開店準備と闇の底

「買っちゃった。買っちゃった。買っちゃった。買っちゃった。買っちゃった……」

「落ち着きなさいよ。もう……」

「だって、リアルでもこんな凄い買い物……初めてなんだもん」

「まあ、気持ちはわかるけどね」


 シフォンが微笑ましそうに、私を見ている。

 この娘だって絶対に、自分のブティックを買った時は興奮してたはず。


 そう……とうとう私もお店を買っちゃいました!

 今、お金を一括で払ってきた所。

 口座のお金は安心できる数字になったけど、買ったものの大きさに足が震えてます。

 新シトリン工房は、表通りから一本裏に入った静かな所。

 もっと小さいお店にしようかと思ったんだけれど


「税金も無いんだし、買える時に買えるだけ大きなお店を買っちゃいなさいよ」


 というシフォンの叱咤もあって、ここに決まった。

 今はデフォルトのお店が建っているのだけど、準備ができ次第、ザビエルさんの建築ギルド『南蛮渡来』が、新しいお店に建て直してくれる手はず。

 そこはゲームだから、準備ができたら一瞬で変わるみたい。

 木工の家具職人さんも多いので、内装もお任せ。

 地下工房の方も、既に工房セットを購入して、あとは設置するだけになってます。

 宿屋から、商業街に引っ越すことで、みんなとの距離はだいぶ近くなった。


「店舗に入ったら、まず中央の魔法陣に触れてみなさい」

「こう? おおっ! 何か出た」

「店舗の設定メニューよ。土地の区画で設定できるの。あとは好みに設定する」


 なんか凄い……。

 所有者、シトリンって書いてある!

 店名は……シトリン工房っと。

 業種? ……雑貨屋かなぁ? まだ、細工師とも、錬金術師ともつかないし。

 店舗形態は1F店舗。BF工房。2F住居。

 建物は、デフォルトじゃなくて、カスタマイズ。

 店員NPCの設定は……


「そこ、個人の趣味が出るから面白いのよね」


 興味津々で覗き込むなぁ!

 まあ、お店の買い方が解らないから、付いて来てくれたのは感謝してるけど。

 宣言通りに種族は妖精。女の子。

 外観はどうしようかなぁ……。もう、チラ見しないでよ。

 よし、私がお店を出すと聞いて、故郷から慕って出てきた娘と言う設定にしよう。

 赤毛三つ編み、そばかす。イメージは赤毛のアンで。


「おぉ……そう来たか。フリルが似合いそうで何より。じゃあ、地下で工房作っちゃおうよ。商品たくさん作らないと、すぐ売り切れるわよ」

「荷物とか、置いて大丈夫? お店建て直すのに」

「デフォルトの建物以外は、ちゃんと残るわよ。建て直したあとに、位置を微調整するだけ。シトリンも、今日からここに寝ても大丈夫」

「わ~い。後で久しぶりに持ち物欄を全部、空にできる」

「準備ができたら、みんなに預けてる石油とかゴムとか、回収してきなさいね」

「うん。今までありがとうの御礼の品も準備できてる」

「また、あなたはそういう水臭いことを……」

「シフォンの所と、ロックさんの所は姿見鏡だけど、いらない?」

「ピンポイントで欲しい物を準備するな!」


 ガランとした地下室。天井が謎に光ってるので暗くない。

 いつもの『どこでも……』ではなく、既に買ってある『高技術作業場』というものを展開する。

 これで、作業もワンランク上の複雑なことも出来るそうな。

 収納に溜め込んでいた素材を、ぞろぞろと台の上に並べる。この素材の量が、私の歩いてきた道です。

 そして、シフォンお待ちかねの、お手伝い妖精の二人を呼び出す。

 二人買うのは高かったけど、材料精製と製品加工を同時に進めるとなると、絶対に必要になってくるよ。

 金髪と、銀髪のお揃いツインテールの双子ちゃん。

 名前入力か……お店がアンだから、それぞれドゥーとトロワでいいや。


「あぁ……シトリンのネーミングに愛がない」

「いいでしょ! 覚えやすいのが一番だもん」


 ドゥーにはミスリル精製。トロワには何気に人気のヒートプレート100セットの製作をお願いしておく。

 ちなみに、お手伝い妖精の経験値も、私に入るそうです。


☆★☆


 ふぅ……。

 みんなに預かってもらっていた素材も回収して、宿屋においてあった私物や素材なども回収してきた。

 初めてのお部屋で、あと1時間位のんびり出来る。

 と言っても、今いるのは空っぽの隣の部屋。

 どこでも工房を展開して、気になるものを調査です。


 そう、『石油』。


 鉱物油が出てくれたのは嬉しいのだけれど、何で原油で出てくるの?

 石油嬉しさと、ミスリルからの魔剣製造ですっかり後回しになってたけど、これはやっぱり謎です。

 運営さんは、私たちプレイヤーにどこまでさせようというのだろう?

 ガソリンエンジン、作っていいの?

 こんな話は、まだ誰にもできない。

 夏姫なつきちゃんに電話して、運営さんに訊いて貰う事はできるけど、それってフェアじゃないよね。

 かなり、このゲームのギリギリの所に触れてる自覚は有る。

 この『石油』は、ミスリル以上に取扱い注意の代物だ。


 石油を入れたビーカーを精製機にかけてみる。

 さあ、どう出る……。


[以下を精製しました]

[潤滑油ベースオイル][ナフサ][コールタール]


 ガソリンや軽油が無いのに、少しホッとしてる。

 潤滑油の元は手に入った。

 コールタールって道の工事に使うやつだよね? ザビエルさんに教えてあげよう。

 でも、ナフサって何?

 教えて、グー○ル先生。

 わぁ! 頭から煙が出るから、化学式とかやめて!

 用途、用途……とりあえず何に使うのかだけ教えて……。

 ナフサから作れるもの……プラスチック製品、合成繊維、塗装原料&溶剤、合成ゴム、接着剤や化学肥料も!

 ちょっと、運営さん。

 このゲームってファンタジーだよね……。

 私が欲しがっていたものは、全て作れるんだ……代用品なしで。

 缶入りで、ブラックボックス状態のナフサを精製機にかける。


[この精製機では対応できません。高技術作業場の精製機をご使用ください]


 精製出来なかったことに安心する。

 でも、私は今日……その高技術作業場を買ったんだよ……。

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