錬金術事始め

「おーい、生きてる? たまには部屋から出て来ないとカビるわよ?」


 シフォンに呼ばれて我に返った。

 自室の隣に作った研究室。最近は錬金術で、危ない薬品を作ったり使ったりするから、こっちの方が楽なんだよね。


「え? そんなに出てなかったっけ?」

「今日で5日目よ。……お姉さんと出歩いて以来でしょ? まったく、あなたはMMORPGで遊んでる自覚、あるのかしら?」

「ごめん、面白かったからつい……」


 ちょっと気取った感じで睨みながら、ため息。

 夏姫なつきちゃんより、シフォンの方が仕草が女優っぽい不思議。


「やっと引っ張り出してきた」と言いつつ入るダベリ部屋には、ほぼレギュラーメンバーが集合してる。エクレールさんとコーデリアさんが不在な代わりに、きゅうさんとリンクさんがいたりするし。

 一番興味津々なのは、きゅうさんだ。


「錬金術って、そんなの面白いのかな?」

「うん、面白い。まださわりに過ぎないけど……。このゲームのオリジナルの、王水の上位版『皇水こうすい』っていうのを精製して、いろいろ溶かして遊んでる所。今はルビーを溶かしてみた」

「あなたは、なんてもったいない事をしてるのよっ!」


 目を剥いて叫ぶのはシフォン。だよね、宝石だもん。

 最初にダイヤモンドを溶かしたなんて言ったら、卒倒しそうだ……。内緒にしよう。


「何でルビーを溶かすかな?」

「面白いんだよ? 魔力を持った宝石を溶かすと、魔力を持った液体ができるの。でも、魔力の籠もってない宝石を溶かした液体には、後から魔力が籠らないの」

「それが何かの役に立ちそうなのか?」

「まだわかんない。……皇水って強い酸だから、中和しないといろいろ危ないから、そのままで何とかできるはずもなく……」

「おいおい……」

「でもね、溶かした宝石と金属を混ぜて、もう一度金属に精製したらどうなるかなぁ? とか、考えると面白そうじゃない」

「魔力ある宝石の溶液と混ぜて、魔力を持った鉄鉱石ができれば、別ルートで魔剣が作れる可能性もあるか……」


 現行の魔剣の作り方を知ってるロックさんが、真面目な顔になる。

 そういえば、アレはどうなったんだろう?


「ねえ、ロックさん。氷結鋼はどうなったの? 武器を打ってみたんでしょ?」

「あれか……普通の鉄になったぞ?」

「……はい?」

「炉の熱で氷結部分が消えちまった……のかどうかはわからんが、打ち上がったのは普通の鉄の剣だ」

「謎が謎を呼んで、更に謎になったと……」

「おうよ。どうやら、お前さん案件の素材だな」

「皇水で溶かす分には、性質が変わらないんだけどなぁ……」

「やっぱ、溶かしたのか……」

「手持ちの材質は、一通り溶かしてストックしてあるよ。実験は、ちょっとあればできるもん」

「5日も籠もって、出て来ないわけだ」

「本当にシトリンちゃんだけ、別のゲームをしているみたいね」


 クスクスとペンネさんが笑う。

 本当に懐の深いゲームだよ、FFOって。


「く~っ。街の錬金術学校では、そんな事全然やらないよね?」

「多分次のステップの予定だったんだろうな。あの魔神自体、討伐できる設定じゃなかったらしいから。予定外のドロップだったんだろ」

「シトリンに『魔法陣大全』なんて渡したら、それこそ大変。多分、そっちに目を逸らせて時間稼ぎ」

「一人でやってても行き詰まった時に困るから、リンクさんもやってみる、錬金術?」

「やりたくても、本が無いです……」

「全ページのSS画像データをあげるよ?」

「って、いいんですか? そんな貴重品」

「はい、ウインドウ開いて」


 アイテムウインドウを開いて、ポイっとな。

 そんなに大感謝しないでよ。この先が茨の道なんだから。


「本当に、勿体ぶるってことをしない人ですよね」

「これで人見知りが激しくなければ、エクレールも苦労しない」

「苦労って何? 私なにかエクレールさんに苦労かけちゃってる?」

「『神聖騎士団』や『ワールド・オーダー』他のギルドから、細工師の指導をしてもらえないかって、甘えた依頼が来てるって、聞いてるわ」

「無理! 人に教えるなんて、考えただけでも逃げたくなる!」

「だから、断るのに苦労してるんでしょ? シトリンだって、誰に教わったわけじゃないんですもの。自分で学べばいいのよ」

「それは半分以上俺のせいだな。……こうしてリンクをシトリンさんに接触させて刺激もらってるの、他のギルドも知ってるみたいだから」


 ついでにいうと、私の人見知りと引き籠もり癖も知れ渡ってるっぽい

 通称『雷炎の引き籠もり妖精』らしいから……。

『シトリン工房サポーターズ』のトップですら、私と面識がなくて、ロックさんが間に入ってる状況だもん。

 だから、エクレールさんがウチに欲しがっていた、きゅうさんのように私へのコネがある人の方が珍しいの。

 他のギルドじゃ、なおさら無理だろうなあ。

 自分でも、みんなに守ってもらってる実感、あるもん。


「刺激どころか、本のコピーも貰っちゃいました、今」

「それは……こうしちゃおう」


 ルフィーアさんにアイテムウィンドウを開いてもらって、『錬金術大全コピー』をポイっと。

 怪訝な顔をしてるので、付け加える。


「それを他のギルドの細工師さんにも、渡しちゃえばいいよ。それで、同等。あとは個人の頑張りだから、他も文句を言いづらいでしょ」

「それでいいの?」

「別に突出したいわけじゃないし、他の人が何を考えつくのか楽しみ。ギルドの優位とかには逆行するけど、トラブルは少ないに越したこと無いもん」

「欲の無い子ねぇ……」

「本音をいうと、詰まった時に相談できる人が切実に欲しいの……」


 ドッと笑いが起こる。

 でもでもぉ! 行き詰まった時に誰にも相談できないのは、本当に辛いんだよ?

 ルフィーアさんはメッセージを書いて、今はログオフ中のエクレールさんに、私の結論を伝えてくれている。

 いがみ合うより、ずっと良いよ。


「あ。できれば俺も欲しい」


 なので、きゅうさんにもポイっと。

 きゅうさんなら薬草関係のアプローチから、何か作ってくれそう。

 ロックさんは脳筋だから、役に立たないけど。

 欲しそうな顔して見てる、リコちゃんにもあげよう。

 みんなで苦労するといいよ!


 いつか行く道なら、みんなで切り拓いた方がきっと楽だよ。

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