舞台裏の風景3
「イズさ~ん。妖精さんがログインしましたよ」
庶務の愛ちゃんに呼ばれて、私は割り箸を咥えたまま、スープポットを持って移動する。
行儀が悪いけど、お昼休みにまで、クレームメールの返信がかかってしまったので、しょうがない。
みんなもっと、運営さんを労ろうよ……。
「何だよ、イズちゃんは今日もクタクタうどんかい?」
「無理……胃がおかしくって、他のものを受け付けてくれません」
朝、レンチンした冷凍うどんをスープジャーに放り込み、沸騰した白だしの汁をかけて生卵を割り入れる。お昼には、くたくたになったうどんと半熟卵が良い塩梅に。
ストレスでボロボロの胃には、丁度良いのよこれが。
でも、そんな日々も今日限りのはず。
ストーリークリアのワールド・インフォメーションが流れれば、八つ当たりに過ぎないってわかってくれるでしょう。
頑張れ『雷炎の傭兵団』! 今日はスタッフみんなで応援してるぞ。
私はFFOことファンタジー・フロンティア・オンラインというVRMMOゲームのワールドデザイナー兼、シナリオライターの
今日は『難しすぎる!』とプレイヤーから絶賛クレーム中の新シナリオを、ようやく自力クリアしてくれるパーティが現れましたので、みんなで手を止めて観戦中です。
遂に最初のパーティーが『約束の場所』にたどり着いたのが、昨日。
念の為に、もうひと班を呼んで、万全で挑む慎重さが頼もしい。
無邪気に愛ちゃんが笑う。
「意外と、初挑戦初討伐とかしちゃったりして」
「無理無理。この時点で使える魔法じゃあ、封印までしかできないように設定してるからね」
「わ~! ずっる~い。そんな意地悪だから、イズさんがクレームに泣くんですよ」
戦闘バランス担当の坂東くんを、睨んでくれてありがとう。
でもね、愛ちゃん。クレームはシナリオ絡みだから、自業自得なの。
SEの野島さんが、意地悪く坂東くんを追撃する。
「そんな風に、妖精さんを甘く見てると痛い目に遭うよ」
「恐いことを言わないでくださいよ……」
「あの妖精さんだけは、何をしでかすかわからないから」
「あの光って演奏する刀、面白かったです!」
「あれは笑った。本気で笑った」
「あ……始まります。先発隊はガチっぽいメンバーですね」
最初はヒーラー三人体制で、粘り強い布陣で挑むらしい。
生産組からは二人にとどめてる。
「戦力的には、よほど乱数が偏らない限り、封印できそうです」
「イズちゃん、おめでとう」
「ありがとう。プレゼントは胃薬用のコップ一杯の水でいいわ」
「切実ですね」
愛ちゃんが苦笑しながら、麦茶を出してくれる。
やかん湯冷まし中のぬるさが、傷んだ胃に優しいよ……。胃薬、苦いよ。
「こっちの妖精さんの火力は?」
「エネミーのゲージを3分の2から、2分の1にするくらい。余裕で耐えます」
「そういえば、堀内さん。例のテイマー候補さんの討伐報酬、どうしましょうか? 彼女ガーデニング関係しかスキル持ってないから、ちょっと価値の低いものになっちゃうんですけど」
念の為、コーヒー片手の堀内プロデューサーに訊いておく。
本当に偏ったプレイをしてる人の多いギルドです。
「討伐できるのか? 坂東は無理だと自信有りげだぞ?」
「妖精さんのいるパーティーだから、まさかの用意はしておかないと」
「……だなぁ。いいや、その時は『魔物馴致大全』でも出しちゃえよ」
「まだテイマー導入前ですよ?」
「使えるのは、まだ先だとしても、一番喜ぶだろう? 絶対に売らないだろうから、システムには影響無いだろうし。討伐したら、いっそ天晴だ」
「妖精さんはどうします?」
「『魔法陣大全』は出したくないなぁ……本当に好き勝手されちゃいそうだ。目先を変えて『錬金術大全』を渡そうや。そっちに寄り道させとかないと、あとが怖い」
「了解です。相方の魔剣鍛治さんは?」
「申し訳ないが、妖精さんの足止めの為に『魔法大全』で我慢して貰おう。一応高レベルの魔導師のはずだし。材料面で足枷つけとかないと、あの妖精さんは止まらないから」
「ある意味、一番このゲームを満喫してますからね、彼女」
「だよなぁ。羨ましいくらいだ」
そんな話をしていると、愛ちゃんがクラッカーを渡してくれる。
いよいよ、封印間近だ。
ワールド・インフォメーションとともに、クラッカーの紐を引く。
やったー! ちゃんとクリアした人たちが出れば、もう文句は言うまい。
ちなみにクラッカーはゴミの出ないタイプ。ちゃっかり者の庶務担当です。
全体のチャット内容を見ると……おぉ、動揺してる動揺してる。
特に名前が出たのが、ストーリーを辿るために呼ばれた、セカンドロットからのプレイヤーさんだからよけいだね。
大手ギルドの主力は、情報を取りにヒュンメルの街に戻るみたい。
そうだよ。みんなでどこで間違ったのか、反省しよう。
このゲームの基本概念を知ってもらいたくて、作ったシナリオなんだから。
「さあ、問題の妖精さんチームが行きます」
「戦力的にはどう?」
「基本はラストアタッカーを見れば分かるけど、さすがの爆炎娘。エネミーのゲージを3分の1くらい持っていけるけど、そこまで。抜けないでしょう」
「妖精さんが何かやらかさない限りは、ね」
「そこが心配というか、楽しみというか……」
「いよいよ、開戦! さすがにブレス対策はきっちりするか」
「あ……妖精さん、何か出しましたよ?」
「ミスリルの大砲? そんな、火薬とかはまだ作ってないはず……」
「ちょっと待って……ミスリルの筒に【増幅】の魔法陣3つ?」
「まさか後ろからの魔法を増幅するとか?」
「うそぉ! 何作ってるんだよ、あの妖精さん! ……大丈夫、ギリ行ける。緊急モードの発動があるから38くらい残る計算。あぶねぇ……」
安堵の息を吐く坂東くん。
でも、悪魔の笑いを浮かべた愛ちゃんが、楽しそうに告げる。
「あの可愛いニャンコの杖って、妖精さんの作だったりしませんか?」
慌てて杖のデータを調べた坂東くんが、頭を抱えて机に突っ伏した。
その途端に、大砲が火を吹く。
哀れ、坂東くん自信のエネミーは、真っ二つにされてポリゴンとなって散った。
その後、『一つの魔法に対する同じ魔法陣使用は一度まで』とルールが改定されたことは、言うまでもないです。
私の胃薬仲間が一人増えた、一日でした。
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