挑発

 注文のポーションヒーターホルダーは、案外とあっさりできた。

 外装の毛皮だけ、シフォンに相談してみたら


「今まで常春状態だったんだから、そんな毛皮の生き物がいるはず無いでしょ?」


 とのことで、一番毛皮っぽい熊で作ってみた。

 シフォンに訊くまでもなく「可愛くない」出来なので、アップデート後の雪山の魔物の毛皮で作り直す予定。……雪兎とか、白貂がいいな。

 そう報告したら、苦笑いで了承された。

 残念ながら、巨大冷風扇の話は却下になったらしく、恨めし気に見ていたっけ。


 ただ、それ以降……。


「あ、シトリンさん。お邪魔してるよ」


 暑くなってきてから、ウチのダベリ室が半ば『雷炎』の休憩室化していたけど、そこにきゅうさんたちも加わってしまってる。

 ペンネさんがせっせと、スープやお菓子を持ち込んでくれるのは、むしろお願いしたい。

 コーデリアさんが植木鉢でお花を飾ってくれるのも嬉しいし、シフォンがテーブルクロスなどを準備してくれるのも、何も文句はない。

 でも、いつの間にか食器棚が設置されて、それぞれの私物のカップが揃ってたりするのは、苦笑するしか無いです。


「放っておくと、際限なく引き籠もるからなぁ」


 ロックさんの言葉を、否定できない自分が悔しい。

 こうして、みんなが来てくれるのは、正直言って嬉しかったりするのだ。


「わぁ……初めて動いてるシトリンさんを見ました」


 そんな失礼なことを言うのは、きゅうさんが連れてきた『オデッセイ』の細工師さん。

 リンクさんと言うそうな。

 イベント記録のSSでは見たことがあるけど……だそうです。

 ちゃんと毎日ログインしてるもん。

 ただ、ネットユーザーのゴールデンタイム……夜遅くにログインできずに、午後のひとときにログインしてるから、あまり会わないだけだもん。

 開発に熱中すると引き籠もるのは否定できないけど、普段はたまに外歩きしてるもん。

 今日は私に会いたくて、無理やりこんな時間にログインしているそうな。


「この剣なんですが、なぜ動作しないんでしょう?」


 と魔法陣強化の剣を見せてくる。

 ……あ。これじゃ無理だ。


「この剣はなぜ、峰に段差があるの?」

「えっと、鍛冶の工房がここにU字の段差入れるのをトレードマークにしていて……」

「そんなアホ、殴り倒せ。坊主」


 ロックさん、そんな過激な……。

 でも、場合によってはやめさせないとね。


「ここに段差が有ると、魔法陣が途切れちゃうんだよ。ほら、段差の壁に何も刻まれてないでしょ?」

「そうなのか……シトリンさん、何か見本になるもの持ってませんか?」

「アホ! こいつが武器に魔法陣刻んだのは一度きりで、魔剣を作った時と合計二本しか魔法絡みの武器は作ってねえよ?」

「えぇっ! だって普通魔法陣は武器や鎧の強化に……」

「リンク、だから言ったろう? 『雷炎』の引き籠もり妖精は普通じゃないって」


 あのぉ……きゅうさん、その『引き籠もり妖精』で通ってるんですか?私。

 ううっ、そこにクレームを入れられる雰囲気じゃない。


「こいつの面白いところは、『武器で強くなっても、面白くないじゃないですか?』って、平気で言っちゃう所だ。普通なら、自分の存在価値、全否定だぜ?」

「でも、それじゃあ、なんで……」

「アイロン作ったり、冷風扇作ったり、色んな人に喜んでもらうのが楽しいんだと」


 ぽかんと、それこそ珍獣を見るように私を見る。失礼な。

 戦闘をする人は強くなるのが楽しいんだから、魔剣とかで下駄を履かせたら失礼だよ。

 雪山で有利になるように炎の魔法陣刻むのは良いけど、そこで苦労するほうが楽しくない?

 魔力電池で悩みまくってる私が言うんだから、説得力有るでしょ?


「俺もリンクには、ただの魔法陣武器屋じゃなくて、シトリンさんみたいなスタンスでやってもらえると嬉しいんだがなぁ」

「でも、今の細工師って……」

「そうだな、お前みたいなタイプばかりだよ。でも、そんな中でシトリンさんがトップ独走してるのは、偶然じゃないと思うぞ?」


 え? ひょっとして誰も、冷房作ろうとか? 魔力電池作ろうとか考えてないの?

 そういうので悩んでるの、私だけ?

 あぁっ……ペンネさんが申し訳無さそうな顔で私を見てる。

 そんなぁ……魔法陣、使いこなすときっと面白いよ? まだ使いこなせてないけど。

 なんかショック……うぅん。

 雑貨屋さんじゃ、面白さを解ってもらえないのかな。


「ロックさん、私も何か凄い武器作った方がアピールになるかなぁ?」

「この世界唯一の魔剣を作っておいて、何言ってるんだ? ビーム砲でも作る気か?」

「注文が有れば、検討してみるよ?」

「運営が泣くからやめとけ……本当に形にしそうだからな、お前さんは」

「シトリンちゃんにはそう言う信頼感、あるわよね」


 パッと思いついたのは、長い砲身の中に増幅の魔法陣を重ねておいて、一端からルフィーアさんに極大の魔法を撃って貰う方法。

 ……何か現実性が有り過ぎるから、この場では発言しないでおきます。


 私のニヤニヤ笑いを見て、ロックさんが露骨に嫌な顔をしてる。

 もう何か思いついたのかよと、言いたいけど言えないような。

 自重しろとばかりに、頭をぽんぽんされた。……自分で言い出したんでしょ。

 それに気づいて、きゅうさんがガックリと肩を落とした。


「はぁ……今の時間だけで、何かビーム砲の実用的なアイデアを思いついちゃったみたいですね。本当にとんでもないなぁ」

「ビーム砲って、そんなまさか」

「お二人の顔を見比べてみなさいな。ロックさんにこんな顔をさせるのは、シトリンさんくらいのものでしょう。面白いなぁ、あのロックさんが逆に振り回されてる。……俺も『雷炎』に加われば良かったかな?」

「やめてくださいよ、きゅうさんのポーションはなくてはならないものだから」

「そう思うなら、俺に退屈させるなよ。リンク」

「でも……」

「先日から、シトリンさんと話してて気づいたんだ。魔法陣や細工師の技能は付加魔術エンチャントの枠には収まらないって。……冗談ではなく、細工師の技能をどこまで使いこなすかで、このゲームの覇権は変わるぞ?」


 飄々としているきゅうさんが、いつになく真面目な顔で言う。

 リンクさんは驚いたように私たちの顔を見比べている。


「そんな……マジですか?」

「多分、それに気づいてるのは、シトリンさんに付き合ってる『雷炎』の連中くらいだ。だから、お前の目を醒ます為に連れて来てやったんだよ。俺を、がっかりさせるな」

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