隣人

 第二回イベントは盛況の内に終わった……らしい。


 だって、発表会が日曜日とはいえ、午後八時から行われたのでは私が参加できるはずもない。みんなには都合が良くても、ね。

 ちなみに優勝の品は、なんとシフォンのお着物!

 準優勝、きゅうさんの味覚入れ替えポーションと競っての受賞です。

 『雷炎』勢からは、料理部門でペンネさんが、エンターテイメント部門で私が受賞しております。っていうか、エンタメ部門は私しかいなかった!

 ペンネさんは、料理を大量に準備するため、私は当日の出欠の問題があったために先に知らされていたのですが、コメント動画を先行撮影する形で終わった。

 でも、当日は夏姫なつきちゃんキャラ(中身はダンサーさんらしいです)による、私の剣を使った演舞もあったらしくて……見たかったよぉ。

 受賞作の特別展示場に行くと、その時のムービーが見られるとはいえ、やっぱり生で見たいよね?

 シフォンのお着物も、すごく綺麗。

 当日にシフォン自身が着ていたSSがあるけど、とても綺麗だったよ。

 さすがに、あんなに早くからブティックを開店していたセンスの持ち主です。

 ロックさんは『シトリンのを見て毒気を抜かれた』のコメントで、出品せずだったそうな。

 そりゃあ、申し訳ないことをしちゃったね。


 イベントの騒ぎも終わって、冒険者ギルドに素材採取の依頼を出しに行っても、だいぶ新しい顔が目立つようになってきた。

『雷炎の傭兵団』にも新規メンバーが入ってきたし、できたてのギルドも結構名を挙げてきているそうな。

 私にとって、まだアップデートの影響は、次々に届く新素材くらい。

 気になるのは、羊皮紙と墨かな? ペンとインクと植物紙のある世界でなぜ?

 ただし、まだ筆記以外の用途は見つけられていないの。スクロール作成の予感がひしひしとするんだけど、まだ尻尾をつかめず。……悔しい。


 冷房ヒエヒエの部屋で、例によってゴロゴロしてる私。

 だいたい自分たちの生み出す魔力以外、どこにも魔力がないのが不思議なの!

 魔法陣というプログラム言語が有るなら、発動すべき魔力もないとおかしいでしょ?

 宝石たちも、魔力を流した時の反応こそ違うものの、魔力を作ってくれないし。

 材料はもう目の前に揃ってるはずなのに、見つけられないもどかしさよ……。

 などと枕を抱えて、う~と唸っていたら、アンからメッセージが来て驚いた。

 だってNPCだよ? 本当にAIを仕込んでそう。


『面会希望のお客様が来ています。 よろしければ店舗の方へお願いします』


 誰だろう?

 フレンド登録してある人たちは、みんな勝手に上がり込んで好き勝手してるよね?

 そんな奥ゆかしい人とは、ぜひ逢ってみたい。

 お店を見てみると、待っていたのは十二、三歳くらいのおかっぱ頭の女の子。

 魔道士さん? 大人しい感じで可愛い。……でも、誰?


「こんにちは~」


 頭の上を指差しながら、挨拶。

 便利にも『シトリン工房 シトリン』と文字が浮いてるはずだし。

 彼女のは、ギルド名なしで、『リコ』ちゃん。……覚えがない。


「あの……佐伯陽菜乃さえきひなのさんですよね? 〇〇大学附属病院南棟五一二号室の……」

「シー! ゲーム内では身バレ厳禁! ……場所を変えましょう?」


 何で知ってるの? 本名はおろか病室まで……。

 二階に上がって、内緒話用のお部屋に案内する。しょうがないから、小型の冷風扇で我慢。


「リコちゃんは、なぜ私の素性を知っているのかな?」

「あの……池上先生に教えてもらったから」


 池上先生~! 何を振れ回ってるのかなぁ……。でも、病院関係の子だと推察。

 この娘も患者さん?


「夏に急に調子悪くなって、入院だってなって……寂しがっていたら、別の先生がVRMMOのゲームを勧めてくれて……でも、なかなか馴染めなくって……そうしたら、池上先生がシトリンさんのことを教えてくれて……」


