お祭りの日

「凄いわね……」

「本当に……」


 リコちゃんの部屋から漏れ聞こえてくる音楽に、シフォンと二人で感心してる。

 ひょっとしたらリコちゃん、音楽好きかなのかな? と思ったから、演奏用のボードはポケットを付けて、楽譜差し替え式にしてみた。

 池上先生作、魔法陣攻略本の演奏部分だけコピーしてあげたら、初日のドレミから、ぐんぐんと音楽らしくなっていったよ。

 主旋律だけならもうとっくに出来ていて


「別楽器の音で副旋律もつけたいです……」


 なんて、申し訳無さそうに言われたら、応えてあげるしか無いじゃない。

 楽譜用のプレートを銀にして、魔法陣搭載量をアップ。

 今は絶賛アレンジ中です。

 イベントが終わったら、その演奏板をあげるから好きな曲作ってね。


 私の方は、騒音で邪魔するかのようなミシン製作が大詰め。

 私は全然ミシンを使えないので、シフォンにお願いしての試し縫い中です。

 糸の取り回しは、シフォンに貰った実機の取説を参考にしたんだけど、どうだろう?

 もはや武器レベルのミシン針は、バリバリと熊の毛皮も縫い合わせたぞ。


「どう? 使えそう?」

「ちゃんと動いてるわね。……ただ、ボビンの回転がちょっと硬い気がするの。長く使うと問題になるかも」

「中に軸受を入れてみようかな。糸が切れちゃうと問題だし」

「気になるのは、そんなものよ。自分で頼んでおいてだけど……本当、よく作ったわね」

「次は編み機か、染色の機械をおねだりされそうだね」

「もちろん、期待してるわよ?」


 しれっと笑う。

 ドンと軽く肘打ち。やり返されたので、またやり返す。

 ふふふ……間に合ったよ。

 これだけ大掛かりな、機械っぽいものは初めて。自信になった。

 これなら温室のコントロールパネルのアイデアも、実現できそうな気がするよ。

 そのまま、シフォンの持ち物リストに収納。

 ブティックに持って行って、ギルドのお針子さんにも使ってもらわないとね。

 本番は、明日だ。

 リコちゃんの音楽の方も、納得行くまで頑張ってもらって、お店のアンに預けておけば、シフォンかコーデリアさんが回収してくれるはず。

 早朝(ゲーマー時間)から準備を始めるので、私たちがログインしてるかどうかもわからないからね。

 イベント開始は朝10時。終わりも、夜10時までのロングランだそうな。

 頑張れ~。


「私たちのアイデアを真似て、他のギルドも似たようなことするらしいからなぁ。他との差をビシッと見せつけてやらないと」

「良いじゃん、楽しいこと増えるのは大歓迎」

「人を増やす気のないところはお気楽ねぇ……。もっとも、シトリン工房に普通のゲーマーさんが入ったら、擦れ違いばかりで泣くわよね」

「平日午後に活動できる人が、第一条件だもん」

「カタギの人には、厳しすぎるわよ、それ」

「ど~せ、ヤクザな引き籠もりですよぉだ」


☆★☆


「見て見て、『ランウェイ』のサブギルマスの悔しそうな顔っ」

「まさかのミシンには、ぐうの音も出ないわよね?」


 イベント準備中から、もう人が集まっている。

 その中にはライバルギルドの人もいるようで、特に競り合いの激しいシフォン率いる『ファッションウィーク』は、『ランウェイ』を意識しまくっている。

 会場設営の最後の最後に設置したミシンは、ライバルギルドの度肝を抜いたようです。

 最終調整を終えたら、シトリン工房で売りに出すけど、複雑なので量産は難しい。

 真面目に、部品製作の下請け工房を、選ぶ必要があるぞと、脅かされている。

 脅してるのはロックさんとはいえ、複雑なものを作るようになると必要だよね。

 あまり待たせてばかりじゃ、申し訳ないし……。


「そろそろ、初めて良いかな?」


 音頭取りのザビエルさんの確認で、リコちゃんに合図。

 わざわざゲームBGMを止めてもらっている中央広場に、リコちゃんアレンジのFFOのメインテーマが流れる。

 うんうん、反応が良いよ。頑張った甲斐があったね、リコちゃん。


『ファッションウィーク』は、新兵器ミシンを前面に押し立てるようで、配布するハンカチを縫い上げるところから始めて、ネームを手縫いで刺繍する作戦。

 うん、女子の手作り&手渡しは男子に効果あるぞ。

 でも、男子は服飾系ギルドを目指すのだろうか?

