注目される細工師妖精
お昼は大好き、カレーライス!
でも、今日は平常心、平常心……。
必死にワクワクを堪えてる私に、笑いを噛み殺しながら色々検査機をつけてるのは、担当看護師の篠原さん。……最近、彼氏が出来たとか。
妙に華やいでる。
「うん、数値は平常。これなら先生もお小言は言わないわよ。……いつもより水分を多めに採ってから、遊びなさいね」
「やった~! 力になれなくても、イベントの最後くらいは見たいもん」
笑顔で送り出されて、FFOの世界にログインする。
まずはムービーが流れる。
戦いは熾烈だねぇ……。あ、【ゴブリン退治の鐘】を作るイベントなんてあったんだ。
参加したかったなぁ。鐘にゴブリンをやっつける模様でもつけられたかも。
今はどうなっているのか楽しみだ。
いつもの通りに、中央広場の噴水前にシトリン参上!
あれ、ザビエルさんから留守番メッセージが来てる。
読もうと思ったら、いきなりザビエルさん本人からメッセージが来たよ? 何で?
『シトリンさん、やっと来てくれたー!』
『え? え? 何があったんですか?』
『細工師妖精さん急募! 急いで教会に来て! ダッシュで!』
何だかわからないけど、キラキラ~っと教会へ。
前回ログオフ時のまま、サングラスな顔です。
「……失礼しま~す」
と、こわごわ教会を覗くと、大歓声で迎えられた。
何? 何?
思わず帰りそうになった所を、ザビエルさんに捕まっちゃった。
「ようやく来てくれた。待ってたよ、シトリンさん」
「な……何があったんですか? あの……私、何かしました……?」
大人数の前に出たことなんて無い私は、もう泣きそうです。怖い……。
ザビエルさんは、落ち着かせるように微笑んで、他に人から見えないように影になってくれる。
少し安心……。
「シトリンさんって、アイテムに魔法陣を刻める人?」
「まだ試してないけど……一応は刻めますよ?」
「やった! これで確実に勝てる!」
ザビエルさんのガッツポーズに、教会中が湧き上がる。
その歓声で、またビクビクする私。誰か助けて……。
「怯えないで……シトリンさんがこのイベントの救世主だから。【ゴブリンの鐘】の話は知ってる?」
「はい……ログインした時にムービーで見ました」
「その鐘を打つハンマーに、魔法陣を刻んで欲しい。そこまでの【細工師】スキルを持ってる人が、シトリンさんしかいないんだ」
「嘘ぉ……一万人くらいプレイヤーがいますよね?」
「このイベントはサーバーに分けたから二千五百人くらいだけど、他のサーバーにもいないんで、みんな唖然としてるよ」
「えぇ……楽しいのに」
「そっか、シトリンさんには楽しいのか……。でも、みんな面倒臭いし、地味なので伸ばさなかったら、こんな事になっちゃった。頼めるかな?」
「はい、もちろん。魔法陣はありますか?」
「ここに……ハンマーも」
「じゃあ、ギルドで作業してきます」
「頼んだ!」
逃げるようにして、教会からキラキラ~っと飛び出す。
冗談で「私くらいしかやってないのでは?」と思ってたら、本当にそうだったのかいっ!
一人なら、ひとりボケひとりツッコミの技だって使えるのに。
あんな大勢の前は苦手だよぉ……。伊達に個室に入院してないぞ!
今のでバイタルがまた上がってそう……ドクターストップが掛かる前に、ハンマーを仕上げなきゃね!
ギルドの工房。
今日は今からでもスキルを上げようとする人が、一杯いる。
そんな中で、ハンマーを取り出すと、やっぱり周囲がざわついた。
集中、集中。
ムービーによると、材料集めから生産職の人達が総出で作ったハンマーだもん。仕上げの私がしくじる訳にはいかない。
一発勝負で成功するかな?
「シトリンさん、本番の前に練習する?」
あ、Blue Windさん。お久しぶりです。
練習って、何にすれば?
「ザビからメッセが来て、シトリンさんがぶっつけ本番なのを心配してたから、先にこの剣に魔法陣を刻んでみないかと思ってさ」
取り出しましたる『てつのつるぎ』……ひらがなで書くと別のゲームになっちゃう。
ちょうど不安だったんだ。ありがたく刻ませてもらおう。
ザビエルさんって気遣いの人だ。
「何の魔法陣が良いですか?」
「雷属性かな……できる?」
「やってみます。ギルドの本では、できると書いてあったから……」
工作機に『鉄の剣』をセット。魔法陣の本から、初級『雷』の魔法陣を抜き出して、セット。そして……加工!
<魔法陣が刻まれました。剣に追加効果 雷ダメージ+1>
「できました。『てつのけん』が『いなずまのけん』……じゃないけど、追加効果で雷ダメージ+1です」
「マジ……それはもう魔剣じゃん……」
剣の峰の部分に魔法陣がレリーフされて、ちょっと高級感アップ?
Blue Windさんが試しに剣を振ると、紫電の残像が……。
何が始まるのかと集まった人たちが、唖然として見ている。
「では、本番……いきます」
ハンマーを加工機にセット。預かった魔法陣も……。そして、加工!
魔法陣が弾け飛ぶ! 本当に一発勝負だ。
<アイテム【ゴブリン退治のハンマー】が完成しました!>
続いて、BGMをぶった斬るかのように、ファンファーレが流れた。
<ワールド・インフォメーション!
シトリン他が【ゴブリン退治のハンマー】を完成させました。
【ゴブリン退治の鐘】と併せて、プレイヤーはゴブリン迎撃アイテムを完成!>
「やったな、シトリンさん!」
「できました!」
Blue Windさんとハイタッチを交わして、ハンマーを渡す。
駆け出す背中について行く。
南の門の城壁の上の櫓。そこにはもう、【ゴブリン退治の鐘】が据え付けられている。
出来立てのハンマーを見せびらかすと、Blue Windさんが鐘を叩いた。
<【ゴブリン退治の鐘】が打ち鳴らされました。
ゴブリンは攻撃、特殊攻撃、防御、特殊防御にー2。
プレイヤーは攻撃、特殊攻撃、防御、特殊防御+2の効果が得られます>
戦いに参加しているプレイヤー全員の歓声が上がった。
ハンマーを受け取ると、おそらくは斥候の人たちだろう。門番たちが代わる代わるに鐘を鳴らし続ける。
圧倒的に優位な効果に、戦いの天秤は一気にプレイヤーへと傾いた。
総崩れになり、敗走を続けるゴブリンたち。
だが、それを押し止めるべく、ゴブリン軍最強の軍団が戦場に現れた。
ゴブリンキングの登場です。
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