 ああ……やっぱり、私のVRMMO好きも論文ネタにされてるな、きっと。

『長期入院患者のやる気向上におけるVRMMO利用の可能性について』みたいなテーマで。池上先生っぽくはないから、カウンセラーの真鍋先生とか。


 ……私の場合は、夏姫ちゃんと遊ぼうっていう目的があったからハマりやすかったんだけど、人見知りさんには、なかなか友達作りの壁があるのは現実と同じ。

 一人仲良しさんができると、そこから繋がっていくんだけどね。

 ……あ、だから私を紹介したのか。ひとこと言ってよぉ。

 リコちゃんも、大人しそうな子だ。


「でも、よく王都まで来られたね。ここに来るまでのレベル上げ、大変だったでしょ?」

「もっと早く来たかったのに、全然来られなかったの。……日曜日にイベントがあって、自動的に王都に来られたから、そこでセーブしたの」

「えっ! ずる~い。私は夜に遊ばせてもらえないのに……リコちゃんは良いの?」

「王都に行かないとシトリンさんに逢えないから、池上先生が特別にその日だけ」


 そっか……池上先生との話題はFFOのことばかりだから、プレイしてないのに、先生はゲーム内事情に精通してるんだよね。主に私のせい。

 この間『イベントの時は自動的に王都に行ける』っていう言葉に反応したのは、その為なのね。

 ひょっとして、自業自得ってやつ? 因果応報?


「そっか……じゃあ、リコちゃん。改めまして、ようこそFFOの世界へ。この世界で楽しむコツは、なるべく現実世界のことに触れないってこと」

「あ……はい」

「この世界にいるのは、あくまでもキャラクターなの。他の人から見えるのも同じ。……私の妖精さんは、元気に飛び回ってるでしょう?」


 たまにベッドでゴロゴロしてるのは内緒だ!

 うん、解ってくれたみたい。

 私一人だと、いろいろ失敗しそうだから、誰かを巻き込んじゃった方が良いかな?

 亀の甲より年の功で、半ば察していそうなペンネさんに相談しよう。

 いきなりロックさんだと、怖がられちゃうものね。


 さすがのペンネさんは、ミルクセーキとマカロンを持参しての甘々攻撃で、瞬く間にリコちゃんの笑顔を引き出してしまった。凄いよ!

 しょうがないので、私のことも含めて、全部ぶっちゃけちゃいます。


「あぁ……やっぱりシトリンちゃんも入院してる人だったのね」

「わかっちゃいますか?」

「そうねぇ……学生さんにしても、社会人にしても、有り得ないくらいにログインとログアウトが正確じゃない。ルールのある所で暮らしているのかなと思うと、職業柄、そう思っちゃうの」

「ペンネさんって看護師さんなんですか?」

「そっちだけ聞いて、私のことは内緒。って言うわけにもいかないから、話しちゃうわね。若い頃は外科病棟のナースだったのよ。結婚して、離婚して、腰を痛めちゃったものだから、今はケアハウスで、主に夜勤のナースをしてるわ。……だから、起きて食事してログインすると、だいたいシトリンさんと同じ時間になるの」

「そうだったんだ……コックさんかと思った」

「お料理は趣味なだけ。リアルだと出来ない料理も、ここなら何でもできちゃうから、本当に楽しいわ」


 うん、わかるわかる。

 私もここでないと、工作なんてさせてもらえないもん。

 リコちゃんは、とりあえず私の妹分ということにして、私とペンネさんの二人の保護者で見守ろう。

 いろいろなことを楽しんでる人が集まってるから、その中で楽しさを見つけてくれると良いな。

 せっかくのVRMMOなんだから、まず楽しんで欲しいよ。

 とりあえず、二階にいっぱいある空き部屋の一つをプレゼントするから、自分のお部屋として、いろいろ揃えてみようね。

 明日、いろいろ作ってくれる人たちを紹介するから。


☆★☆


「真鍋先生は、この病棟をゲーオタ病棟にする気かしら」


 担当ナースの篠原さんが、そんな事を言って笑う。

 何よそれ。


「今日、隣りの病室に移ってきた子がいるのよ。真鍋先生の勧めで、誰かさんのようなゲームを始めて、担当も池上先生に変更して」

「あ~……絶対に私、真鍋先生の論文ネタにされてる気がする」

「それは気のせいじゃないわね。上手く交渉したら、夜も遊べるかも」

「よし、リコちゃんとコンビ組んで説得しよう」

「あらら……お隣さんとは、もう向こうで逢ってるんだ」

「それは、池上先生のお導き」

「陽菜ちゃんもいろいろ忙しいわね」

「篠原さんはお仕事楽でしょ? ログイン中は、バイタルの数字が表示されてるから、それを書き写すだけで済むじゃない」

「話し相手がいないのも、寂しいものよ。私もゲームの中で看護しようかしら?」

「でも、そっちだと私もリコちゃんも、看護無用で元気だよ?」

「そうなのよねぇ……楽しそうに話すのよ、リコちゃん」

「彼女の病状とかは、教えないでね。あくまでも私の知ってるリコちゃんは、あの世界の気弱な魔道士さんだから」

「そうね、仲良くしてあげて……」


 篠原さんは、ナースらしい慈愛の笑みを浮かべた。

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