アップデートの前に

「持ってきたよぉ~」


 と私が声をかけると、『グリーングリーン』の工房……いえ、畑が歓声に包まれた。

 温室でないのが申し訳ないけど、別の依頼品を二種類持ってきたよ。

 まずは一つ、コロンと置く。

 一見、猫の頭の付いたバスのフィギュア。でも、それはコーデリアさんの趣味で、そういうデザインになっただけ。

 実質は車輪付きの椅子です。

 畑で作物の世話をするのに、立ったり座ったりきついので、座ったまま横移動できるようにしたいと。

 初使用のゴム材の座面と、タイヤ。タイヤにはブレードを付けてあるので、ゆるい土の上でも滑らか動作だよ。

 そして、軸受に初製作のコロコロ軸受を使用。ベアリングのやつね。

 単純な割には、ここぞとばかり新部品を組み込んでる意欲作です。

 ちゃんと畑のうねの間をコロコロと横移動してるね。大成功!


 それともう一つ……トラクター。

 畑の土起こしをする機械です。機械で引くわけではないので、正確にはロータリー。

 でも、こっちの名前のほうが通りが良い……らしい。

 園芸ガールズの集まりである『グリーングリーン』の鬼門は力作業。

 特にくわで土起こしをするのは、細腕と女心に堪えるそうな。

 時々色仕掛けで、ロックさんとか誘ってるし……。

 そこで胸前にホールドしつつ、伸ばしたアームの先に回転する鍬型のブレードを付けたものを作ってみた。ブレードは当然、ロックさん特製。

 今回は回るだけじゃなくて、土を掘り返す力も必要なので、ギアも組んでみたよ。

 ギア比とか解らないから、リアルネットに上がってる分解図を見て、大まかにギアの大きさを真似しただけなんだけど、なんとかなるものだね……。


 あと初めて、自作の魔法陣を描いてみた!


 手元のレバーで回転数を変えられるように、レバーで選んだ数字を回転部に代入して、回転数を変更できる魔法陣。……ちゃんと動いてる。嬉しい。

 これは、池上先生自作の魔法陣記号表があってこそ。大感謝です。

 ちなみに名前は、トンボっぽいから『やんま君』とコーデリアさんが名付けました。

 ……他意は無いはず。何か歌ってたけど。


 採れたての果物とかごちそうになって、ウキウキで帰ってきた。

 喜んでもらえるから、また作りたくなる。

 本当に、早く温室は何とかしてあげなきゃ!

 トロワちゃんに、『やんま君』と、『コロコロ椅子』の量産を指示。最初からギルド名も入ってるし、特に変更もなかったからね。

 何とか、アップデートのメンテナンス前にお店に並べたい。

 コロコロ椅子は普通のタイヤが基本だから、他でも使えると思うんだ。


 正式なアップデートのスケジュールが発表されて、みんな浮足立ってます。

 セカンドロット五千本分の新規プレイヤーをギルドに勧誘する方法とか、とうとう来る雪山戦での対策を急いだりとか。

 工房は名乗ってるけど、ソロプレイヤーの私は平常運転です。

 ただ、一週間のメンテナンス期間の暇潰し用というか、次のイベント内容が発表されたんですよ。

 今回はものづくりメインのイベントです。

 異国の王の訪問に際して、献上品の作成を全プレイヤーに募るというもの。

 順位付けはするものの、通常より高めのお値段で応募品は買い取ってもらえるため『マハラジャイベント』とあだ名されて、盛り上がってます。

 周りからは、私は本命視されているそうな……。

 何を作ろう? どうせなら楽しいものが作りたいな。

 一週間、プレイできない間の暇潰しとして、じっくり考えよう。


「魔剣を出せないんじゃ、ロックさんも苦しいんじゃない?」


 いつものダベリ室で、苦り顔のロックさんをシフォンが虐めてる。

 ポーズだけのげんこつで逆襲しながら、ロックさんは溜息を吐いた。


「魔剣は、シトリンの方の工夫が大きいからなあ。俺は俺で、鍛冶中心のものを考えてみるさ。魔法陣を刻むだけなら、俺の工房にも細工師はいるんだぜ?」

「お料理を提出しても、温かいままで腐らないのは良いわよね。早めにお願いしたから、ミートミンサーもスライサーも作ってもらえちゃったし。私はひき肉料理でも作ろうかな」

