イベントは始まったけど……

 イベント準備でサーバーメンテナンスに入ったのは、私には好都合でした。

 そう。根を詰めすぎて熱が出ちゃった。

 仕方ないのでプレイヤーズガイドをパラパラ眺めていたり、タブレットでアラゾンさんのソフトラインナップを見ていたり……。

 あのベジェ曲線っていう奴は、絶対に練習が必要だと思うの!

 本家イラス○レーターは私には高い……というか、サブスクで払ってまではちょっと。何しろゲームの練習するだけなんだし……。

 結局、フリーソフトに有ると知って、タブレットで使えるアプリをダウンロードした。

 指で操作する方が、ゲーム内の感覚に近いのよ。……こんな理由で選択するのは、多分私くらい。本当にリアルの技能や知識が必要なゲームだわ。


 イベント当日。

 まだちょっと渋ってる担当の先生を


「今日からイベント始まるのぉ……。イベントのスタートに夏姫なつきちゃんのキャラが出てくるって言うから、それだけ見たいよぉ」


 と駄々をこねて、何とか三十分の約束で許可をもらう。

 泣き落としは回数を絞らないとね。あまりやると効果が薄れます。


 久しぶりにゲームにログインすると、何かムービーが始まった。

 ふむふむ……ゴブリンの集落に王が君臨したのね。

 勢力を拡大するゴブリン集落は、新たな居住地を求めて港町を襲うと。

 あ、夏姫ちゃん出た!


「ゴブリンたちに港町が狙われています。集え冒険者よ! みんなの町を守って!」


 夏姫ちゃんのお願いでムービーが終わる。

 私、細工師職人妖精のシトリンに、何か出来ることが有るのやら……。

 とりあえず、他の町に行ってないから、港町に出現するけどね。


 おお、人がいっぱいだ。

 普段は他の街で活動している人たちも、今日は港町にいる。

 イベントってお祭りだ。

 あまりの人出に人酔いしそうになってたら、声をかけられた。


「あ、いつかの産卵妖精さんだ。砂金は採れました?」

「産卵じゃないですって! こんにちは、三日がかりで集めました」

「それは根性……こんにちは、えっと……シトリンさんか」


 いつぞやの砂金採り中にお話した、神官のザビエルさん。今日は相方のBlue Windさんはいないのかな?


「あいつはあれで大手ギルドの主力級だから、今は作戦会議中だよ。このイベントはトップギルドが集まって、仕切るみたいだから」

「凄いなぁ……私にはきっと出番はないから、お祭り気分だけ味わいに来た」

「戦うだけじゃないから、何か手伝えることは有るよ、きっと」

「あれば良いけど、細工師で、斥候で、妖精じゃ戦いに向かないもん」

「あぁ……それは厳しい」


 笑ってる内に、音楽が変わる。

 いよいよ始まるかな?

 教会の扉が開いて、夏姫ちゃんのキャラが登場!

 大盛り上がりだ。記念にSSを撮っておこう。


「シトリンさん、SS撮るなら【佐伯夏姫フェイスアクセサリー】を外した方が良くない?」

「あ……そうですね」


 親切に言ってくれてるのはわかるけど、外しても同じ顔なんだよなぁ……。

 そうだ! こんな時こそ【赤いサングラス1号】だ。

 ピッとメガネキャラに切り替えて、夏姫ちゃんキャラをバックにSSを撮り直す。


「サングラスって……そんなアクセサリー、どこで売ってた?」

「へへへ……私のオリジナルアイテムです。本邦初公開」

「そんなアイテム作れるんだ……初めて見たよ」

「まだ数に余裕が有るから、お一ついかがですか?」

「お金払うよ。結構良さげなアイテムだし」

「いえいえ、自作だと材料は採掘するだけだから良いです。炭鉱の行き方、教えてもらった恩もあるから」


 アイテム受け渡しウインドを開いて、【赤いサングラス1号】をポイッと移す。

 ザビエルさんもサングラス顔になって、せっかくだから記念撮影。


「シトリンさん、フレンド登録……良い?」

「はい、よろしくお願いします」


 フレンド二人目、ゲットです。

 そんな事を話している間に、夏姫ちゃんキャラの演説は盛り上がってる。

 さすが女優さんだ。


「あれ、本物の佐伯夏姫がログインしてるのかな?」

「多分違うと思う。だって、さっきからイベントのセリフしか言ってないじゃん」


 なんて、声も聞こえたりするけど……。

 できれば素直に、盛り上がってあげて欲しいと思います。


「ゴブリンたちから、この港町を守ってください! よろしいですか?」

「お~っ!」


 自撮りSSを撮りまくってる私が、一番盛り上がってないかな? 反省。

 夏姫ちゃん、教会の奥へ退場。

 大手ギルドの代表の方たちが、戦略的な説明を始める。


 うん……そろそろ時間かな?


「それでは、ザビエルさん。私、落ちますので……」

「えっ? このタイミングで?」

「リアルでちょっと色々有るもので、イベントの始まりだけ見に来たんですよ」

「まあ、戦闘中心だと、飾り職人の妖精さんには辛いかぁ」

「いえいえ、参加する気満々なのに現実が許してくれないんです」

「あはは……現実には勝てないからね。それじゃあ、また」

「また~」


 ログアウトしたら、先生が腕時計見ながら待ってたよ……。

 危ない危ない……長居してたら、ログイン禁止令が出るところでした。

 バイタルチェック……セーフセーフ。

 サングラス作りに根を詰めすぎた私が悪いのだけれど、今回のイベントはほとんど参加できそうにないなぁ。

 大人しく、リアルでベジェ曲線と戯れていよう……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る