 そういう意味では、力仕事担当獲得を目指す『グリーングリーン』の園芸女子の取り巻き攻勢は、理にかなった策略です。

 なのに『絵売りアン』と言って恐れる声が聞こえるのは、どうして?

『美味しいフライパン』は、まずはスイーツで女子狙い。

 レシピを公開して、相談に乗りながら勧誘してる。

『南蛮渡来』は日曜大工路線? 椅子のパーツを大量に持ち込んで、実際に組み立てや仕上げを経験してもらってる。木彫りの鳥さんを彫るコーナーがあったりと、まったりアダルト路線です。


「ザビエルさんは、眺めてるだけでいいんですか?」

「僕は建築設計メインだから、木工は得意な人たちにおまかせだよ。こっちでシトリン工房や、『雷炎』のギルドハウスの設計図を展示しながら、興味のある人を引っ張る係」


 そういえば、正式にギルドハウスが導入されたんだっけ。

 実はまだ『雷炎』のギルドハウスに行ったことがないと言ったら、笑われるだろうなぁ。

 そんなふうにザビエルさんと話していたら、何やら人だかりが……。


「あの……シトリン工房は募集をしてないのですか?」

「してません! 今は手一杯ですので……」


 逃げろ~!

 大勢の人を相手にするのは、苦手だよぉ……あぁ怖かった。

 慌てて、自分の部屋に帰って、ほっと一息。

 リコちゃんに、今日はそっちにいて、機械がトラブるようなら教えてくれるように伝えておく。またあとで、みんなに笑われるなぁ……。

 一度、リアルのお昼ごはん食べに戻って、またログインして。

 グダグダとイメージをまとめていたら、四時半くらいになった。

 最後にまた、様子を見に行こうと中央広場にキラキラ~っと。

 夕方になって、篝火が焚かれて、お祭りっぽくなってる。

 ミシンは……ちゃんと動いてるね。

 暗くなってきたので、やんま君はお休み中のようです。


「リコちゃん、どんな感じ?」

「あ……楽しいです。本当にお祭りみたいで。ペンネさんの所、いっぱい人が増えたんですよ」

「リコちゃんが楽しめたなら、なにより。私は人に囲まれるの苦手だから、逃げちゃったけど」

「シフォンさんが呆れてましたよ」

「大丈夫、わかってくれてる人だから。でも、みんな凄いなぁ。自分たちで、こんな事を企画して、成功させちゃうんだから」

「本当ですねぇ……」


 見上げる空は、もう紫色が濃くなってきている。

 一つ、二つ、星が光って……淡い紫色の丸いお月様がぽっかり浮かんでいる。


「今夜は満月だ……この世界のお月様は紫色なんだね」

「この世界の月は、いつも満月だそうですよ?」


 何気ない私の呟きに、呆れたようにリコちゃんが応える。

 えっ? 嘘っ……なんで?

 私と同じログイン状況のリコちゃんに訊いてもわかるはずもなく、シフォンを捕まえる。


「ねえ、シフォン……この世界の月はいつも満月だって、本当?」

「あったりまえでしょ? あなた、今更何を言ってるのよ……って、そうか。シトリンはいつも夜はいなかったね」

「じゃあ、お月様は動かない? いつも同じ場所?」

「変なことを気にする娘ね。ちゃんと昇ったり沈んだりするわよ?」

「嘘ぉ……じゃあ何で、ずっと満月なのよ?」

「何でって訊かれても……そんなの運営さんに聞きなさいよ。私が知るわけ無いでしょ?」


 そりゃあそうだ。

 ぷんとむくれて、シフォンは行っちゃった。

 でも、こんなに地球っぽく作ってあるのに、何でお月様だけ?

 月の満ち欠けがないと、塩の満干きも無いって前にテレビで見たような……。

 何か、満月でなければいけない理由でも有るの?

 満月……満月……なにか引っかかる

 満月……月の光……月光浴……ムーンヒーリング?

 まさか、まさか?


 私は、自分の工房に戻ると、宝石の箱を持って屋根裏部屋へ飛んだ。

 そして、天窓の桟に蓋を開いて、置く。

 磨かれた宝石たちが、月の光を浴びて怪しく輝いた。

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