第44話「誓いと和解と、ちょっとした誤解」

”この時私は思いましたの。お咎めを受ける事があっても、2人を見守ろうと”


オクタヴィア・フェルナーラのインタビュー




Starring:エーリカ・ダバート


 上手くいっているように思えた。少なくとも表層としては。


 15時30分を過ぎたあたりから、上空をワイバーンや複葉機が飛行するようになった。救助隊が日を跨がず動き出した証拠である。空から遭難者の情報を集めるのは、どんなに早くても翌日以降が普通。空軍基地が近いと言ってもこれは大変な幸運である。南部隼人はそう語った。

 つまり、助けは早くに来る。


 何度も本部との間を行き来し、保護した遭難者は10人を超えた。襲ってくる地竜はオクタヴィア・フェルナーラの身体魔法とエーリカ・ダバートの小銃、それが駄目なら取り囲んでの拳銃射撃で撃退した。

 「もうこの辺りの地竜はみんな倒したんじゃね?」などと言い出した者を、オクタヴィアが叱責せねばならぬほどであった。


 ただし、見えない部分で状況はひっ迫していた。オクタヴィアの身体強化魔法はどんどん消耗し、ライフル小銃の弾薬はあと3発。皆が持つ拳銃弾も減りが速い。

 その実状況はかなり悪いと、エーリカ・ダバートは弛緩したものになりかねない空気を警戒し、眉にしわを寄せた。それが伝わったのか、頭の上のパフが不安そうにきゅうと鳴いた。


 彼らは新たに2人の遭難者を救出し、本部に帰還する道中。

 オクタヴィアは指揮官として方々に目配りをしてくれたが、副官格のエーリカは小銃で四方を警戒しつつ上空を飛んでくれているパフともやり取りをしなければならない。

 候補生2人が救助者を背負って隊の中央を歩く。南部隼人は足を引きずりながら、地図やコンパスとにらめっこをしていた。


 ここは獣道だから、地図に記されていない。コンパスと地図にある地形を照らし合わせながら、現時点を割り出す必要があった。登山には必要なスキルだが、それは軍人とて同じ事だ。


「リーダー、50m先で、分岐につけた目印があるはずだ。そこで休憩しよう」


 南部隼人が足を引きずりながら提案する。確かにそろそろ休憩時だ。皆疲れている。希望の籠った目でオクタヴィアを見つめた。

 隼人と言う男、いい加減に見えて視野が広いのはうそぶき山で証明済みだ。こう言った面倒くさい仕事も卒なくこなす。仲間の間で参謀と呼ばれるゆえんである。

 もっとも、情報を受信する感度に恐ろしくバラツキがある。それさえなければリーダー役も行けると思うのだが。


「パフ、上空を確認して来てちょうだい」

「きゅー!」


 羽をパタパタと動かして、パフは上昇する。戻って来るなり、元気よく鳴いた。どうやら大丈夫らしい。木の陰に隠れられたらどうしようもないが、それは地上の見張りを頼るしかない。

 とりあえずだが、休憩する条件は整った。


「いえ、このまま一気に本部まで戻りましょう」


 メンバーが絶望の表情を浮かべるが、確かにオクタヴィアの方針にも一理ある。動きを止めればそれだけ襲撃の隙を与える。可能なら早く移動してしまうべきだ。

 可能ならであるが。


「皆ここまで動きっぱなしだ。移動中に疲れて立ち往生はまずいし、比較的安全な場所があるうちに休んでいくべきだ」


 隼人が珍しく食い下がる。

 オクタヴィアは作戦を達成する最短ルートを主張したが、隼人はリスクをおかしても落伍者を出さない方針を説いた。

 どちらも正しくはあるが……。


「ここで休むと見張りを立てる必要があります。全員は休めませんわ」


 これもまた正論だった。休憩中は何人か、元気な者を見張りに立てねばならない。その者は座れないから、体力を吸われる事になる。

 他のメンバーも同じことを考えたようで。


「うーん、ここは休んでおきません? 何もない保証があればここまま突破すべきだけど、現状何があるかは分からないし」

「そうね。遭難者の運び手が倒れたら、私たちは立ち往生しちゃうし」


 隼人の提案を容赦なく切り捨てたオクタヴィアも、これには耳を貸さざるを得ない。たっぷり十秒検討し、休憩を宣言した。


 どうもオクタヴィア・フェルナーラと言う候補生は、南部隼人を嫌っている、いや警戒しているように見える。彼の提案について片端から却下するような真似はしていないが、より慎重に吟味している様子である。