「試食させて下さいね! 私は……ドレスだと埋もれちゃいそうだから、着物にでも挑んでみようかなぁ」


 シフォンのセンスで着物……アバンギャルドなものが出来そう。

 コーデリアさんは、品種改良中の変わり朝顔で挑むと決めてるそうな。


「で、優勝候補本命のシトリンは何を出すつもり?」

「まだ考えがまとまってないよ……。魔法陣を強調した、楽しそうなものを作りたいなあとは、思ってるけど」

「お前はグダグダ考える割には、方向が決まると速いからなぁ」

「だよねぇ。あのビーム砲には、ルフィーアが呆れつつノリノリだったよ」

「自分の見せ場は、外さない娘だものね」

「少しは、その衝撃に耐える砲門を打たされる俺を気づかってくれよ」

「ロックさんはシトリンちゃんにダメ出しされて、頭を抱えてるくらいで調度良いの」

「ひでえなぁ、ペンネさん……」

「まさか、『雷炎』の武器として、正式採用されないよね?」


 ちょっと心配になったので、一応確認。

 もちろん、大爆笑されたよ……。


「怪獣退治イベントがあったら、惜しげもなく投入するそうだよ」

「まさか、そんなイベントはないでしょ!」

「でも、シトリンの所の双子妖精なら、怪獣とか呼べそうじゃない」

「それ、蛾の大きいやつ!」


☆★☆


 窓の外は雨。わっ、空が光った。

 ドンガラガッタガッシャーンと雷が吠えてるよ……。リアルは怖いね。


「メンテナンス中だっけ? ゲームが出来ないと退屈そうね」


 ノートを開いたまま、ぼ~っとしてる私にナースの篠原さんは苦笑いだ。

 ここの所、午後は勝手にFFO世界で遊んでいたから、手がかからなかったのにね。

 一週間放り出されちゃうと、私も困ってしまう。

 たまに来る池上先生と、ナースの篠原さんくらいしか話し相手がいない。

 いつも賑やかさが恋しいよぉ……。


「なにか作るものでも決まれば、集中できるのになぁ」

「ゲームのイベントだっけ? どんなものを作るの?」

「何でも良くて、自由だから逆に困っちゃうよ。 せめてジャンルが決まって欲しい」

「そう言うときにはね、誰のために作るかをまず考えるの。その人のことを思うと、自然に作ってあげたいものが決まるから」

「経験談? ひょっとして、私……惚気のろけられた?」

「こらぁ! せっかく協力してあげたのに!」


 起こったふりして行っちゃった。

 まあ、検温とかが済むとあまり長居できないんだけどね。


 そっかぁ……誰かのために、か。

 今、一番頑張って!と応援したい人……リンクさんかなぁ。

 細工師仕事の面白さ、わかって欲しいけど……まだ手探りだろうなぁ。

 好きでやってる、私が変わってるとも言えるし。

 どんなものを作ったら、伝わるんだろう……う~む。

 今のスタンダードなお仕事。魔法陣付加剣の可能性を、もうちょっと広げる?

 今なんてきっと、本に乗ってる魔法陣を付加するだけだろうし……。

 それだけならきっと、面白さなんてわからない。

 でも、威力を上げるだけだと、また製作依頼が来るだろうし……。


 あ、そうだ。

 凄いんだけど、まったく実用的でない剣を作っちゃおう!

 歌って踊れる剣なんて面白いかも!

 あの曲の楽譜って、ネットに有るかな?

 ようやく私のシャーペンが動き出した。

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