氷結ストロング・スタイル

 絶対、怒られるよね。

 そう解っていながら、ロックさんの工房にこんな物を持ち込む私も、なかなか良い根性をしていると思う。

 久しぶりのロックさんの工房は、いつも以上にマッチョまみれになってる。

 ああ、久しぶりにロックさんが剣を鍛えてるのか。お邪魔にならないように見ていよう。


「ボス、妖精さんが来てますぜ?」

「お? 珍しいな、後は任せるぞ、ハンター」

「ヘイ……」


 上半身タンクトップのロックさんが、水を煽ると汗を拭きながらやってくる。

 そんなに気を使わなくてもいいのに……。


「ロックさん、打ち終わってからでも私の方は良いよ?」

「お前さんの顔を見ちまうと、今度は何を持ってきたのか気になって仕事にならねえよ。それに、このくらいのことはハンターに任せても問題ない」


 ロン毛のマッチョさんがニヤリと笑って、ハンマーを掲げる。

 ロックさんがこう言うくらいだから、腕は相当に良いのでしょう。


「で、今日は何の話を持ってきた?」

「ロックさんの所の研師とぎしさんに、この剣を研いで欲しくって」


 私がアイテムボックスから出した剣をチラリと見て、露骨に機嫌が悪くなる。……やっぱりそうだよね?


「お前なぁ……よくも、俺の所の研師に型抜きの剣を研がせようなんて言えたもんだな?」


 そう言うよね?

