シトリンのFFO紀行

ミストーン

第一章 始まりの港町

ハローワールド!

 FFO(ファンタジー・フロンティア・オンライン)と言われると、誰もが


「あぁ、あの『あなたも佐伯夏姫さえき なつきになれる』ってゲームでしょ?」


 と、言って笑う。

 その通りなのだし、何にせよ知名度があるのは良いことかも知れない。

 よくあるVRMMOゲームなのだが、CMキャラクターが名子役から若手のトップ女優に成長した佐伯夏姫であること。そして初回生産分特典として、【佐伯夏姫フェイスアクセサリー】のアイテムが付属していたことで、一躍有名になったのだ。

 公共マナー違反対策として、VRMMOにおいてキャラの外観はプレイヤーと同じとする条例を逆手に取って、ゲーム内ではアイテムの顔と声。サーバー内では本人の顔と声と分ける抜け道を作ったのだ。

 必然的に、サービス開始当初のゲーム内は『佐伯夏姫』キャラで溢れ、三十分もしない内にみんな飽きて、元の顔に戻ったという笑い話がある。


 でも、私がMMOを楽しもうと思ったら、このゲームしか無いの。

 ワクワクしながら、ベッドサイドのVRユニットにソフトをセットする。おっと、念のためにナースコールをしておかなくちゃ。


「篠原さ~ん。五一二号室、佐伯陽菜乃さえき ひなのですけどVRMMOゲームを始めます」

「はいはい。気をつけて楽しんでいらっしゃい」


 看護師さんに連絡して、水分をしっかり取って……もう準備忘れはないよね?

 そう、私は佐伯陽菜乃と申します。実は佐伯夏姫の双子の妹。入院生活が長くて、気分だけでも外出できる、VRMMOのユニットを買ってもらったんだけど……。

 例の公共マナー違反対策のおかげで、夏姫ちゃんと同じ顔した私は間違えられてばかりで遊ぶどころじゃないの! 内緒の裏話として、【夏姫ちゃんフェイスユニット】は、夏姫ちゃんと私が安心して遊べるように、彼女がメーカーさんにお願いして、作ってもらったものだったりします。

 夏姫ちゃんありがとう。私は安心してFFOの世界に旅立てます。


 郷愁を誘うような音楽が流れて、ロゴが出て……逸る心の連打ですっ飛ばす。

 キャラメイク……名前は『シトリン』っと。元ネタはパワーストーンの名前です。

 種族は……人間じゃつまらないし、ドワーフはちょっと……。ありきたりだけど、エルフかなぁ? あ、なにこれ! 羽根が生えてる! 可愛い! フェアリーに決めた!

 メイン職……ここで悩む。

 たぶん、ソロで遊ぶことが多いだろうから、魔法使いは動きづらい。とはいえ、フェアリーで戦士も無理すぎる。神官系も仲間あってのものだし……速さと器用さ活かして、斥候にしよう。昔風に言うと、盗賊。

