唄え! 翼あるものたちよ
次の日、ログインしたのはハーピィの谷だ。
みんなはげんなりしているけど、ここはセーフポイントだから、安心してセーブできる。
よほど早く発ちたかったのだろう。私の顔を見るなり、全員が立ち上がった。
「ここからなら、すぐだ。気をつけて行くんだよ」
残存する6羽のハーピィに送られて、私たちは鳥さんたちの開放に挑む。
ルリカケスさんは、ヒールしてもらったばかりで、コーデリアさんのトートバッグの中で、タオルに包まれて寝ている。
「アイスバーンが多いから、足元に気をつけて」
みんな、鉄の棒を杖代わりに、縋るようにして岩山を昇ってゆく。
私はキラキラ~っと飛んでるから、関係ないけど。
また、ぐんと寒さが厳しくなってきた。
「意地を張らずに、シトリンさんにヒートプレート加工してもらって、正解でしたね」
「本当に。ここに来て痛感するなぁ」
エクレールさんとザビエルさんの金属鎧コンビが、肩を竦める。
雪こそ降ってないけど、鉛色の空から吹き付ける風は、強く冷たい。
おそらく、もう気づかれているだろうけれど、戦場につくまでは戦闘にならないのが、ゲームの助かる所。
ここから、岩穴まで連戦では堪らないよ。
「そうそう、シトリンにも情報共有ね。第二グループが今、泉の攻略中よ。ついさっき、泉に着いたってメッセージが来たらしいわ」
「じゃあ、ウンディーネさんはまた病気で弱ってるのね」
「アハッ。そうね、イベントとはいえ、弱ったり治ったり大変だわ」
「でも……今回『大空の守り』みたいなものを受け取ってないけど、大丈夫なのかなぁ? ルートを読み違えたりしてないかな?」
「守護者を呼ぶ笛みたいなの、貰ってないしね……。でも、間違えようがないと思うわ」
「あとは、男性陣の誰かを、
無邪気なコーデリアさんの言に、男性陣が露骨に顔を顰める。
繁殖期じゃないから、それはないと思うけど……。
「シトリンさんと、シナリオの泉原さんを信じて、先に進みましょう。鳥たちを開放してみれば、何かわかります。この先は私も知らない世界です」
そして、いよいよ石舞台のようになった、岩穴前の切り立った場所に到着する。
いきなりムービーが始まった。
「いきなり中ボス戦?」
「でも、ルートが正しいことだけはわかりました。正しいルートでないとムービーは入らないでしょう?」
「納得。シトリン、よくやった!」
鉛色の空から降り立つ、巨大な鷲。いや、その半身は金色の四つ足獣、ライオンのものだ。
……グリフォン。
それを守るように四体のガーゴイル。一番右の、爪にまだ血がついてる! ルリカケスさんを虐めた奴だ!
「きゃっ! 何? 何ぃ?」
いきなり走り出した自分のキャラに、シフォンが慌てる。
岩穴に向かって、『秘剣 黒鳥』を一閃!
キィインッ! と金属音が響いたあと、一瞬置いて色鮮やかな霧が飛び出した。
違う、囚えられていた鳥たちだ。
鷲が、鷹が、ツグミが、白鳥が、鷺が、雷鳥が、翡翠が、烏が、雀たちが、数えきれない鳥たちが解き放たれて空を舞う!
そこから、一目散に逃げようとした鳥の前には、ハーピィさんたちが立ちはだかった。
「恩知らずも大概にしな! あの人族たちに助けてもらった恩を感じるなら、誇り高き翼のあるものとしての使命を果たすんだ!」
「唄え、鳥たち! まさか平和ボケして歌を忘れちまったんじゃないだろうね?」
「お前たちが飛びたいのは、こんな鉛色の空じゃないだろう?」
「ハーピィの守護がいらないと言うなら、それでも良い。だが、今こそ、鳥族の使命を果たしな!」
「その翼も歌声も、伊達じゃないだろう?」
「さあ、唄おう! 『太陽の巫女』の祈りとともに!」
六方を守るハーピィさんの叱咤に応えるように、その内側を鳥たちが旋回し始める。
ピーピー、ギャーギャー……てんでバラバラに鳴いていた鳥たちの声が、次第にひとつの歌となる。
美しく、高らかに、空を自由に舞う喜びに満ちたその歌が、天を覆う黒雲を払ってゆく。
青く澄んだ空が広がり、眩しい陽射しが降り注ぐ。
魔による冬を振り払った青い空を称えるように、ひばりたちが天に駆け上り、喜びのアリアを歌い上げた。
「こりゃあ、最高のBGMだぜ」
ロックさんが不敵に笑う。
だが、歌はそれだけでは終わらない。一転して、地を這うような低音パートから始まるコーラスに変わった。力強く、雄々しいコーラスが、私たちの背中を押してくれる。
「これって、まさか……」
「バトルソング?」
「この世界に、呪歌があったんだ!」
「シトリンもやっちゃって! この歌は私は録画しておくから」
コーデリアさんが宣言する。
きっと、リコちゃんなら耳コピして楽譜に起こせる。
呪歌を作り出せるかも知れない。
私は手持ちのアイテムをもう一度見直して、何か使えるものはないかと考える。
とてもじゃないけど、私の
遅れて駆けつけた雪コウモリたちを、ハーピィたちと共に鷲が、鷹が……猛禽類たちが迎撃し、戦場に近づけすらしない。
ありがとう。こっちは私たちに任せてね。
「これなら、使えるかも……」
私はキラキラ~と空へ舞い上がる。
高く、高く。みんなの戦うはるか上に。狙いは、ルリカケスさんを虐めた奴!