 型抜きの剣っていうのは、ロックさんの所のように鍛造で鍛えた鋼を使うのではなく、私の工房に有るような工作機で、ポコンと形を作った剣。

 新人さんが最初に買う『銅の剣』は、形は剣だけど研いで刃を立てずに、エッジで殴る棍棒なんだって。『鉄の剣』も同じ。丈夫になっただけ。

 それでは力不足になった頃に、ロックさんのように鍛えた鋼で作り、研いで刃を立てた剣をオーダーメイドするようになるんだそうな。

 私がどれだけ舐めた真似をしたのか、わかってくれるかな? 理由はあるんだけど。


「まあまあ、ボス。この妖精さんがわざわざ持ってくるんじゃ、まともな筈無いじゃろ?」


 短髪髭無しでメガネを掛けてるけど、堂々としたドワーフさんが割り込んでくる。

 思わず、ロックさんの陰に隠れちゃう。


「普通はワシより、ボスの方が怖いと思うんだがなぁ……」

「気にすんな、馬場零ばばれい。こいつは。不慣れな奴はみんな怖がる。……で、シトリンよ。こいつが研師の馬場零だ」

「この型抜きを研げば……」


 手に取って、剣を見た馬場零さんの表情が変わる。

 気持ちは分かるけど、だんだん目に狂気が混じって恐いよ……。


「ディー坊! テーブルじゃ! テーブルを持ってこい!」


 馬場零さんが叫ぶと、相方らしいドワーフさんが、テーブルに砥石を乗せたものを持ってきてセットする。

 あ……私の冷水ポットで水を砥石に供給してるよ。

 テーブルにセットされた砥石で、私やロックさんにも見えるように剣を研ぎ始める。

 ロックさんが「お前何を持ってきた?」と言いたげに見てるけど、どうせすぐに分かるはずだから、知らん顔していよう。

 たぶんこの剣は、型抜きじゃないと駄目だと思うんだ。

 荒砥あらとでラフに研がれた面の冷たい煌めきを見て、ロックさんも気づいたようだ。


「……あれは『氷結鋼』の剣か?」

「そうだよ。……昨日ロックさんが、普通に鍛えたら『氷結要素が消えて、普通の鉄になった』って言ってたから、加熱しなかったら、どうなるんだろうって思ったの」

「それで型抜きか……だが剣にするには鍛えねえと……」

「鍛えて、普通の鉄になっちゃうんじゃあ、鍛える意味ないじゃん。鍛えなければ、氷結鋼だもん。魔剣かも知れないよ?」


 ぐっとロックさんが言葉に詰まる。

 途端に工房に笑い声が響いた。


「とんでもねえなぁ……ナリは小せえのに、ボスにあんな顔させるとは」

「本当に引き籠もり妖精は、半端じゃない」


 ロックさんも私も、散々な言われようだわ。

 もうちょっとからかっておこうかと思ったけど、ロックさんが食い入るように研がれている刀身を見つめているから、私も黙って見ていよう。

 やがて、剣を研ぎ上げた馬場零さんは、私を見て、追加の提案をした。


「こりゃあ、西洋の長剣向きじゃないわい! 日本刀の打ち抜きをくれ!」

「は~い。ちょっと待ってね」


 隅っこでどこでも工房を出して、ポコンと日本刀の刀身を打ち抜く。ついでに四、五本抜いておこう。

 何だろう? 馬場零さんの言葉から、工房が静まり返ってるけど……。


「確かか? 馬場零」

「試してみんとわからんが、鋼の性質は良く似とる。氷結鋼、なんぼのもんじゃぁ! 正体確かめたる!」

「どゆこと? ロックさん」

「太刀……サムライソードとか言われる日本刀は、ちょいと性質の違う鋼が必要なんだが、それが今まで無かったんだ。その鋼……玉鋼たまはがねそのものも、いずれお前さんが作っちまいそうだが、それまでの代用品になりそうだ」

「ふーん……。魔剣にならないのか、ちょっとガッカリ」

「お前なぁ……魔剣より、はるかに面白いものを見つけておいてそれかよ。アイスロックはストーリー周回すれば落ちるし、FFOにサムライキャラがぞろぞろ増えるきっかけになるぞ、こいつは」


 なんかピンとこない。

 妖精さんのサムライキャラがいたら、一寸法師みたいで可愛いだろうなぁ。とは思うけど。

 あんまり凄くないよね?


「いや、凄いから! キャラクターが勝手に職業を一つ開発しちゃったようなものだから」

「ついでに言うと、太刀ができるなら当然、鞘師さやしも重要になってくるんじゃねえか? それにこの作り方じゃあ、研師もそうだ」

「だな……おい、誰かベノワを呼んでこい。商売下手なアイツの所に任せりゃあ、経営も安定するだろう。こいつは研師が売るべき品だ。鞘師は……エディしかいねえな。あいつの腕をやっと活かせるぜ」


 何だか急に活気づいてる。

 色々な人に仕事が回るなら、良いことだよね?

 ちょうど太刀が仕上がった頃に、試し斬り用に呼ばれた『雷炎』の……あぁ、この間のストーリー最終戦の先行部隊にいた剣士の人だ。

 確か……伊織いおりさんだね。頭の上に書いてあるし。……わ、忘れてたわけじゃないよ。思い出せなかっただけ。

 太刀の試作品を見て、目を輝かせてる。

 お侍さん志望の人なのかな?


「ロックさん、日本刀が出来たんですか?」

「まだ半信半疑だが、シトリン絡みと言えば希望を持てるか?」

「そりゃあもう!」


 こっちを見て、顔を綻ばせてる。喜んでもらえるなら、何より。

 私的には、魔剣にならなかったのでガッカリだけど。

 伊織さんは、仮の柄をつけただけの試作品を二、三度振ってから、息を整えてダミーに振り被る。

 そして一閃! 見事に両断したよ!


「これは……半信半疑って、どうして?」

「玉鋼じゃなく、この間のストーリーで落ちた氷結鋼で安易に作れるんだ。型抜きを研ぐだけなんて、笑っちまって……本当に使い物になるのか、確信が持てなかったんだよ」

「使えますよ、これ! 売って下さい!」

「馬鹿野郎。お前に吊るしの量産品を売れるかよ。欲しい長さと重さ、バランスと効果を言え。妖精もそこにいるんだから、専用に作るに決まってんだろ?」

「願ってもないことです。アイスロックなら、いくらでも提供しますから」


 何だか突然、仕事が生えたよ?

 仕方なく、希望の長さと重さに将来の研磨代けんましろを加えたサイズで、図面を改造して、ポコンと打ち抜く。

 馬場零さんが研ぎ上げたなら、再び私がリコちゃんの報酬だった『氷雪魔法陣大全』にあった、氷系の最大魔法陣を刻んでお終い。

 後日、柄や鞘などもきちんと整えられたその刀は「抜けば玉散る氷の刃」名刀『村雨』と名付けられたそうな。……元ネタは里見八犬伝だね、大好き。


 そして予言通りに、FFOにサムライキャラが増えて、前のイベントで着物を出したシフォンのブティックは、サムライ志望の人の着流し作りで大忙しになるのでありました。


 それは私のせいじゃないからね?

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