泉の中の聖職者

「これ、殺っちまったら拙いんだよな?」

「こっちに戦意がないのに、何でいきなりヒュドラとケルピーなのよ!」


 問答無用の攻撃に、前衛たちが戸惑ってる。

 ヒュドラは9つの頭が次々に襲いかかり、水馬のケルピーがいななき、威嚇する。

 これで戦うなって言う方が無理! 絶対無理! 事前情報が無いと戦うよ?

 ケルピーの体当たりを盾で受けて、ロックさんが蹌踉めく。

 エクレールさんも鞘から抜かないサーベルで、ヒュドラの牙を必死で弾いている。

 ヒュドラを躱しそこねて蹌踉めいたシフォンを、駆けつけたザビエルさんの盾が何とか守った。

 攻撃できれば押し切れる相手でも、それを封じられてしまうと辛すぎるかも。

 そんな中、ぽつんと、コーデリアさんが呟いた。


「うぅん……本当に、何でヒュドラとケルピーなんだろう?」

「そこにいるんだから、仕方がないでしょう?」

「だからぁ……わかってよ。……どうしてヒュドラとケルピーなの?」

「そんなのウンディーネに聞いて!」

「……そっか、ウンディーネに聞けばいいんだよ!」

「どういうことよ!」

「説明するから、一回退却~!」

「お~!」


 コーデリアさんのノリに合わせた掛け声で退却する。

 輪になってしゃがんで、作戦会議だ。

 みんなの息が白いよ。長くはしゃがんでいられない。


「さあ、説明するんだガーデン娘」

「だから、ヒュドラとケルピーなのよ。雪ヒュドラや、アイスケルピーじゃないの」

「それが何か違うのかい?」

「ヒュドラも、ケルピーも水の眷属であって、雪や氷じゃない。だから、あれはウンディーネさんの友達であって、魔じゃないの」

「お……おう。コロボックルの所も、雪ゴブリンに、雪オオカミだったな」

「雪や、氷の敵がいないってことは、あの子達がウンディーネさんを守ってるの。だから、何とかウンディーネさんと話す方法を考えないと、駄目なんだよ」

「確かに、前に倒して攻め込んだ時には、中にウンディーネがいたね」

「でも、どうやって話す?」


 そう言われても……とみんなで首をひねる。

 ……時間だけが過ぎてゆく。

 あっけらかんと、言い出しっぺのコーデリアさんが開き直った。


「もう、行ってから大声で呼び出そうよ。ケルピーも、ヒュドラも人語を理解しないんだから、言葉の分かる人を呼ぶしか無いよ」

「相手は妖精よ?」

「シトリンもいるから、きっと妖精語で呼んでくれるよ」

「この世界に妖精語って有るの?」


 私に訊かれてもわからないよ!

 まあ、他に手がないから、みんなで呼びかけようという結論。

 再び戻って、またヒュドラとケルピーがこんにちわ。

 武器は取らずに、みんなで呼ぼう。


「ウンディーネさん、いらっしゃいますかぁ? お話したいのですけど!」


 あ、正解っぽい。

 動きの止まったヒュドラとケルピー、さようなら。

 大人しく泉に沈んでくれたよ。

 代わりに、湖に人より大きな蓮の花の蕾が浮かび、花開いてゆく。

 ぽん! ではなくて、シュルリと。

 中には雄しべにもたれかかるようにして、淡い水色のエルフっぽい女性が。

 ウンディーネさん? 何かとても疲れているように見える。


「古き盟約も忘れて、右往左往している人族が何の用かしら……?」

「ごめんなさい。忘れていたけど、改めて知った人族です」


 ここは殊勲者のコーデリアさんに主役を譲って、話して貰おう。

 私は『大地の守り』を見せて、コロボックルさんと共闘関係にあることを示すよ。

 それを見て、ウンディーネさんは初めて安堵の笑みを浮かべた。


「コロボックルたちが信頼したのなら、話す価値はあるでしょう。どうぞ、この花の中へ」


 みんなが乗ると、シュルンと花が閉じて、泉の中へ。

 水中エレベーターだね。

 でも、ウンディーネさんは立っているのも辛そうに、雄しべに凭れているよ。

 見るに見かねて、ザビエルさんが声をかける。


「失礼ですが、お疲れのようにお見受けします。回復魔法をおかけしてよろしいですか?」

「回復魔法では、効果が無いでしょう。理由は……すぐに分かります」


 再び、花が開いて目の前に現れた水中宮は、私にはとても見慣れた光景でした。

 並んだベッドで寝込んでいるウンディーネさんを、心配そうにスキュラの看護師さんが看病してる。

 上半身は人間の女性だけど、下半身はタコの足。一人で八人面倒を見られる敏腕ナースだよ。凄く高性能。

 でも何で、こんな野戦病院状態なの?


「私たちウンディーネは清麗な水に棲まう種族です。それ故に聖なる山より流れる水の浄化をしているのですが、魔に侵された山の水の穢れが著しくて……」

「それがウンディーネさんたちの体を蝕んでいると?」

「はい……」


 悲しそうなウンディーネさん。

 そうまでしていても、コロボックルさんたちが、湯冷ましでなければ水を飲めない状態にしかならないなんて……。


「シトリンさん、【増幅】の魔法陣を借りられますか?」

「はい、どうぞ?」


 ザビエルさんの申し出に、素直に魔法陣ノートから切って渡す。

 基礎魔法陣だけだけど、すぐに新しいのが生えてくる便利な公式アイテムです。


「治癒よりも、こちらの方が効果がありそうですね。【浄化ピュリフィケーション】!」


 祝詞と共に杖で床を打つ。

 杖の石は回復特化のカーネリアンだけど、そこは魔法陣で補うみたい。

 癒やしの白い光が水中宮を包み込んで、余韻を残して消えてゆく。


「あぁ……これは……」


 小さなため息が、どよめきに。そして、歓声に変わる。

 体内に溜まった穢れを浄化されたウンディーネさんたちが、次々とベッドから飛び起きてくる。


「人族の力は、素晴らしいものですね」

「いえ、神様の力をお借りしただけですから」

「私たち妖精族には、神の姿も声も感じられないのです……」

「でも、神様はウンディーネの皆さんの姿も、献身もご存知だったようです」

「あぁ……嬉しいこと……」


 おぉ、ザビエルさんが初めて神官らしく見えるよ。

 まさかリアルで、神職の方だったりしないよね?


「本物だったら、二神に仕えることになるから、それはないでしょうね」

「それより、シトリンよぉ。銀の板かなんかに魔法陣描いて、そこに触れたら浄化されるみたいな物でも作れねえか?」

「無茶言わないでよ、ロックさん。魔道士の魔法と神聖魔法は別物なの! 神聖魔法の魔方陣なんて、存在するのかどうか……」

「お前なら、何でもアリかと思ったが……無理も有るのか」

「神の御心は、プログラムでどうこうできるものではないのでしょう」


 喜ぶウンディーネさんに囲まれたザビエルさんを眺めながら、私はログイン時間の終了を知る。

 中途半端で終わらなくて良かったと思いつつ、なんとなく去り難い気持ちを胸にしまった。

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