 他人からのマイナス感情に鈍感な隼人は、それに気づいていない。


 一同がどっかりと座り込むが、オクタヴィアは何も言わず自らを見張りに任じる。士官のふるまいとしては正しいが、大した精神力である。

 当然自分もそれに続く。


「……殿下と彼は、どう言ったご関係で?」


 ふと、オクタヴィアが問う。視線を隼人に向けたまま。ささやくような小声だったから、皆には聞かれたくないのだろう。だから、エーリカも思うままに答えた。


「古い友達よ。頼るだけの価値はあるわ」


 その解答はお気に召さなかったらしい。オクタヴィアは一人ごちる。


「友達、ね」


 含みのある言い方をして、彼女はエーリカに向き直る。

 少し迷ったが、隼人に対する信頼を、言葉でどうのこうの言っても理解はされないだろう。やり過ごす事にする。

 それに、彼女の言いたい事も分かる。自分だってかつてのうそぶき山を知らなければエーリカも同じように彼を疑ったろうから。


「エーリカでいいわ。私もオクタヴィアって呼ばせてもらうから」

「ええ」


 気のない返事を残し、オクタヴィアは黙ってしまう。何か言いたい事があるのだろうと、催促はせず言葉を待つ。


「……南部隼人は、どういう人間なんですの?」


 彼女の言葉は「どういう人」でも、「どういう男性」でもなかった。

 どんな人間? エーリカはそのニュアンスを正しく受け止めた。


 オクタヴィアは、南部隼人の本質を知りたがっている。だから、ありのまま思っている事を話す事にした。


「隼人は、まあ馬鹿よ。でも馬鹿なりに”大いなる義務”と向き合っているわ」


 エーリカからの高評価は、予想したものだったらしい。彼女は呆れたように息を吐いた。


「……殿下・・は、周りに置く人間を好き嫌いで選んでいるように見えますわ。わたくしからすれば、取り入って来る幇間太鼓持ちを手元に置いているように見えます。自分の治療を後回しにした件も、誰かの入れ知恵のように思えますわ」


 流石にこれにはいらっと来た。何故そこまで言うのか?

 彼の発言や行動を見れば、そんな見方は出来ないはずだ。だがこの状況で喧嘩を買うほど、エーリカも向こう見ずではない。

 オクタヴィアの意図するところに思いを巡らせる。


「……平民の隼人が、貴族的に振舞った事が面白くない、とか?」


 当てずっぽうで言ってみたが、オクタヴィアはむっとして黙り込んだ。図星らしい。もしかして「自分を後回しにしてでも、これから出るけが人の治療に備える」と言う判断を、自分が出来なかった悔しさもあるのかも知れない。南部隼人を知らなければ、エーリカも同じように考えたろうから。


「フェルナーラ家は武門の家、王国の戦争史では、必ず我が家系から優れた戦士を輩出してきました。それがこの100年ほど、国の為戦場へ向かった者はいません。私が武勲を上げる必要がありますの」


 だから、折れない。大いなる義務を背負わない平民を認めるわけにはいかない。

 何の事はない。2ヶ月ちょっと前までの自分と同じ状態なのだろう。


「オクタヴィア、良く聞きなさい。竜神様はそのような狭い見識で大いなる義務を語る方ではないわ」

「……まるで竜神様に会ったことがあるような言い方ですわね?」


 怪訝そうに返されて、今度はエーリカが口をつぐむ番だった。会ったことはあるが、会わせるわけにもいかない。


「あなたの”古い友人”は本当にあなたを高みに連れて行ってくれると信じているんですの?」


 今度は、真っ向から疑問を呈する言い方では無かった。言葉に若干の迷いがある。だから、その返答は決まっている。


「ええ、一緒に空に行くわ」


 エーリカは高らかに宣言する。今度は静かな興味が返ってきた。


「マリア・オールディントンも同じことを言っていました」


 突然親友の名前を出されて一瞬だけ意外に思うが、確かに彼女はオクタヴィアと繋がりがある。あの日と変わらぬマリアをまたひとつ垣間見て、妙に嬉しくなる。


「マリアならそう言うでしょうね」


 つい勝ち誇ったような口調で言ってしまう。オクタヴィアは僅かに眉を動かす。不快に感じさせてしまったようだ。

 

