第三章 シトリン工房のお客様
王都に夏が来たみたい
ログインしてみたら、季節が変わっていた。
う~……何か暑い。
お店の方を見てみたら、アンたちの制服がもう夏服になってた。
シフォン……恐ろしい娘……。
私は来るべきアップデートに備えた、雪山用の簡易ヒーターを改造して、簡易冷風扇にして涼んでます。
お得意の真鍮板に風の魔法陣を刻んで、その上に被せる穴開きカバーの魔法陣を、『炎』から『氷』に書き換えただけなんだけどね……。
単純が一番なの! 単純な方が魔力消費が少ないもん。
それで涼みながら、冒険者ギルドに真鍮の材料採取と、ガラスの材料採取の依頼を出しに行ったら、みんなに羨ましがられた。
冷風ヴァージョンも、量産しなきゃだめだね。
僅かとはいえ、ずっと魔力を流し続けるのは、地味に疲れます。
ついでにロックさんの工房に顔を出したら、冷風扇を強奪されたよ……。
「こっちは死活問題だ!」
と言われたら、さすがに諦めるしか無いか……。暑い。
普段は温度管理がしっかりなされた病室にいるから、暑いのには慣れないよ……。
他に回る用事を蹴飛ばして、私の実験室に戻る。
高さ1メートル位の、巨大な冷風扇を作っちゃう。
魔力供給をどうするかって?
実は、外には出せない魔力電池がすでにあるの。
察しの良い方はおわかりでしょうか?
そう、あの魔剣作りに使った、元ミスリルのハンマーを細かく輪切りにしたもの。
今は魔力を持った特殊な銀から、魔力が抜かれた状態。
では、それにまた魔力を加えてあげると、どうなるのか?
魔力は溜まってるものの、魔力が合わないのか、ジワジワ抜けていくものになりました。
ほら、簡易魔力電池。
魔剣製作に関わるものだから、みんなには申し訳ないけど外には出せないのです。
私専用クーラー。気持ちいい……。お部屋にも置いてあるよ。
引き籠もるには、まず快適な環境を作らないとね。
ロックさんの所にも設置してあげたいけど、あの工房は人の出入りが激しいから、設置しない方が世の為なのです。
意地悪じゃないからね?
冷風扇を強奪された恨みなんて無いよ? たぶん……。
頭がシャッキリした所で、真面目に魔力電池も考えなきゃ。
単なる電池でミスリルを使うのも、もったいない。
ファンタジーものだと、よく魔石っていうのが出てくる。
でも、このゲームには今のところ、存在しないと思う。新エリアに追加される可能性はあるけど、今のところはない。
怪しいものは、あるんだけどね……。
私は素材サンプルから、宝石を取り出す。
全部カット&研磨してあるから、シフォンが見たら目の色変えるやつ。
実はこの宝石って、未だに使い道がはっきりしないの。
「綺麗なのが宝石の仕事でしょ?」
と一言でシフォンなら、切り捨てそうだけど……。
それなら、こんなに種類はいらないよね?
多分、魔力に関係した何かに使うと思うんだ。
この高技術作業所には、魔力測定器なるものもあったりする。
ちょっと、色々調べてみましょうか?
と、思ったらドアがノックされた。
「シトリンちゃん、いる?」
「は~い」
ペンネさんだ。また、何か必要になったのかな?
ドアを開けたら、何故か汗だくのロックさん。
あ、しまった。ドアの隙間から漏れる冷気に気づかれた!
凄みのある笑いを浮かべたよ……。
「お前のことだから、快適な引き籠もり生活をするために、冷房を作ってるんじゃないかと思って来てみたら……ビンゴだぜ、ペンネさん」
「本当? あぁ……本当。涼しい風が来てる」
あぁっ、暑さが死活問題コンビが手を組んでる!
「作ッテナイヨ……冷風扇ダヨ?」
「カタカナで喋ってる時点でバレバレだって言うんだ。何か出せない事情があるのか?」
そう訊いてくれるのが、ロックさんの優しい所。
バレちゃあ、しょうがない。私もブッチャケよう。
「高さ1メートル、幅50センチの巨大冷風扇を作ったの」
「それは涼しそうねぇ……でも、魔力が足りるの?」
「その部分が問題なんで、すぐには出せないの……わかって? ペンネさん」
「シトリンの所みたいに引き籠もってねえから、新米に魔力係させりゃあ動かせるぞ?」
そんなご無体なことを仰る……。
でも、おっとりペンネさんまでその気ということは、相当に暑さが応えてる?
ふと、気になったのか、ロックさんが尋ねる。
「一体、お前さんはどうやって魔力供給してるんだ?」
「魔剣製作の残滓だから、人には見せられないでしょ?」
「魔剣製作の残滓って事は……ああ、アレか! アレに、魔力を加えるとか?」
「ぴんぽーん。ゆっくり魔力が抜けていくから、ちょうどいいの」
「考えたな……。魔力供給は別にして、デカい冷風扇を頼めないか?」
「お願い、シトリンちゃん」
「しょうがないなぁ……」
工作機はさっき作ったままだから、そのまま二つづつ製作。
私専用ならともかく、外に出すなら錫メッキでもして、見た目を綺麗にしないと……。
「なあ、シトリン。アレをそのままにするんじゃなくて、缶か何かに入れておけば、バレねえんじゃないか?」
「多分、細工師みんな魔力供給方法に頭を痛めてるだろうから、万が一にも盗まれた時に困っちゃう。……永続的なものは後回しにして、先に中身を解らなくする方法を考えてみるから、今日は魔力係さんに泣いてもらって」
この部屋には、私以外入れない設定だから、滑り板に乗せて外に出す。
軽々と二つ抱えるロックさんの力持ち。
お金は魔力電池簡易版ができた時で良いや。
ホクホク顔で帰って行きましたとさ……。
あの二人の所にセットしたら、絶対他の所からも依頼が来るよ。
キャラはともかく、プレイヤーは冷房慣れしてるからね。
さっそく思いついた方法を試してみる。
ミスリルハンマーの破片を、粉にしちゃう!
そして、焼結合金作った時のテスト用の単3電池サイズの丸棒型で、焼結!
材質の粉が溶け出すより低い温度で、圧力をかけて固める!
どうだろう? 出来上がったものに魔力を加えて、置き換える。
うん、ちゃんと動いてくれてるよ。使えそう。
これなら、保持金具も私のやつと共用できる。
とりあえず10本製作しておこう……。
出来上がって溜息ついていたら、またノックの音が……。
「シトリン、今ロックさんが持ってるのを見たんだけど、私の分は無いのかしら?」
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