シトリン工房、始動!

「やっと……念願の……」


 狭い宿屋だけど、料金も安いし、泥棒対策も万全らしい。

 ホバリングを中止して、小さな身体をベッドに放り出す。


「引き籠もり生活だぁ~!」


 シトリン工房がプレイヤーズギルド『雷炎の傭兵団』と協力関係になったという話は、意識的に広められた。

 そのおかげで、面倒なギルド勧誘も、アイテム製作の個人的依頼もほぼ無くなった!

 紹介してもらった宿屋を拠点にすることで、お家も確保できた。

 ……マイホームを買うにはまだまだお金が足りないから、ワンルーム賃貸?

 通称『どこでも工房』もあって、部屋の中で作業もできる。

 今はお料理ギルド『美味しいフライパン』のペンネさんに貰ったコンソメスープを、温めつつ飲みながら、前のイベントの貢献ポイントと交換した本を読んでる所です。

 こんな暇すら、無かったんだよ……。


 最終日のみの参加ながら、意外に評価してもらえた貢献ポイント。

 絶対欲しいと思っていた『応用魔法陣』の本を無事に入手できて安心したまま、読む暇さえ無かった。

 これ、実は錬金術や細工師を中級に上げても、ギルドや学校の本棚に無いって、多分みんな知らないんだろうな。

 タイトル的に、中級で読めそうな本なのに、無かった。

 それと、激安ポイントで交換できた『初めての自然科学』の本。

 どの職業にも関係無さそうだから「なんだ、それ?」で見過ごされそうだけど、絶対重要な本だよ。

 色ガラス作った時に思ったけど、リアルの知識をかなり活かせる仕様になってるみたいだから、どこまで出来るかのガイドラインじゃないかな? この本。

 このタイミングで出してきたのも納得できるし。

 他は1ポイントも余らせること無く、素材の類と交換した。


 まず、『応用魔法陣』なのだけど……少し眺めて、頭から煙出た!

 魔法陣の合成とか、魔法陣作成の文法とか、手順とか、記号の意味とか……。

 応用どころか、魔法陣そのものを作れと? 改造とかも出来そう……

 難しすぎるから、リアルの方で勉強しよう……。

 全ページSSを撮って、リアルの時間に理系の雄である担当の先生にも見てもらおう。

 ……って、暗くてSSじゃ文字が読めない。

 シトリン工房の初仕事だ。

 得意の真鍮板を丸く切って、光の魔法陣を刻む。持ち手はこの際、ねじで良いや。

 頭の上に乗せて、魔力を流すと簡易照明の出来上がり。

 これで照らしつつ、全ページをSS撮影する。手強そうな本です。


 『初めての自然科学』の方は、私の学力不足の頭でも楽しく読めました。

 レモン電池の作り方とか、鉱石ラジオの話とか、摩擦や元素の話とか……。

 わざわざこれを出してきた。それもお安く……ということは、電気も作れるっていうことかな?

 話が大きくなりすぎてきて、ちょっと怖い。

 乾電池とかなら便利そうだけど、発電所とかも作っちゃう?

 待て……その前に魔力電池を作れないかなぁ?

 ウダウダと、とりとめもない考えが頭の中をぐるぐると。

 むふふ……これこそ引き籠もり生活の醍醐味だよ。

 なんて、満喫していたら、シフォンさんが柄杓ひしゃくを持ってきた。


「シトリンさん、ごめん。この間持ってた加熱プレートって、この中に入るサイズで作ってもらえないかしら?」

「簡単だから、すぐ出来るけど……何で柄杓に?」


 と、私が首を傾げると、シフォンさんは盛大に溜息を着いた。


「これは柄杓じゃなくて、火熨斗ひのしよ。……この中に炭をいれて、アイロン代わりに皺を伸ばしたりするものよ」

「え……アイロンって無いの?」

「あったら、そっちを使ってるわよ?」

「多分、加熱プレート作るくらいに簡単だよ?」

「本当に?」


 二人して、疑問符飛ばし合ってるな。

 でも、アイロンだよね?

 熱くて、重くて、平らなら良いんだよね?