「……あなた達は……ですの?」


 妖怪を見るような視線で言われた。何と言われても、上手く言語化できない。四銃士、などと答えるわけにはいかないし。


「切っても切れない腐れ縁……かしらね?」


 怪訝そうな目を向けられる。こいつは大丈夫なのかと。本当に大いなる義務を担うべき王族なのかと。もちろんエーリカも、誤解を誤解のままにしておくつもりはない。エーリカは告げる。


「人の命を守る事に貴族も平民もないわ。私はその為に隼人をパートナー・・・・・にした。私はそこに何の負い目も感じない」


 当然のように沈黙が返って来る。今度は戸惑いではなく、エーリカの言葉を咀嚼している。

 駄目押しに語り掛けた。


「あなただってさっき、ランディの言葉に感じるものがあったんじゃないの?」


 平民だって人の心を動かせる。そこは貴族と何ら変わりはない。彼の啖呵たんかは、それを示してくれた。オクタヴィアの心にも、なにがしかを残したはずだ。

 エーリカもまた、刀のように鋭利で冷たさすら感じた従兄が、ランディの言葉で俄かに情熱を取り戻したと感じた。いや、情熱そのものが彼の奥底に渦巻いていたことすら初めて知ったのだ。


 オクタヴィアは暫し迷い、結局会話を切り上げる事にしたようだ。そろそろ休憩も終えなければならない。


「リーダー!」


 小声で名前を呼ばれたオクタヴィアが、右方向の見張りに向き直る。彼は腰を屈めて手招きしている。オクタヴィアは小走りで見張りの元に向かい。エーリカは小銃を構えなおす。


 見張りが見つけたのは、茂みの向こう、10メートルほど先できょろきょろと何かを探す地竜だった。


「やり過ごすか?」


 見張りが尋ねるが、ここは考えどころだ。倒すなら一撃で仕留めねばならないし、その場合でも貴重な弾丸が1発失われる。まして仕損じれば目も当てられない。


迂回うかい路は?」


 呼びかけられた隼人だが、彼は首を振るしかできなかった。


「駄目だ。このルート以外はもっと深い茂みを通る」


 熟考の末、オクタヴィアは決断を下した。リスクを避ける堅実策であったが、エーリカもそれに同意だった。


「仕方ありません。やり過ごして後ろから襲われる危険は冒したくないです。1発で仕留めてくださいな」


 小銃を取り上げ、生唾をのんだ。ヴィクトルやコンラートであればもう少し落ち着いて対応できるのであろうが。照準器をのぞき込みながら、トリガーに力をかけようとした時……。


 エーリカの小銃は宙を舞っていた。背後から飛びついてきた地竜の尻尾を食らい、弾き飛ばされたのだ。


 マリアから聞いた事がある。長い時を生きた地竜は、オトリを使い狩りをすると。ひとつの山に数匹、と言った存在なので、誰も考慮に入れていなかった。


「利口なやつねっ!」


 小銃に手を伸ばすが、そこには突撃してきた囮が鎮座していた。小銃の脅威を認識しているか。それは分からないが。エーリカが腰を屈めて近づこうとすると、地竜はあごを開いて威嚇する。

 飛び込んできた地竜は全部で3匹。小銃があったとしても手こずる数だ。


「後退してはいけません。救助者を守らなければ!」


 踏みとどまろうとするオクタヴィアだがどうにもならない。戦おうにも戦う手段がないからだ。


 運び手が逃がしそこなった救助者の周りを、地竜は威嚇しながら動き回っている。


「オクタヴィア! 攻撃は横から!」


 隼人が叫ぶ。そんな事分かっていますと、彼女は腰を落として人質を取った地竜ににじりよる。地竜は正面からの攻撃に強い。身体強化の魔法を使っても、動きを止めるには横合いからの一撃が必要だ。


