夏姫と陽菜乃
佐伯家の姉妹の美貌は、母親譲りである。
特にパッチリとした大きな目は、本当に良く似てるとみんなに言われる。
……だから、余計にわかりやすいんだ。
笑顔を繕っていても、ついさっきまで泣いていたこと。
私の気持ちが落ち着くまでに、5日もかかった。
ほとんど池上先生がつきっきりで私を看てくれて、少し話しては、薬で眠らせて。
カウンセラーの真鍋先生……お姉さんだか、おばさんだか微妙な年齢の精神科の女医さんは、比較的上手く行っていたVRMMO利用の頓挫に嘆きつつも、私の心を解きほぐそうと、苦心してくれた。
看護師の篠原さんは、いつも以上に優しくて。
三度の食事に、必ずデザートのスイーツを付けてくれるよう頼み込んでみたり。子供扱いしないでよ、と文句を言ったら「ヒステリー起こすようなお子ちゃまが何言ってるんだか」と笑われた。
「堪んないなぁ……こんな身体に産んだからって、お母さんを恨んだことなんて一度もないのに」
「母親ってね……そんな風に考えちゃうものなのよ」
ガラス越しの面会が終わって、車椅子からベッドに私を戻してくれながら篠原さんがしみじみと言う。
パニックを起こした代償は、いつも苦いだけ。
自分以上に家族が苦しんでいることを思い知らされて、自分の無力さを噛み締める。
どんなに自分が苦しくても、それ以上に苦しんでくれている人がいることを知ると、我慢してでも笑って暮らすしかない。
もう心配しないで。私は大丈夫だからって。
あぁ……ベッドに横になると身体が楽だぁ。
どれだけ弱り切ってるんだろうね、私の筋肉。……そもそも、あるのかな?
毎日体操と言っては手伝ってもらいながら、肘の曲げ伸ばしとか、空中で足踏みとかさせられてるけど、効果って有るのかと疑問を抱いてしまう。
動かさないと、関節が固まっちゃうよと脅かされてるけど、本当らしいね。
怖い怖い。
「そういえば、FFOの年明けまでのイベントスケジュールが発表になったんでしょ?」
「そうみたいね。……ネットニュースで見た」
「昨日からダンジョンがオープン。そして、ハロウィンは、街中に現れるジャック・オー・ランタンを退治して、お宝をせしめて。クリスマスはサンタクロースのお手伝いで、プレーヤーの元にプレイヤーがプレゼントを届けるんだっけ?」
「そうらしいね。お正月はお年玉くじを配って……年明け早々にドラゴン相手のレイド戦ってあったね」
上の空で答えながら、私はタブレット端末をベッドテーブルに立てる。
配信ドラマの続きを見なくちゃね。
「今日もゲームはしないの?」
「なんかね……またパニクると嫌だし、胸にポコンと穴が空いちゃったみたいで」
チラリと篠原さんが、置きっぱなしのVRユニットに視線を流した。
もう二週間、起動していない。
すっかり埃を被って……と言いたい所だけど、滅菌室には埃すら存在しない。
そのままの姿で、キラキラとプラスチックのボディを光らせている。
なるべく見ないようにしてるのに。
そこに置いてきたままの、眩しい思い出に呼ばれるような気がして……。
でも、それもドラマが始まるまでだ。
やはり血は争えないのか、夏姫ちゃん同様にハマりやすい私は、ドラマが始まってしまえば、すぐに夢中になってしまう。
リコちゃんの手術の結果は、敢えて私には誰も教えない。
成功しても、失敗しても、また私が不安定になるのが目に見えてるものね。
仕方のないことです。
シーズン8まで有るこのドラマ。
もう半分見終わったけど、最後まで見ちゃったら、次は何を見よう?
誰か、何かお勧めはないかなぁ?
