第34話「ライズ事情は複雑怪奇」

”最初は思ったよ。訓練はきついが、これなら幼年学校の経験が生かせるってな。でも、だんだんそれだけじゃ通用しなくなってきて焦ったよ”


第27期生のインタビュー




Starring:ランディ・アッケルマン


 乃木希典、東郷平八郎。2人の英雄が祖国の士官学校を顧みた時、痛感したそうだ。情報分析インテリジェンスと戦略性の欠如である。

 海軍兵学校では駆け引きが求められる球技が避けられ、お家芸の棒倒しにおいても戦術が軽視されている。陸軍士官学校に至っては、新聞すら読ませる習慣が無かった。


 これはまずいと方々調べて回った結果、持ち込まれたのがディベートとディスカッションだ。ディベートは討論だが、自分と反対の意見を主張する事を重視する。敵の立場になって考えるためだ。ディスカッションは皆で意見を出し合い検討する。目的はより良い案を出す事であり、様々な意見を検討する事する。これによって戦略・戦術の質を高める事が求められる。


 しかしながら、これが”秀才”にとってはなかなかに辛いものである。最初のうちは論拠を教本だけに求めて、バツを食らったりする。それを繰り返すうち、だんだんと柔軟な考え方も出来るようになってくるのだが、ランディ・アッケルマンにとって、まだまだそれは先の事のようだ。


「分からん馬鹿はおらんだろうが、ゾンム帝国に対抗するため、我が国はブリディス、クロアと親密な関係を結んでいる。これにより、国力に劣る我がダバート王国も、辛うじてゾンムに対抗できる体制が出来たわけだ。」


地図はこちら

https://kakuyomu.jp/users/hagiwara-royal/news/16818093073062155197


 ジル教官は教鞭で同盟国の地図を叩きながら、本日のディスカッションのお題を発表した。


「では、ゾンムはどのような手段を以て我が国へ攻勢を行うか。またそれにどう対処すべきか。五人一組で時間一杯考えてみろ。考えが合う者と一緒になろうと思うなよ。メンバーはくじ引きで行う」


 はっきり言って気心が知れた者相手でもやりたくない分野だ。敵の意図など、いざ盤上に駒が置かれてみなければ分かるものではない。それ以上は、軍人の領分では無いはずだ。


 そして、机に固まっているメンバーを見て溜息を吐きたくなった。南部隼人、カナデ・ロズベルクの2人と、貴族組からオクタヴィア・フェルナーラ、ナタリア・コルネだ。もちろん全員相性最悪である。しかも、幼学組の自分だけ1人と言う不利な戦力だった。


 南部隼人は、早く始めようとうずうずしている様子。カナデ・ロズベルクはディスカッションは苦手らしく、不安そうにテキストをめくっている。

 そして広げたテキストを遠慮がちに差し出してくる。個々のところ定番になった。


「ランディ君。ここなんだけど、分かる?」


 何故自分なのだろう。他に頼る相手はいるだろうに。何故いつも自分に寄って来るのか?

 お返しとばかり苦手科目を教えてくる彼女に助けられていると感じてしまう自分にも腹が立つ。


「……この科目でテキストはあまり意味無いだろう。積極的に発言して、経験を積めばいいだろうが?」


 突き放された彼女は、神妙に頷き、テキストを閉じた。


 貴族組のオクタヴィアは微笑を浮かべてただ座っている。ナタリアに至っては、面白く無さそうに鉛筆をくるくる回しているだけだ。何だこいつは。

 オクタヴィアが発言する。


「ではわたくしが司会役を。まずはゾンムが取るであろう戦略ですが、戦争は起きると思いまして?」


 ぴくり、ナタリアの瞼が動いた。何かがあるようだが、関係ないので無視しておく。


「戦争はありえない。王国は日本と繋がった”門”を所有している。ゾンムに長期戦は無理だろう」


 ランディは新聞で得た所見を並べて行く。それはこの世界の「常識」であった。

 日本と繋がった門は、ライズ人にとって富の源泉だ。ダバート王国に挑もうとする国は、地球と繋がった”門”を封鎖される。地球との繋がりが断たれれば、強力な経済封鎖を受けながら総力戦を戦うに等しい。