 パラメーターは速さと器用さに多めに振って、体力にも少々。

 初期装備に、忘れずに【夏姫ちゃんフェイスユニット】をつけてっと。

 わーい、付けてもおんなじ顔だぁ。


 ゲーム世界に入ると、船の上だった。

 スタートは、新大陸への旅人として港町から始まるんだね。まだ、一緒に乗ってた人とは話ができないみたい。チュートリアル中は個人プレイか。

 船を降りると、NPCの役人さんから入国証と、スタート祝いのチケットを貰った。

 レア装備が当たるらしいけど、夏姫ちゃんいわく『ある程度キャラの方向性が決まってからの方が、キャラに合った装備がもらえやすいよ』ということなので、我慢我慢。

 まずは冒険者ギルドに行って、冒険者登録。それから斥候ギルドに行って、職業登録。

 斥候ギルドの受付のお姉さんに、必要な初期装備を見繕ってもらう。皮鎧とか、ダガーナイフとか、鍵開けキットとかね。


「でも、ただキットを持っているだけでは意味がないので、まず使い方等の基本技能を二階の図書室で学ぶことをおすすめします」


 勉強は好きでないけど、しょうがない。鍵開けの書と、罠解除の書、罠づくりの書のいずれも入門書を呼んで覚えた。スキルゲット。

 何だか左手が寂しいので、バックラーという腕につける丸い盾も買う。

 キラキラ鱗粉(?)を振り撒きながら、戦う妖精さんになって冒険者ギルドに戻る。


「あの……初心者向けの狩り場はどこでしょう?」

「それでしたら、採集依頼も兼ねて【緑の野原】はいかがでしょう?」


 依頼書を見ると、ジャイアントラットやツノウサギ。初心者向けというから、きっと強くない。でも、見たことがないんだけど……。

 こっちのお姉さんも、にこやかに二階を指差します。……はいはい、図書室でお勉強ね。

 とりあえずは【野生動物図鑑】と【魔物記録集】、【植物図鑑】の入門編を読破。

 ……シトリン、覚えた。

 キラキラ~っと町を出て、【緑の野原】に向かう。

 わ~っ。プレイヤーさんがいっぱいいる。

 リアルだと、平日の昼下がりなのにね。

 キラキラ飛び回ってると、急に音楽が勇ましくなった。

 ツノウサギの攻撃! 買ってて良かったバックラー。丸い盾で受ける。

 負けじと、ダガーでツンと突き刺す。ヒット! 私のほうが速いらしく、もう一度攻撃が間に合う。もうちょっと踏み込んで。テイッ!

 ツノウサギの攻撃は、ヒラヒラ~と躱す。真正面でやり合うのも何なので、後ろに回って後頭部にひと刺し! あっ、クリティカルだって。ゲージが一気に減る。

 もう一度同じ場所に……とりゃっ! ファンファーレが鳴る。勝ったよぉ! 初勝利。

 討伐アイテム兼採集アイテムの、ツノウサギの角をゲット。幸先良し。

 ツノウサギは相性が良いけれど、ジャイアントラットは大変だ。

 決して強くはないのだけれど、私のキャラには固すぎるの!

 ダメージはなかなか通らないし、スピードもそこそこ。でもやったよ……長期戦の末に、仕留めて、ネズミの歯ゲット。

 他の人はどうやって、倒してるんだろう?

 戦士の人は、一刀両断。……参考にならない。魔法の人も同じ。中には、先に弓で射ってダメージを与えておく人もいる。賢い。次に来る時は、私も弓か何かを買ってこよう。

 今日はネズミからは逃げておいて、ウサギだけを相手にして稼ぎましょうか。

 文字通りに、蝶のように舞い、蜂のように刺す! フェアリー戦法で戦う内に、レベルが上った。調子に乗って、気持ち良くウサギ退治をしていたら、強敵とエンカウントしちゃった!

【ホーネット】が現れた。……って、スズメバチ?

 迫力が凄いんですけど……。ええい、妖精と蜂の空中戦だ!

 これはもう、好敵手としか言いようがない。スピードもほぼ一緒。お尻の針はダガーで、噛みつく顎はバックラーで受ける。ダガーも刺すより、斬る方がどこかに当たる確率は高そうだ。

 さっきのネズミも長期戦だったけど、あの時はほとんどダメージは受けてなかった。

 こっちが速いから、ちゃんと避けられたもん。

 でも、このホーネットは当ててくる。お互いのゲージがジワジワ減ってゆく。初期装備セットのポーションを飲む暇もない。

 これは最後の一手をどちらが当てるかで、勝ち負けが決まりそう……。

 もうどちらも、ゲージが一割程度しか残ってない。一回でも多く躱したいのに、疲れてきたのか、お互いにダメージを与え合う展開だ。

 その時急に、私の身体が暖かな光に包まれた。……回復魔法?

 ダメージが完全回復したのを良いことに、私はホーネットの懐に飛び込む。狙うのは、そのブンブンうるさい羽根だ!

 全力の一撃は、ホーネットの右の羽根を斬り飛ばす!

 墜落するホーネットを追いかけて、地上に落ちたその頭に深々とダガーを突き刺した。

 ポリゴンが砕け散る。勝った~!

 レベルが3になったよ! スズメバチの針と、スズメバチの毒を2つゲット。

 けっこう注目されていたみたいで、拍手をもらっちゃった。照れる。


「あの……さっき回復魔法をかけてくれた方、ありがとうございました」

「………………名乗り出ないね、どこかの辻ヒーラーさんじゃないか? 回復魔法の経験値上げで、あちこちにかけて回ってる人」

「そういう人がいるんですね。 でも、助かりました」


 広域チャットで、もう一度お礼を大声で言っておく。本当に天の助けだったから。

 さすがに疲れ果てた私は、町に戻ってログアウト。

 良いことのあった、初日でした。

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