舞台裏の風景

 青梅街道を環七を越えてちょっと行った先のビルに、『クリエイトゲーム社』がある。

 電車なら地下鉄の新高円寺駅が近いのだけれど、お仕事なので自動車移動。

 ベージュのロングスカート、グリーンのポロシャツ、Gジャン。変装用にバケツキャップを被って、大きなマスクも昨今だと変に思われない。


「おはようございま~す」


 芸能界の慣例の挨拶も、午前11時半ならセーフ?

 オフィスに入ると、大きな拍手で迎えていただいた。


「忙しい中ありがとう、夏姫ちゃん」

「いえいえ、イベントはどんな感じですか?」


 陽菜乃ひなのちゃんが思い切りハマり込んでるVRMMOゲーム『ファンタジー・フロンティア・オンライン《FFO》のプロデューサー、堀内さんと握手。

 本日は私、佐伯夏姫さえき なつきはイベントの締めくくりに参加する為に、クリエイトゲーム社に来ております。

 双子の妹の陽菜乃ちゃんに内緒なのは、決して意地悪じゃないですよ?

 一人遊びに慣れすぎていて、全然情報集めをしない彼女は知らないのですが、FFOプレイヤーは約1万人。全部が一箇所に集まると、サーバーの処理が大変なのです。

 ですから四つのサーバーに分けて、イベントを行ってるそうです。

 フレンド登録してる人同士は、なるべく同じサーバーに振り分けてるとか。きっと私と陽菜乃ちゃんも同じサーバー。

 サーバーごとにイベントの状況が違うのは当然で、私が締めくくりに参加するのは、その中でもベストの結末に近いサーバー。

 だから、必ずしも陽菜乃ちゃんの所に出没するわけではないのです。

 参加するって言って、あっちで逢えなかったらガッカリするからね。


「ゴブリンキングの退治まで出来そうなのは、シリウスとプロキオンの両サーバーだな。ベテルギウスは、町は守れても、キングが出てくる所まで進みそうもないし、リゲルにいたっては、プレイヤーの動きがバラバラで町が壊滅しそうだよ……」

「あらら……。私が参加するのは、まだ決まりませんか?」

「それは、もうプロキオンで確定。泉原いずみはらちゃんのこだわりがあるからね」

「私のこだわりじゃないです。FFOのFFOたる所以ゆえんの問題です」


 ふわりとしたワンピースを着こなす、ロングヘアの女性が抗議する。

 ワールドデザイン兼メインシナリオライターの泉原さん。

 体型のふっくらしたSEの野島さんが混ぜっ返す。


「でも、イズちゃんイチオシの【細工師】スキルを伸ばしてるプレイヤーが一人しかいなかったのは、ショックだろ?」

「あう……言わないでください。あのスキルは魔法陣を刻めるようになると一気に化けるのに、そこまで伸ばしてるプレイヤーが、まさかの一人だなんて……」

「前段が面倒くさすぎたんじゃない? ベジェ曲線で図面描かせたりとか」

「だって、自由に形を作れるようにすると、それが一番早いんですよ。三角法で図面描かせたり、実際に機械工作させたりは、やりすぎだし……」


 あれ? なんか聞いたことのある話が……。

 そんな愚痴を、電話で聞かされたよ? 私。


「そのスキルを伸ばしてる、プレイヤーさんのいるサーバーがトップ確定ですか?」

「今日の3時までにログインしてくれれば、ね。初日のイベント開始以降、ログインしてくれてないんですよ、その人」


 あぁ……根を詰めすぎて熱出して、ドクターストップを食らってる人だわ。

 身バレは厳禁、クスクスと笑っておこう。


「今日は最終日だし、午後にはログインしてくるんじゃないですか?」

「だと良いんだけど……参加してくれないと、【細工師】スキルの凄さをプレイヤーたちに解って貰えないのよ……」

「そうなんですか?」


 泉原さんいわく、戦闘イベントで生産中心で楽しんでるプレイヤーが楽しめないといけないと、プレイヤーにバフを、ゴブリンにデバフをかけるアイテムの製造のサブイベントを準備して置いたそうな。

 材料を集める所から始めて、全生産スキル持ちのプレイヤーが協力して完成させる『ゴブリン退治の鐘』というアイテム。

 最後の肝となるのは、【細工師】がハンマーに刻む魔法陣。

 それが無いと、プレイヤーにバフはかかっても、ゴブリンにデバフはかからないとか。

 なのに、刻めるプレイヤーが陽菜乃ちゃん一人しかいないって……笑っちゃいけない。


「多分、お昼すぎくらいに入ってくるんじゃないですか? イベントの始めを見たなら、終わりも見に来るだろうし」

「そうであって欲しいわ。自分で色ガラスの作り方調べて、作っちゃうような人だもの。FFOの一番美味しい所に触れてる、唯一のプレイヤーだし」

「入れ込んでるねえ、泉原ちゃん」

「戦闘が楽しかったり、服や装備は他のゲームでも楽しめます。でも、プレイヤーの工夫次第で、思い通りの魔導器や道具を作ってこその……ゲームタイトルの二番目のF……開拓FRONTIERですから」

「刻めるプレイヤーがいないと、各ギルドが慌ててスキルを伸ばしてるけど、今回は間に合わないからねぇ」

「大丈夫、絶対来ますよ」


 さっき移動の車の中で電話して確認してるから、安請け合いしちゃう。

 訝しげな視線で見られたけど、ちょうど良いタイミングで差し入れに準備していたJOJO苑の焼肉弁当が全員分届いたので、オフィスに歓声が上がった。


 ……上手く誤魔化せたかな?


 みんなが待ってるみたいだから、陽菜乃ちゃん……というか、細工師妖精のシトリンちゃん。最後のバイタルチェックをやり過ごして、FFOにアクセスしておいで。

 後で、会おうね。

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