「熱すぎても困っちゃうけど……」

「テレビのコマーシャルで蒸気が出てるの見たこと有るけど、アレもあった方が良い?」

「スチームアイロン! 欲しい! 文明開化の予感がするわ!」


 大げさなことを言いながら、シフォンさんが目を輝かせる。

 ロックさんの所と。ザビエルさんの所から素材を買って、持ってきてもらうようお願いしちゃう。

 蒸気を出すし、錆びない方が良いからステンレス鋼。もしくはクロム鋼と鉄。それと持ち手は木で作るしか無いから、使い道を説明して材質はお任せで。

 ヒラヒラゴスロリを翻して、シフォンさんが飛び出してゆく。

 私は、軽くスープを舐めて設計台に向かった。


 最近ちょっとお友達になれた気がするベジェ曲線を宥め賺して、アイロンの形を描く。

 底面はとにかく平ら。布が毛羽立たないくらいに磨こう。

 そして、布に触れない面に加熱の魔法陣を刻もう。

 そうそう、底面を交換式にすれば温度も変えられるね。

 底面に蒸気穴を付けて……。

 蒸気は専用の加熱板に、水の魔法陣で水を流せばオーケー。必要なら、風の魔法陣で吹き出させればいかな? これは実験次第。

 これも取り外しできる方が便利?

 持ち手は、アイロンを立てられる台兼用で、持ちやすくっと……。

 部品組み立ては全部ネジでいける。


 喜び勇んでシフォンさんが材料を抱えてきてくれたけど、この日はスチーム発生部の温度実験だけで終わっちゃった。


 翌日。

 ログインするなり、メッセージが飛んできたので、お部屋にシフォンさんを迎える。

 リアルで「小さな穴を通すと、勢いよく出てくる」と教えてもらったので設計変更。

 アイロン本体の温度は100度、150度、200度が標準みたい。

 アイロンは重みが必要なので、いちいち部品が重い。シフォンさんがいてくれなかったら、私じゃ持てなかったよ……非力な妖精です。

 部品が重いので、組み立てもお願いしちゃった。

 形になった試作品を持って、今度はシフォンさんのギルド『ファッションウィーク』の本拠地の工房……というかブティックの作業場に走る。


「来たわよ! 待望のスチームアイロン!」


 ドアを開けるなり、シフォンさんの雄叫びに、黄色い歓声が上がる。

 さすがに女性が多い。それもお姉さんな感じのおしゃれっぽい人。

 その中に、何故かロックさんが混ざってるのが笑える。


「ステンレスの作り方、教えてもらっちゃたしな……どんな感じになるのか、見たかったんだ」


 と照れながら。

 腕まくりしたシフォンさんが、アイロン台に乗せたブラウスを前に気合を入れる。

 アイロンに魔力を流し……よし、蒸気出た!

 私も思わずガッツポーズ。

 そのまま、スイスイと皺を伸ばされ、形を付けられてゆくコットンブラウス。


「できた~!」


 と、ブラウスを広げて叫んだシフォンさんに、そのまま抱きつかれてしまった。

 何人かの人に使ってもらって、改良点をピックアップ。

 試作機は……誰も離したがらないので、そのまま使って貰うことにした。

 大歓声がちょっと嬉しい。


「一気に文明開化よ! みんな古臭い火熨斗なんて使ったことがなくて、アイロンに慣れてるから作業性も上がりそう。ありがとう。助かった!」

「あ……それでね、シフォンさん。提案が有るんだけど……このアイロンを細工師ギルドに登録する時に、製作者名を私とシフォンさんのギルドの連名にしませんか?」

「どういう事? 作ったのシトリンさんなんだから、連名でなくていいじゃん」

「登録すると、図面と魔法陣を借りて、誰でも作れるようになるの。その時に権利が発生して、登録者に使用料が支払われるから、山分けしましょう。……シフォンさんの要望が最初で、私じゃ、アイロン作るなんて気もなかったんだから」

「さすがにそれは申し訳ないわ! ねえ、みんな?」


 頷いてくれるけど、これは私も譲れません。


「他のギルドでもすぐに導入するだろうから、『ファッションウィーク』の名前が高められるチャンスですよ? お金より、そっちが大切です」

「あぁ、他のギルドが使う時に、しっかりウチの名前が出ると……」

「うん。メーカー名みたいにして、本体に彫刻しておくともっと宣伝になるかも」

「いいねぇ……『ランウェイ』の工房に、ウチの名前の入ったアイロンがある風景」


 ライバルギルドなのかな? シフォンさんが悪い笑顔で合意してくれた。

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