本日晴天、シトリン工房開店!

「出来ました! ハンドミキサー!」


 ペンネさんの『美味しいフライパン』ギルドの工房……いや、キッチンだね。に持っていったら、大歓迎された。

 そんな中にまた混ざってるロックさんが、試作品を覗き込む。


「あんなに悩んでた軸受、結局どうしたんだ? プラスチックを見つけたのか?」

「無理だった。 でも、凄いの作ったよ」


 私は得意になって、回転軸を本体に固定している銅色の軸受を見せる。


「シトリン工房奥義、含油魔導合金がんゆまどうごうきんだもんね」

「なんだそりゃ?」

「合金にね、魔法陣でイタズラして潤滑油を染み込ませたんだ!」

「マジかよ! お前さん、だんだん何でもアリになってきたな……」


 ロックさんが呆れ顔で首を振る。


 ……なんてね、ウ・ソ・さ!


 リアルな世界の軸受メーカーさんのサイトを探して調べて、焼結合金というのを知って、再現してみたんだ。

 例の『高技術作業場』なら、再現できちゃった。

 本当のことを言うと樹脂の軸受とか、コーデリアさんが欲しがりそうな薄いビニールフィルムとか、合成繊維なんて言うのも作ってみた。

 でも、それらはゲーム世界に出しちゃいけないものだと思う。

 一人のプレイヤーの意見だけど

 そう思ったから、運営さんに長いお手紙を書いて報告しておいた。


「オーバーテクノロジーですよ?」って。


 一応作れちゃうことを確認して、みんな『禁忌の部屋』にしまっちゃう。

 各種サイズの軸受を量産してから(これはお店で販売予定)、一旦『高技術作業場』を閉じて、普通の作業場を買い直した。

 そして、ザビエルさんに言って、私の研究開発用と量産作業場と、地下に二つの工房を作る形に変更してもらってある。

『高技術』の方は、私の研究用に隠しておけば、充分だよ。

 まだ魔法陣だって、誰も使いこなしていないのに、素材ばかり先行されても困惑する。

 小型の軸受だけはしょうがないから、私が売って供給しよう。

 有るなら、他の人も敢えて作ろうって気にもならないでしょ?

 あとは潤滑油が有れば、それ以上の樹脂はいらないよ。

 あの泉も、原油ではなく鉱油にナーフすべきだと思う。

 回答はまだだけど、個人的にもう封印しちゃってる。

 言った手前、魔法陣の勉強が急務になっちゃったけど……。


「わっ、あっという間にメレンゲが!」


 卵白を泡立てて、嬉しそうな歓声。

 これでもこの世界では、充分なオーバーテクノロジーだよね?

 電気の代わりにプレイヤーキャラの魔力で、モーターならぬ回転軸を回して。

 凄いものを作りたいんじゃなくて、みんなが欲しがって「作ってよぉ!」っていうものを何とか作って、喜んでもらいたいんだもん。


「ところで、『美味しいフライパン』のロゴマーク、できました?」


 さすが女性の多いギルド。可愛いのが出来てるので、本体のどこにつけるか話し合う。

 はいはい、なるべく目立つところですよね?

 ペンネさん以外にも使ってもらって、細かな改良点を書き出す。

 材料費はギルド持ちなので、試作品はそのままプレゼント。

 あと二台発注を受けたから、量産機の製造とともに急がなくちゃね。


☆★☆


 遂にザビエルさんから、準備オーケーの連絡が来た。

 シトリン工房の建屋が完成したんだって。

 みんなが見ている前で、本当に魔法のように


「1,2……3!」


 で、建物がくるっと変わってしまって、拍手より前に笑いが起きた。

 白い漆喰の壁に、緑色の屋根や庇……正式採用されてしまったよ。

 看板は、コーデリアさんのギルドに居る本職イラストレーターさんの描いてくれた妖精さんの絵。これはそのまま、お店のマークにも採用しました。


「今のところ、メインはアイロンとハンドミキサーしか無いから、アイデア募集!」

「温室~!」

「それはまだ待って……ごめん」


 なんて会話もしながら、各ギルド員さんに売りたいものの募集をかけておく。

 お店が広すぎて、私のアイデアグッズだけではスカスカなのよ。

 ザビエルさんの所の家具職人さんのテーブルや椅子とか、コーデリアさんの所のお花を植木鉢で並べるもよし。

 フリマじゃないけど、作ったら売ってみて、喜んでもらうと楽しいよ?

 また何か、作ろうって気になるから。


 色々準備をして、開店は二日後の土曜日の午後と書いておく。

 そして、当日。


 ログインした私は、並んで待ってくれているお客様の多さにびっくりだ。

 アン、ドゥー、トロワの三人(改めて呼ぶと、確かに安直……)に確認を取って……。

 お店のドアを開けた!


「いらっしゃいませ~!」


 もっとも、人の多さに、すぐに逃げ出した私だけどさ……。

 物陰に隠れて、お客様の声を聞いてるせせこましさよ。


「あった! 冷水ポット、前にパーティーを組んだ『雷炎』の奴が持ってて、欲しかったんだ。『雷炎』でないと頼みづらい雰囲気あったから」

「何、この簡易照明って、板一枚かよ?」

「だから良いんじゃん。松明と違って光が揺らがないし、革鎧に引っ掛けて、必要な時だけ照らす。斥候には必須アイテムだぜ? ……無くしても、安いし」


 概ね、好評で良かったよ。

 でも、ガラスコップ……なぜ、カモノハシの列が減らないの?

 猫、犬、熊は順調に減ってるのに……。


「絶対、裏に隠れてると思ったら、やっぱりいた! この人見知り」


 憎まれ口のシフォンを始め、みんなお祝いに来てくれた。

 一通りお店を見せて、2階のダベリ部屋に移動。

 会議室とか、応接室とかにするべきなんだけど、大人数の休憩所だから、これでいい。


「そういえば、聞きましたか? 次のアップデートが決まったって」

「氷の山脈が舞台だってね。攻略チームは忙しくなるよ?」

「来月か……新規プレーヤーも入ってくるし、勧誘も大変だ」

「シトリン、雪山グッズを作るんだ!」

「懐炉とか、炬燵とか、土鍋とか?」

「炬燵はやめて。一度入ったら出られなくなって、攻略どころじゃない……」

「なんという恐ろしいトラップ……」

「この世界に季節はあるのかなぁ……?」

「あるに決まってるわ。どうせ、クリスマスシーズンになれば雪景色になって、サンタのイベントをするでしょ? 定番だし」

「身も蓋もないことを……」


 そんな馬鹿話で盛り上がる。

 アップデート詳細の中に、石油を鉱油に変更する旨を見つけてニッコリしたのは私だ。

 ところで、すっかり忘れてたスタート祝いのアイテムチケット。

 期限が来るよ? とメールが飽きたので慌てて引いたら、ダブルアップチャンス。

 懐かしいパンニング皿問題だったので、正解したら、2つ目の『どこでも作業場』を貰っちゃったよ……どうしよう?

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