 かと言って短期決戦はと言うと、両国の間には広大な中央海がある。ダバート海軍を排除し、その後本土への大規模な上陸作戦を行わねばならない。年単位の仕事になるだろう。


 一同の顔を見渡すと、特に異存は無いらしい。と言うか、どう考えてもこの話題はこれで終わりである。

 だが、オクタヴィアは食い下がる。


「私なら、初戦で全力を以てラナダ共和国を下して、北大陸と中央海の二方面から攻撃を行いますわ。ダバート海軍は内戦作戦つまり、敵に半包囲された状態で戦う事になります」


 オクタヴィアの戦略は正にゾンムが好みそうなダイナミックなものだった。正直言って、物量の戦いではダバートは彼らに敵わない。

 だが、ダイナミックな作戦には穴が出来がちである。そこを突く。


「クロア海軍が兵站線を脅かす位置にいる。戦艦を1ダース以上保有する国だぞ? 通商破壊に出られたら大被害は避けられないし、かといって回避すれば兵站へいたん線が伸びて作戦が遅延する」


 兵站、軍隊に必要な人員や物資を前線に運ぶシステムの事である。古来より、これを寸断された軍隊には破滅が待っている。

 オクタヴィアはむっとした表情を浮かべるが、自分の案に欠陥があると思い至ったのか、持論を引っ込める。

 まだ続ける気なのか、南部は広げた地図とにらめっこだ。カナデはと言えば、不安そうにこちらをちらちらと伺っている。

 南部が言う。


「地球側から門を押さえるのは? アメリカの海軍力なら日本を下すのは不可能じゃないと思うけど」


 こいつらしくないなとつい思ってしまった。南部隼人がここまで的外れ・・・な意見を出すとは思わなかったからだ。だから止めを刺してやる。


「馬鹿か、それこそあり得ん。それをやったら欧州大戦以上の戦乱になるんだぞ。しかも門の封鎖を受けながらだ。民主国家のアメリカが選択できると思うか?」


 南部は気に病む様子もなく、答えた。


「だよなぁ」


 そこで、彼らは挙げた可能性をひとつずつ潰しているのだと気づいた。迂遠なやり方だとは思うが、確かに取りこぼしは無い。一方でそこまでしてやる事か? そう思ってしまう。


「カナデ、他に案はあるか?」


 隼人に話を振られたカナデは、驚いたようにテキストをペラペラとめくり、やがて机に置いた。ランディのアドバイスを思い出したのだろうか。

 それから必死に考えをまとめ、ゆっくりと意見を述べて行く。


「ええと、そうだね……。軍事力が駄目なら、別のやり方をするんじゃないかな? 例えば、ダバートの友好国を味方に引き入れるとか。ブリディスとクロアが敵になっちゃったら、ダバートは困ると思うんだけど……」

「……馬鹿馬鹿しい」


 ランディにとって、それも無理な想定に見えた。クロア、ブリディス両国は、ダバートと友好関係にある事で異世界貿易において優遇装置を得ている。それが揺らぐとは思えなかった。


 必要以上に強い言葉を使った、自分自身に戸惑いつつ。

 そんな考えをよそに、オクタヴィアが話を続けてしまう。


「ブリディス都市同盟、クロア公国、このニ国は軍事大国でもあります。あと友好国と言うと、独立したばかりのラナダ共和国ですわね。国力は無くても地下資源が豊富ですわ」


 そこで、ブリディスだクロアだラナダと、議論が始まる。アイデアは次々潰されていき、手詰まりの様相を呈してきた。ほら見ろと思う。


「……クロア公国であります」


 突然、黙って座っていたナタリアが、自分の祖国の名を挙げた。何故かオクタヴィアが驚いた顔をする。

 南部達は顔を見合わせ、続きを促す。


「クロアはゾンムにとって隣国、いつも脅威にさらされているであります。今は利潤を生みだすダバートとの関係を重視しているのでありますが、利益より安を得たいと思う者がゾンムと結びつこうとしているであります」


