第45話「継承される信念」

”どこもかしこも限界だ。どんどん運ばれてくる負傷者に飲ませる水も底を尽きつつある。医療品もない。武器ですら残り少ない

だけど、先輩たちは文句ひとつ言わず、目の前の困難に向かっていたんだ。思ったよ。あれが士官なんだって”


救助者の治療を担当した生徒の回想




Starring:ジャン・スターリング


 ヴィクトルの射撃は大口を開けた地竜を撃ち抜き、最大の脅威は断末魔と共に倒れ伏した。本部を守る候補生たちは、重圧から解放される。とりあえずは。

 山道に座り込んだ、あるいは寝かされた救助者が脱力したように息を吐いた。すすり泣きも聞こえる。皆がいっぱいいっぱいだった。


 防戦の指揮を執っていたジャン・スターリングもまた、地竜の亡骸に安堵する。


「ほらね、君の力が必要になっただろう?」


 血まみれの銃剣を拭ってベルトに収めながら話しかけてくるのは、エルヴィラ先輩だった。先程の戦闘では、彼女は最前線で銃を振るい、地竜を追い詰めていた。ここではプレイヤーに徹するつもりなのだろうか?


 おかげで功績は上げられるが、エルヴィラに出来る仕事を外注して貰っているだけだ。自分でなければこなせない仕事ではないように思えた。

 どんと背中を叩かれたて、ジャンは深刻ぶった表情を見られていた事に気付く。


「そんな割り切れない部分を抱えるのは、指揮官としてマイナスだよ? 与えられた仕事をぱっとこなすのがお宮仕えと言うものさ。勝ったとか負けたとか、そう言うのはノイズだ」


 勝った、負けた。そう言われた瞬間、南部隼人の顔が浮かぶ。


 エルヴィラの言わんとしている事は分かった。そして、自分がそのノイズを後生大事に抱えている事も。

 自分はランディよりも、オクタヴィアよりも、そして隼人よりも。二歩も三歩も先んじなければならないのだ。そのために何が必要なのかは分からないけれど。


「君が何に焦っているかは分からない。だが指揮官と言うものは、今の君が思う程かっこいいものではないよ。人の命を託される”重さ”は今日散々味わってきたんじゃないか?」


 そうだ。自分の指一本で生者を死者に変えてしまう。その恐ろしさを今日知った。

 あの男はそれを乗り越えたのだろうか?


 そこまで考えて、ジャンは凝り固まった自分の考えを再度自覚した。

 自分が知るあの男は、他人を道具としか見て居ない。そんな人間が、”命の重さ”などで斟酌するはずがない。自分が目指す士官は、あの男ではない。

 自分は焦りのあまりあいつと同じ道を進むところだった。


「君は今確実に成長している。それを伝えたかった」


 まんまとエルヴィラに活を入れられた。ジャンの変化を読み取ってか、彼女は微笑む。何故かそれを直視できなくて、襟を直すふりをして視線を逸らした。


「本部の守備、やってくれるね?」

「はい!」


 思えば、エルヴィラも自分を一戦力としてここに配置したわけでは無いはずで、そんな余裕も皆無だ。純粋に、部隊を維持する為に交代で指揮を執る体制が必要だっただけだろう。

 今更ながら、そんな事にも気づかなかったとは。


 敬礼した後、欲が出てきた自分に気付いた。もっと彼女の話を聞いてみたい。


「先輩は、初めて指揮を執ったのは何時ですか?」


 世間話を装って尋ねてみる。ただ、今まで露ほどにもなかった先輩への興味が、頭をもたげ始めたのだった。

 エルヴィラは苦笑する。調子に乗りやがってと思ったか、食いつきの良い新人と頼もしく思ったか。


「実戦経験は君の方が多いよ。命がかかっているのは、今日が最初だ」


 エルヴィラは手袋を外し、ジャンの目の前に掲げて見せた。


「ほら」


 エルヴィラはゆっくりとそれをジャンの頬に当てる。心臓が跳ね、生唾を呑み込んだ。ジャン・スターリングは、それが体調不良による熱っぽさだと誤認しかけた。


「あの、何を……」


 深呼吸してようやく気付く。そこには、痙攣のように震えるエルヴィラの右手があった。

 彼女もまた、恐怖と戦っている?


 それを知って、エルヴィラ・メレフと言う女性を今までで一番近く感じた。


「……とまあ、このように自分も恐怖と戦っている事をアピールするやり方もある」


 彼女は手袋をはめ直す。

 照れ隠しなのだろうか? エルヴィラはジャンの背中をポンと叩いた。その動作に、何故か目減りした気力が充填されるような気がした。


「それに、ハインツの奴にも随分と水をあけられてしまったよ。長い付き合いだが、自分の婚約者があそこまで熱くなる男とは思わなかった。おかげでまんまと責任を負わされたがね」


 言葉に反して、エルヴィラは随分と嬉しそうだ。ハインツの暴走によって、7区隊の指揮権を与えられたエルヴィラ。彼女は自動的に独断専行の責任を負う事になってしまった。自分なら婚約者に重責を押し付ける行為は絶対しないと反発を抱く。なにがしかの信頼関係があるのかも知れないが、自分はいやだ。


 何故か感じたハインツへの強い反発。その正体は分からなかった。


「自分なら、責任は自分で負います」


 言ってから上官への批判だと気づいたが、エルヴィラは知らないふりをしてくれた。


「そこは信頼関係だね。彼が全て自分で被ろうとしていたら。私はきっと怒っていたよ」


 回答には不満だが、彼は礼を述べる。エルヴィラは制帽の位置を直してから、地竜の後始末に向かった。

 何故か敬礼に力が入る。


「……信頼関係、か」


 何故か感じた、軽い敗北感を直視しないようにして。


 彼女の背中に思う。

 自分はこの先、道が見えていないと思っていたジャンだが、まずは彼女を目標とすべきかもしれない。


 そう思いつつ、何故か抵抗を感じた。彼女から視線を逸らすことに。


「……苦労性なところがあるかと訝しんでいたが、自分でそちら・・・に突き進むような男だったとはな」

「なんの話だい? ヴィクトル」


 ヴィクトル・神馬は相変わらずの仏頂面を浮かべている。ジャンには何故かそれは、困ったような表情にも見えたのだが。


「今の貴様の顔は見て居られん。非常時なのだから気を抜くな。それだけを言いに来た」


 言うだけ言って踵を返す。何を言っているのかは分からないが、彼がわざわざ忠告するのだから意味はあるだろう。


「ねえ」


 ヴィクトルが振り返る。もうさっきの表情は失われ、いつもの不愛想な顔に戻っていた。


「今の僕らは”力を振り回して悦に入る子供”に見えるかい?」


 彼は言葉を選ぶようにゆっくりと、質問に答えた。


「分からん。この大騒ぎが解決した時、俺たち・・・が士官として振舞えていたら、何かが変わるかもな」


 相変わらずヴィクトルは厳しかったが、そこに優しさがあるともう皆知っていた。


「じゃあ約束してくれ、皆が生き残る事が出来たら、入校の時に断った話を再検討してくれ。僕らとつるもう」


 彼は鬱陶しそうな顔を浮かべ、どう返そうか迷った結果、ぞんざいな一言を返した。


「……検討する」


 ジャンは微笑むが、この後は平静を保つのに必死になった。ヴィクトルの言葉から、彼が絶対に敵わない相手を恋敵にしたこと――ありていに言えばエルヴィラ・メレフに横恋慕したことに気づいたのだから。

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