看護師さんたちが病室を覗く窓の隅に、オレンジ色のカボチャオバケのマスコットが置かれるようになる程度なのが、病室の季節感。
それも見慣れちゃって、もうじきクリスマスツリーに変わるんじゃないかって頃。
タブレットがピコっと鳴って、メッセージの到着を告げた。
夏姫ちゃん?
「今日午後三時、シトリン工房内シトリンの部屋で待つ 夏姫」
……果たし状かい!
夏姫ちゃんが今撮影してるのって、チャンバラ物の時代劇じゃないよね?
時々入れ込みすぎて、撮影中のドラマに影響されまくる時があるからなぁ……。
今は胸キュン系のラブストーリーのはず。特に、不良とか、暴走族とかの喧嘩が絡んだりしてないはずなんだけど、う~む。
夏姫ちゃんの仕事は、時々謎だからなぁ。
いきなり、着ぐるみの怪獣さんとダンスするCM撮ってたりするし。
そういう所までは教えてくれないから、いきなりテレビで出くわして大爆笑させられる羽目になるんだよ。
でも、FFOか……。
もともと、夏姫ちゃんとゲームの世界で、一緒にお出かけしたりして遊ぶつもりではじめたんだもん。断る理由は何もない……はず。
でも、この前のパニック起こしてから、ちょっと怖くなってるんだよね。
入ると、どうしてもリコちゃんのことを思い出しちゃうし、何か気持ちが引けてるのを自分でも感じてる。
一言でいうと、億劫だよ。
あんなに夢中になっていたのが、嘘みたいだね。
「陽菜ちゃん、夏姫ちゃんからお誘いが来たんでしょ? 午後、どうする?」
うわぁ……篠原さんの方にもメールを入れて、根回ししてるのか。
スケジュールの空きなんて滅多に無いし、少ないチャンスは逃さない夏姫ちゃんです。
「発作でも起こさないと逃げられそうにない……。正直な所、恐いです」
「何言ってるの。他ならぬ夏姫ちゃんのお誘いでしょ。……ちゃんとバイタルをモニターしていてあげるから、楽しんでらっしゃい」
「でも、あれ以来だから、本当にトラウマになりそうなのに……」
「間が空きすぎると、却って戻りづらくなるわよ。……えいや! って飛び込んで見れば、意外に何でもなかったりするのに」
「う~ん……」
お昼ごはんを食べて、その時間になるまでヘッドセットを抱えて、ウンウンと考え込んでいたりする。
でも、発作が起きたり、名案が浮かんだりするはずもなくて、篠原さんの笑顔に押されてヘッドセットを被ることになるのは、仕方のないこと。
約一ヶ月ぶりだもんね。
メッセージの類がドチャッと届いているのは、とりあえず無視しよう。
ステルスモードを設定して、フレンド登録者にもログインを表示しないようにしてから、ワールドにポップアップする。
前回が、バイタル異常の強制ログアウトだったから、その前にセーブした自分の部屋に出没した。
「ん……ちゃんと時間通りに来たね」
そう言ったのは、待ち構えていた妖精さんだ。
Natsuki って書いてあるけど、いつものエルフの魔術師さんじゃないの?
「課金すると、サブキャラを作れるの」
「そうなの? 全然知らなかった……。でも、何でわざわざ妖精さん?」
「この方が都合が良いから」
「妖精コンビって、冒険するのに問題が多い気がするけど……」
「……誰も冒険するなんて言ってないでしょう?」
「へ? じゃあ何するの?」
「それはね……」
キラキラ~っと鱗粉を振り撒きながら、妖精さんが近づいてくる。
私と似たような顔で、艶やかな微笑みを浮かべながら。
そして、何気ない素振りで右手を振り上げる。
その手が振り抜かれた途端、私の頬が音を立てて弾けて、カッと熱くなった。
「何の気兼ねもせずに、姉妹喧嘩をするためよ!」
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次回、最終回
「ありったけ、さわやかに」です。
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