら? 雪国っ子は」

「それは遊びじゃなくて、ただの移動手段よ。遊びと言える都会の人が羨ましいわ」

「都会で遊ぶには、お金がかかり過ぎちゃうからね。特に特別なイベントの日は数割増しです」

「ゲームでギルドに男子を確保できないのが、どうしてリアルでパートナーを確保できようか……」

「少しは下心隠す」

「あんたもいないでしょうに!」

「問題ない。はじめからゲームで過ごす予定」

「そろそろ俺たちもイベントに参加するか? サンタの手伝いをして、ゲーム内のプレイヤーキャラにプレゼントを配れば良いんだろう?」

「サンタ帽のアイテムを貰いに行くか?」

「それに、ここに居たら、プレゼントを配りに来られないでしょ?」


 なんて話をしていたら、お店のアンからメッセージが着た。


「あ! 私あてのプレゼントを持った人がお店に来てるって!」

「いいな、シトリン。プレゼントゲット一番乗りだね」

「みんなで見に行こう!」

「ロックさん、脅かしちゃ駄目だかんね?」

「勝手に怖がるのはしゃーねーだろ?」


 なんて言いながら、ドタドタとお店に。

 おぉ、アンの隣りで待っているのは妖精さんだよ。

 本当に最近は妖精さんキャラが増えたね。サンタ帽がよく似合ってる。


「メリークリスマスです。サンタさんの代わりに来ました」


 え?

 その声を聞いて、私より先にペンネさんが駆け寄る。

 人間の魔導士キャラじゃないけど……。


「リコちゃん! リコちゃんよね?」

「はい、やっと帰って来られました。突然で、IDやパスを控えてなかったし、VRユニットを買ってなんてお願いも出来なかったので……。でも、クリスマスプレゼントにって、パパが買ってくれて……帰って来られました」

「お帰りー、待ってたよ!」


 もう一回、リコちゃんの名前の上に『シトリン工房』の名を乗せる。

 Ricoちゃんになっちゃったけど、問題なし。

 肝心なのは、中身だもん。

 キラキラ~っと隣に飛んで、耳打ちする。


「どう、学校は楽しい?」

「勉強に追いつくのが大変です。体育を見学で済ませられるのは助かるけど」

「じゃあ、休日くらいしか会えないね」

「さすがに平日昼間は、学校ですから……」

「いいよ、リコちゃんのペースで遊べば。リコちゃんが居てくれることが大切なんだから」

「嬉しいです」

「そうだよ、あまりこっちにかまけて成績落ちたら、没収されちゃうよ?」

「やめて~、それで脅かされてるんですよ~」

「何処の親も同じだな。……で、何がもらえるんだ?」

「ちょっと待って……プレゼント開封! あ、クリスマスツリーだ!」


 そのままポイっと、お店に出して飾る。

 うんうん、あっという間にクリスマスムードだね。


「あ、ウチの店にも飾りたい。早く、イベントを済ませちゃおう」

「おっし、行くか!」

「ロックさんの工房には、ちょっと似合わないような……」

「気分くらいは盛り上げさせろよ」


 ワイワイガヤガヤと、薄っすら雪の積もった街に繰り出す。

 このもう一つの世界で、私は暮らしていく。

 きっとこんな感じで毎日。


 とりあえずは、半年先の一家団欒を楽しみに。

 ここでなら私は、元気な妖精さんなんだから。



☆★☆☆★☆


『シトリンのFFO紀行』 終了


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新作

「ふよふよ~付与魔道士は全て他人任せ~」

公開しました

https://kakuyomu.jp/works/16818093082491139472

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