 膠着した状況は、一気に動いた。


「ああああああああああああああ!」


 南部隼人が地図とコンパスを放り出し、奇声を上げながら背を向けて逃げ出したのだ。


「卑怯者ッ!」


 オクタヴィアは侮蔑の声を投げつけるが、エーリカは既に彼の意図を読み取っていた。


 獣は、背中を向けて逃げた者を全速力で追いかける習性がある。足を怪我している隼人はすぐ追いつかれるが、地竜たちは小銃も倒れている救助者も放り出して、隼人に意識を集中させていた。


 エーリカはただちに小銃に飛びつき、ボルトを引いて弾丸を装填する。

 隼人の喉笛に食いつこうと頭を上げた1体から、脳漿のうしょうが噴き出した。


 彼女の射撃で冷静さを取り戻した候補生たちも、取り囲んで腹に向けて一斉射撃をする。1体は血しぶきを上げながら逃げ去った。

 最後の1体は質が悪かった。隼人の行動が罠だと知ると、再び救助者を人質にせんと駆け出したのである。


 だが悪知恵もそこまでだった。ずっと地竜の動きを伺っていたオクタヴィアが、柔道の要領で脚を抱え上げ、転倒させたのだ。地竜は起き上がろうとするがもう遅い。彼女が抜いた銃剣が、万力のごとき膂力りょりょくで喉元に付きつけられたからだ。

 オクタヴィアの魔法は隼人と同じ身体強化だが、彼は最下位の丙級。一方のオクタヴィアは二段階も強力な甲級だ。最大限に発動させている時間に限れは、地竜をはるかに越える膂力を発揮することが出来る。ただし、燃費は悪い。

 長命な地竜は、あっけなく息絶えた。彼女の制服を返り血でべとべとにする代償で。


「隼人! 大丈夫なの!?」


 頭を吹き飛ばされた地竜の下敷きになって、南部隼人は呆けたように空を見つめていた。


「ちょっと、何とか言って……」

「ああ、ごめんごめん」


 地竜の死体がどけられた、ひょっこり立ち上がった彼は、完全に斜め上の言葉を返した。


「今上を通り過ぎた飛行機。〔13式艦上攻撃機〕だわ。古い機体だけど、低速だから救難用には良いんだろうなぁ」

「……」


 つい彼を蹴っ飛ばしてしまったのは誰にも責められまい。心配かけさせてこれである。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




Starring:オクタヴィア・フェルナーラ


 認めるしかない。認めるのはシャクだ。

 相反する感情に挟まれたオクタヴィア・フェルナーラは、とりあえず別の表現で南部隼人を評する事にした。


「南部隼人、もしあなたがエーリカ・・・・と並び立ちたいなら、もっと死に物狂いでやりなさい」


 手当を受けていた隼人は、いきなりの言葉にきょとんとしていた。


「あなたが奔放に振舞ふるまうなら、それ以外の部分で文句を言わせない結果を出すべきですわ。付け入る隙を与えては駄目。彼女に恥ずかしい思いをさせては駄目」


 彼も今の説教がただのやっかみではないと気づいたはずだ。その証拠に、神妙に頭を下げた。


「ああ、気を付ける。ありがとな」


 なるほど南部隼人と言う男、馬鹿ではないし打てば響く。結局彼と言う人間は、自分達と規格が違う。ただそれだけ・・なのだろう。

 同じ使命感と、勇敢さを持っているのだから。


「ああ、あなたと殿下の関係・・は、私の胸に締まっておきますわ」

「関係?」


 何故か怪訝そうな顔を返される。


そういう仲・・・・・なのでしょう?」

「はぁ!」


 隼人が答える暇もなく、エーリカが割って入った。ここまで来て取り繕わなくとも構わないだろうに。


「ちょっと待って! それどういう事よ!? 完全なる誤解だから!」


 オクタヴィアは、そんな上辺だけの否定を切って捨てた。


「いいじゃありませんの。王族と平民の忍ぶ恋。成就させるのはこれから大変な努力が必要ですが、陰ながら見守らせて頂きますわ」


 相手の動きを見るだけでその意図を察する。これだけ意思疎通が完璧なのだ。それは長い時間をかけて育まれて来た関係なのだろう。オクタヴィアはその健気な想いに、感涙を禁じ得ない。


 だと言うのにエーリカは何故か頭を抱えて膝をついた。状況が呑み込めないとでも言うように、南部隼人がそれを助け起こし――。


 何故か尻に蹴りを食らって悶絶したのだった。

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