 ランディを含め、全員が身を乗り出した。クロア出身の彼女だからこそ言える、生の情報である。士官を志すなら手を伸ばすのは当然。


「では、次はどうしたらクロアとの関係を守れるかについてですわね」

「日本に掛け合って、クロアとの異世界貿易枠を増やしてもらうのはどうだろう?」

「ええと、それだとブリディスの人たちを説得できるかな?」

「安が欲しいなら、手っ取り早く軍事支援をすればいいんじゃなくて?」

「帝国側につきたい貴族を一人一人懐柔するであります」


 期せずして、彼らは3年半後の悲劇を言い当てた事になる。

 そして、彼らは机上で意見を述べ合う間にも、国際情勢は、危険な地平に向けて歩み出す事になる。




 同日、自習室


 ランディはつぶやく。こんなに課題が手につかないのは初めてだ。

 それもこれも、中学組のせいだ。


 3人組を止められず、マリア・オールディントンを「修正」しようとした事。助けを借りたとはいえ、彼女がそれを自力で何とかした事。中学組彼らがその仕返しを行わなず、3人が自分の元へも訪れ軽挙を謝罪した事。

 そして、先ほどのディスカッションで舌を巻いた事。


 もう答えは出ているように思える。

 彼らに今までの事を詫び、同輩とみとめる事を。


「詫びに行くなら、早い方がいいぞ?」


 背中越しに話しかけられ、振り返った先にはヴィクトル・神馬じんばがいた。


「そこまで思いつめた顔をしとるんだ。何を考えているかは分かる」


 余計な事を。ランディは渋い顔を作った。

 ヴィクトルは抜きんでた実技の成績を持ち、周囲に認められながらも、皆とは一歩離れたところにいた。ランディにとって彼の立ち位置は異質に見える。同じ釜の飯を食い、結束し合うのが幼学組のはずだ。


「冗談じゃない。なぜ俺が……」


 反射的に拒絶してしまうが、今日のヴィクトルはよく絡んでくる。


「奴らがお前の人生に何の価値もない存在だと言うのなら俺は何も言わん。だが、そうは見えないんだがな」


 言葉に詰まった。自分の内面を正確に洞察されたからだ。振り切ってしまえば楽だろう。だが、自分には幼学組の意地がある。


「お前は、どっちの味方なんだ?」


 そんな言葉が出たのは、異質な者への恐れからか。

 ヴィクトルは、いつものへの字口で、ランディを見返した。何故そんな簡単な事を問うのかと言うように。


「俺は大日本帝国祖国の味方だ。その祖国と盟友である限り、ダバート王国この国の味方でもある」


 そのような論点のズレた話は……。言いかけて口をつぐんだ。論点はズレていない。彼とて国防に人生を捧げた人間。本来守るもの・・は、幼学組の絆では無いはずだ。


 ランディの中で、気付かないように凍らせていた違和感が氷解した。

 自分達幼学組はただ、「ここまで上がってこい。自分達と同じ存在になれ」と上から中学組を見ていただけだ。それは、自分達の価値を認めろと言う押しつけに他ならない。

 だが、中学組彼らは彼らとして強くなるべきで、実際そうなりつつある。自分たちがすべきは、上から目線でいがみ合う事ではなく、肩を並べる事だろう。


 だとしたら、ランディは詫びねばならない。

 しかしながら――。


「謝罪は、登山行軍を終えてからにしたい」

「ほう?」


 特に意外でもなかったのか、その事に頓着する気はないのか。ヴィクトルは表情を変えない。ただ、無言で説明を待っている。


「一度、あいつらと対等に競い合ってみたい。それで決着が付いたら、俺も行いを改めよう」


 そうか、とヴィクトルはそれ以上何も言わずに去って行く。

 だが、良い会話ではあったと思う。自分のやるべきことも見えてきた。


 とりあえず、課題は何とか取り組めそうだ。

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