アリアドネの糸

 ネットワークウィンドウを開いて『錬金術』を検索してみる。

 他の物質から金を作ろうとしていたとか出てくるけど、イメージとしては中世の科学者みたいなものなのかな?

 化学反応で合金を作ったり、いろいろな道具を作ったり。

 そこでふと悩んでしまうのだけど、それって作業場の加工機と、魔法陣で何とかなってしまうのが、FFOの世界ですよね?

 ほら、私もすっかりお友達な真鍮なんて合金も作ってるし、アイロンはじめ色々な道具を魔法陣で作ってる。

 そこで今更、何の錬金術なんだろう?


 とりあえず手持ちの採取物を全部、皇水に溶かして並べたガラス瓶を見ながら、妖精さんは考えてしまうのです。

 やっぱりこの際、科学的なものを捨てて、魔法のサムシングを目指してみるべきなのでしょうか?


 あ、フレイアさんから問い合わせだ。

 ふむふむ……サファイア・メッキに挑むのね。中和の目安と、メッキに必要な容量の質問。即答できる内容で良かった。……立場的に、わかりませんと言いづらくて。

 でも、おっぱいさんな見た目に反して、意外と真面目なんだな。

 昨日の今日で始めるとは思わなかった。

 綺麗に仕上がると良いな。


 私は、ふらりと外に出た。

 ……って、そこまで驚かなくてもいいでしょ? 私だって煮詰まれば、気分転換も兼ねて外に出るもん。

 誰かが仕事を振ってくれると、今の悩みを後回しにできるから助かるなぁとか思ってはいるけどさ。


『グリーングリーン』の農園に顔を出してみたら、なんと! 三頭もの野牛パイソンが畑を耕していた。

 コーデリアさんだけでなく、何人かがテイマー技能を取ったらしい。

 ロックさんとかに前衛をお願いして冒険に出て、無事に野牛さんをテイム。労働力として活用しているみたい。

 ……男性メンバーの勧誘は諦めたのでしょうか? 恐いから聞かないけど。

 やんま君は小型の畑や花畑用にして、大きな所は野牛さんに頑張ってもらうそうな。

 テイマーって、こんな使い方もあったんだ。

 コーデリアさん自慢の白狼のロボくんは、すっかり番犬状態でお昼寝中です。


「あれ? 温室の二棟目を建てて、寒室作るとか言ってなかった?」

「むふふ……フィンメルにも農場買ったから、あっちで作れば良いの」

「シフォンも男性用のお店を増やしたと言ってたし、みんな景気が良いね?」

「シトリンさんが、やんま君の権利の半分をくれたからだよ。あれのお金と、温室の果物で稼いでるもん、ウチは」


 それは、結構。

 今のところ必要なものはなさそうなので、別の所へ。

 久しぶりに、シフォンのブティックでも覗きに行こう。


 むさ苦しい方は苦手なので、もちろん女の子用のお店へ。

 当然そちらにシフォンがいるし。

 こらこら、雨具を店頭に出そうとするな。

 私が自分から外に出たからって、そうそう雨なんて振りませんよ?


「私が心配したのは、嵐か竜巻よ?」

「天変地異レベルなの?」

「……自覚しなさい」


 酷いよぉ。

 そんな事言う娘には、愚痴りまくってやる!



「……あなたもいろいろ抱えてるのね」

「わかってくれる?」

「そもそも、あなたの場合一人で獣道を駆けずり回ってるみたいなものだもんね。傍から見れば、大喜びでそんな所を走り回ってるように見えても」

「わかってくれてありがとう。……たとえはいろいろ酷いけど」


 よしよしと労ってくれる。

 本当に、どうしたら良いと思う?


「それをパッと思いつけるようなら、あなたと一緒に錬金術の獣道を走り回ってるわよ。……あ、そうだ。それよりも、宝石メッキのやり方を教えてくれない? うちの子が、あの手甲を見て、ボタンとかに応用したいって言ってるのよ」

「いいよ。ここなら、メッキの謎機械もあるもんね。ただ、皇水は危険な薬品だから、取扱い注意。念の為にヒーラーさんが側にいると良しです」

「最悪、アバターが解けても、本体は異常がないから良いけどね」

「……身体が溶けちゃうくらいに、熱くて痛いらしいよ」

「あぁ、感覚は有るのか」


 そんな危ない冗談を言い合いながら、皇水の作り方を紙に書く。

 何故かガラスは溶かさないけど、他は何でも溶かしちゃう危険な薬です。

 とりあえず、手持ちのを出して、小さなガラス容器に注ぐ。そこに今日は小さなエメラルドをポイっと。

 その勿体なさそうな目はやめて……。


「液の量と石の大きさは関係ないの?」

「もちろんあるけど、それは好みの色で決まるから試行錯誤してみて」


 ものの数分で溶けて、ソーダ水みたいな色になる。

 酸を中和して無害にする中和剤の作り方も書いてあげる。

 もちろん、今は手持ちを分けてあげる形で作業します。


「中和剤の量は?」

「中和剤を入れると、ガラス容器が熱を持つの。少しづつ入れて、注いでも容器が熱くならなくなればオーケー」

「案外アバウトね」

「でも、わかりやすいでしょ?」

「まーね」

「さて、これを何にメッキしようか?」


 声をかけると、遠目に見ていたシフォンのギルドの娘がどっと集まってくる。

 ブローチとか、髪留めとか、私物が多いぞ。


「こらこら、気持ちはわかるけど、今やっちゃうと後で練習用に困るわよ?」

「大丈夫です。小物はいくらでもあるから」


 さすがにオシャレさんの集まりだね。

 でも、限界は髪留めサイズ3つくらいと言ったら、じゃんけんが始まった。

 無事に勝ち残った4つ(サイズの関係ね)が、バスケットの中に。

 後はいつものメッキと同じ。スイッチオンでピーと鳴るのを待つだけ。

 はい、できた。

 水で薬品を洗い流したら、綺麗なエメラルドメッキの完成です。ちょっと色が薄めだけど、まあ……お試しなので許して。

 きゃあきゃあ言いながら、回覧してる。ここまで喜ばれると、試した甲斐があるよ。

 でも……。


「きゃあ! ごめん、誰かのスパイダーシルクが皇水の中に入っちゃってる!」


 周りに人がいなかったから、油断した……。

 小瓶の蓋を閉めるの忘れてたよ……これは悪い例です。こんな事をしちゃいけません。

 ほんの数本なので、慌てて引っ張り出して中和液に漬ける。

 セーフセーフ……溶けてない。


「すみません、つい放り出しちゃって……」


 ソバージュヘアの娘が謝る。シフォンがお小言。お店の品だもんね。

 あれ? ……でも、何で溶けないの?

 宝石さえ溶かす、強酸だよ?

 中和された糸は、スパイダーシルクらしい艶も弾性も失われている。もちろん僅かな伸縮もしなくなっている。

 そう、まるで魔法が失われたみたいに……。


「ごめん、シフォン! 私、また少し籠もる!」


 その糸を握りしめたまま、振り返りもせずに全速力で。

 ようやく見つけた。

 錬金術の道を進むためのアリアドネの糸を見つけた!

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