舞台裏の風景2

「ふぁ……暑い……」


 カットの声が入ると、すぐにスタッフの方が日傘とサマーカーディガン、飲み物を持ってきてくれる。

 今日はCMだけど、まだ映画の撮影も残っているから、日焼け厳禁。

 海にも行けない今年の夏です。

 私、佐伯夏姫さえきなつき。今日は千葉県の観光牧場に来ています。

 前日から泊まり込みで、開場時間前、一般客の入場前の早朝撮影で、羊さんと戯れています。

 まだ朝なのに、もう暑いよ。さすが真夏。冷たい麦茶が美味しい。

 白Tシャツに、デニムのオーバーオール。麦わら帽子にゴム長靴。

 このスタイルじゃあ、見つかった所で誰も、FFO……ファンタジー・フロンティア・オンラインというゲームのCM撮影だとは思うまい。

 このゲームにハマり込んでる双子の妹の陽菜乃ひなのちゃんに教えてあげたいけど、平日の午前中じゃあ、検査やら診察やらあるから遠慮しないと。


「夏姫ちゃん、意外にそういうスタイルも似合うね」

「褒め言葉として受けておきます。……でもFFOなのに、このスタイルで良いんですか? スナック菓子ならともかく」


 撮影に同行しているFFOのプロデューサーの堀内さんと、冗談交じりに憎まれ口をきき合ってみる。

 私も隠れプレイヤーの一人だけど、長閑過ぎません?

 それに応えてくれたのは、やはり同行してくれているワールドデザイナーの泉原さんだ。


「これは第3ロット発売と、同時のアップデートで導入される、新戦闘スキルの宣伝も兼ねてるから、これでいいのよ」


 ストレスが溜まっているのか、昨夜のカラオケで熱唱し過ぎて、声がちょっと枯れてる。

 滅多に見られない顔がいろいろ見られて新鮮でしたが……。


「新スキルって、羊飼いさんですか?」

「それでどう戦えと? テイマーさんですよ。魔物を従えて戦う職業。銃を使うガンナーとどっちを先にしようかと考えてたけど……」

「あれだけ熱狂的ラブコールを貰っちゃうと、こっちを先行させたくなるね」

「ラブコール?」

「本当に毎日、『テイマーを導入して下さい』『友人が動物アレルギーなのに動物好きで、せめてゲームの中でモフらせてあげたいです』って、友人らしい二人のプレイヤーが一番熱狂的だね」


 肩を竦めながらも、なんとも嬉しそうに堀内さん。

 私たち姉妹以外にも、リアルでできないことをゲームで……って考える人がいるんだなぁ。ちょっと嬉しくなる。


「でも、今の雪山イベントは難しいみたいですね。私はフィンメル周辺で遊んでるだけだけど、ネットの情報を見ると攻略組も行き詰まってるって……」

「イズちゃんのこだわりが強いからね。解答を聞くと、なるほどって納得できるけど」

「それでも、ちゃんと正解ルートを進んでるチームがいるんですから!」

「『雷炎』の、あの妖精さんのいるグループか……。 まさかサクラを雇ったりしてないよね?」


 ん? また陽菜ちゃん、何かやらかしてるの?

 前のイベントでも、ただ一人の高レベル細工師で、イズさんに感謝されてたけど。


「失礼な。サクラを雇うなら、こんなにプレイヤーからの質問でストレス溜まる前に、なんとかさせてます! ……ちゃんと正解ルートを見つけて進んでるグループがいるんだから、今は耐えなきゃいけないんです」

「あの妖精さん、ログイン時間が限られてるっぽいからね。進みが遅くなるのが難点か」

「でも、時間がはっきりしてるからモニターしやすいんですよ。今回は妖精さんだけじゃなくて、他のメンバーもいろいろ意見を出しながら、こっちのリドルを解いてくれてて嬉しいの」

「イズちゃんの癒やしタイムになってるし」

「本当に、上手くいかないとすぐ攻撃的になるプレイヤーさんが多くて……」


 おーい、陽菜ちゃん。スタッフの人にプレイをモニターされてるぞ(笑)

 でも、あの人見知りが、他の人達と一緒に遊んでいるって聞いてひと安心。

 てっきり、一人で引き籠もりプレイで、色々なものを作って遊んでいるのかと思ったよ。

 秋になれば、映画も終わって少しゆっくりできそうだから、一緒にプレイする楽しみが増えたよ。

 でも、イズさんにモニターされてたら、ちょっと困っちゃうな。


「あのグループは、今どのあたり?」

「森です。九尾さんを懐柔した所」

「もふもふゾーンか……できればここで、新スキルの情報を匂わせてあげたいね」

「あの二人も、妖精さんと同行してますからね。何か良い手はないものか……」


 え? 陽菜ちゃんのプレイ仲間の話だったんだ。

 それなら良い手がありますよ。裏ルートで確実に伝えちゃいます。


「私のインスタに、今日の写真をアップしてみましょうか? この服装なら何のCMかパッと見わからないし、さり気なくFFO小物を置いたりして」

「良いの? 夏姫ちゃんが後で怒られない?」

「この撮影が秘密でなければ……。私も遊んでるから、ウチの事務所はFFOには、割と寛大なんですよ」


 陽菜ちゃんの事も伝えてあるし、向こうから打ち切られない限り、契約を続けて欲しいってお願いしてたりする。

 ね? っと、マネージャーさんにウインク。


「夏姫のファンは流行りの格好をさせるより、こういう方が喜びますから。優等生キャラなところがあるし、さっきからそのつもりでスナップも撮らせていただいてます」

「そうしていただけるなら、助かります。泉原にばかりクレームが行く状況の目先を逸らす意味でも、ちょっと話題が欲しいので」

「じゃあ、イズさんとツーショット撮っちゃいましょう。分かる人には分かる、綺麗なお姉さんとのツーショット」

「やめて~。二日酔いで顔がむくんでるのに」

「FFOの宣伝のためなら、そのくらい耐えろ」

「そんな~」


 大笑いしながら、イズさんの頭に武士の情けで麦わら帽子を載せてあげる。

 インスタの文章は「CM撮影中」でいいね。

 謎解きは、陽菜ちゃんにメールしてあげれば、知って欲しい人に真意が届くはず。


 早く秋にならないかなぁ。

 そうすれば、約束通り陽菜ちゃんとゲームでどこにだって遊びに行けるのに……。

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