見つけた……ちょうど他のガーゴイルと重なるその一瞬を狙って、私はスクロールを開いた。
「【
宝石ミルを作る時、石を磨り潰す為の魔法陣を制御する石を選ぶのに、作ったスクロールだよ! スクロールを描く墨に石を混ぜて、効果を見る方が早いからね。
半径3メートル。空中に重力制御の魔法陣が花開く。
突然の重力異常で、ガーゴイルは飛ぶこともできずに地面に叩きつけられる。
その衝撃で2体が砕け散った。
やったよ、ルリカケスさん。仇は取ったからね!
「なんてえ、スクロール持ってるんだ? あいつは」
見上げるロックさんにサムアップしてたら、今度はガーゴイルが仇討ちに来たよ。
……でも、もう一個だけ、別のスクロールがあるからね。
逃げ回りながら、ガーゴイルが直線に並ぶタイミングを待つ。
射線クリア……いくよ!
「【
再び開いた魔法陣から、無属性の衝撃波が飛ぶ。
そう、やっぱり宝石ミルの最初に、石を砕く時に使う魔法の実験用スクロール。
カウンターの衝撃波は、ガーゴイルたちをも、粉々に砕いてくれた。
これで、スクロールは種切れ……あとは任せたよ。
ふわりと落下して、コーデリアさんにキャッチしてもらう。
疲れたし、怖かったよぉ……。
「よく頑張ったよ、シトリンちゃん」
「うんうん、凄い凄い」
褒めてもらって、頬が緩む。らしくないことをしたけど、バトルソングに乗せられちゃったかな?
残るグリフォンは、前衛たちのコンビネーションで飛ばせてもらえない。
ロックさんが前面に立って、ハンマーで叩こうとしつつ、少しでも跳ねようものなら、エクレールさんのシフォンの二人のサーベルが、広がった翼を貫きにかかる。
それぞれ、炎と雷の追加ダメージが来るから、翼に幾つもの焦げ目ができている。
「あいつにばかり、良い格好をさせると後で煩いからな」
ハンマーを振りかぶったロックさんが、更に一歩踏み込みながら叩きつける。
頭は躱したものの、左前脚がハンマーの下敷きに……。
「ギャンッ!」
あぁ、あれは痛いよ。
潰れた足先を引きながら、反射的にグリフォンが跳ねた。
すかさず飛び込んだエクレールさんのサーベルが、雷光を引きながら、グリフォンの左の翼を斬り落とす。
「最後はお任せ。……【
美味しい所は持っていく、ルフィーアさんの巨大な火柱がグリフォンを包み込む。
こんがり焼けたグリフォンが崩れ落ちた時、鳥たちが高らかに勝利を唄い上げた。
そして、鉛色の雲が晴れた青い空を、気持ち良さそうに飛び去ってゆく。
「まったく、恩知らず共だね」
ハーピィさんたちが集まって、私たちに空色の笛を渡してくれた。
そして、空色の珠……『蒼天の守り』も。
「気が向いた時にでも遊びにおいで。繁殖期でもなければ、悪さはしないから」
「ハーピィさんって、呪歌を使うの?」
「当たり前だろう。どうやって他種族のオスを魅了してると思ったんだい?」
「その内に、私の妹分が教わりに行くと思うので、その時はよろしく」
「ヘンッ……気が向いたら、ね」
ハーピィさんらしい憎まれ口を叩いて、真っ青な空高く飛び上がる。
気持ち良さそうに、誇らしげに、飛び去っていった。
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