第43話「イレギュラーズ」
”その後のジャン・スターリングを知る者は、余裕を失わず果断に振舞い、決してぶれる事はない。だが、自分達は知っている。彼がそれを獲得するために、どれほど苦悩の日々を送って来たか”
南部隼人の手記より
Starring:ジャン・スターリング
コンラート・アウデンリートが軽口を叩いたのは、30人が輪になって、作戦会議を始めようとした時だ。地竜の突撃を受けた彼は、肩をやられて左手をぶらつかせている。
「これで、俺たちは命令違反の
怪我人の彼が自らの境遇を
だが、実際にこの状況を直視しているものはどれほどいるのやら。流石にジャン・スターリングはそれを口に出す事はしなかったが。
「救出部隊の編成だが、私は動けない。この山道に地竜がなだれ込んできて、集めた物資が食い荒らされたら、本当に終わるからだ。そうなればジル教官も帰還は難しいだろう。ここを守る者が必要だ」
エルヴィラ先輩が宣言したのは、事情を知ればもっともな事だった。
ストーブ岩に向かう道、小さな広場になっている山道に、彼らはいた。
これから始まる探索行には、大きな荷物は無駄だ。地竜と遭遇すれば、どの道捨てる事になる。よってこの本部にリュックを並べて集積する事になるのだが、一度人から食べ物を得た獣は、また同じように得られると学習する。
本部を守れなければ、奴らは遠慮なくリュックの中身をびりびりに引き裂くだろう。雨が降った際の雨具や防寒具も、緊急用のテントも無くなれば、彼らは救助隊ではいられなくなる。ただ低体温症に怯えながら朝が来ることを祈る。それしかできない遭難者になるのだ。
第一、救助者は見捨てざるを得なくなる。
それを防ぐためエルヴィラは捜索に出られない。
もしかしたら、本人も無念さを抱えているのかもしれない。
「そうなると捜索隊だが、AチームとBチームに分けようと思う。Aチームはハインツが指揮を執ってくれ。遭難者の位置をオールディントン君の魔法で捜索しつつ、救助に当たるように。Bチームは今分かっている遭難者をここに避難させてくれたまえ。リーダーはオクタヴィア君に頼みたい」
もはやエルヴィラ先輩は、中学・幼学・貴族と、人事を縦割りで任命する事はしなかった。彼らはこれから、第7区隊である。
しかし、ジャン・スターリングにそれを喜ぶ余裕はなかった。
何故彼女が? 敬礼するオクタヴィアを半ば呆然と見つめる。確かに、彼女なら何事も卒なくこなすし、加えて戦闘力も申し分ない。
ジャン・スターリングは当然自分が選ばれると思っていた。その生き過ぎた自信が敗れた時、彼は直視していなかった直視し無かった現実を突きつけられる。
彼を守ってきたプライドが、薄皮のようにもろい矜持が、投げつけられた卵のように砕けた。
そしてはっきり気付いてしまう。自分は、レックレス6を名乗る者の中で、最も突出した能力に欠ける事を。
エルヴィラから中学組の指揮を任された時、自分は何も出来なかった。フォローしたのは南部隼人だ。
初めて彼らが集った時、自分は「人が使える」事を誇った。しかし現実はどうだろうか?
仲間を鼓舞する事も、味方の「勢い」や「空気」を読み取ることも、彼に敵わないではないか。
気付いていた。指揮官の適性は、彼にもある事を。そして今現在、彼の方が自分より先んじているのではないか。そんな恐れを。
そんな事では駄目だ。自分は1番でなければならない。目の前でひれ伏す”あの男”を見るまでは……。
自分には、何が足りない?
ひとつになった7区隊を喜びもしつつ、植え付けられた衝動は、向上心と呼ぶには苛烈過ぎた。
「僕も救助に出ます! マッパーとは言え怪我をしている隼人をまで参加するんですよ! 自分だって……」
だが、エルヴィラ先輩からの返答は、彼にとっての止めだった。
「何を焦っているんだい?」
スッと目を細め、彼女は本質を突いた。
焦っている? そうだずっと焦っている。いつもは目を背けているけれど。
「ジャン?」
隼人が小声で呼び掛けてくれる。いつもは頼もしいそれも、今はただ苦しい。
それでも彼の声がなければ、先輩に食ってかかっていたかもしれない。
「まあ落ち着き給え。あれこれ手を回したり、伝令に使える副官が欲しいんだよ。お世辞ではなく君の能力を買っての人選だよ」
冷静さを取り戻したジャンに、食い下がる選択肢はもう無かった。自分も馬鹿ではない。目的を果たして帰還するのが第一。それ以外のこだわりはパージすべき。
唇をかみしめている自分に気付き、恥じた。
「
この話は終わりとばかり、ハインツが確認を取る。
〔38式歩兵銃〕は、地竜を一撃で倒せる唯一の武器だ。そして3挺しかない。
「各チーム1挺ずつで良いだろう。射手も選抜したい」
エルヴィラ先輩が持ち込んだ弾薬は5発ワンセットをクリップで留めたもの。つまり弾丸5発が3セットだ。1チーム5発しか撃てない。地竜が6匹出てきたらお終いだ。
それでも、小銃は最後の切り札となる。
「Aチームはエーリカ、Bチームはコルネが射手を務めろ」
「了解しました」
「承ったであります」
「本部では……」
ハインツ先輩が射撃成績の上位者を割り振って行く。Bチームの小銃担当は、本来は使役魔法で忙しいエーリカよりも、コンラートが射手を担当するべきだが、彼は負傷で動けない。
先程の激情は何処へ行ったのか、ハインツの所作はいつものように機械的であった。
「神馬、1挺渡す。本部を守れ」
「了解」
いつもの騒がしいメンバーで、エーリカは選ばれてははしゃぐ事はなかったし、コンラートも悔しがるそぶりは見せない。そんな場合ではない。
射手たちが受け取った5発の銃弾が、7区隊の生命線だと分かっているからだ。
「休憩も取らせてやりたいが、今は時間との勝負だ。諸君、生きて帰れよ?」
1年生たちの顔が緊張に引き締まる。まるで凍り付いたように。
「生きて帰れ」と言うなら、当然死ぬ可能性も十分考えられると言う事だ。彼らはじわじわと足元からの上って来る恐怖心と戦っている最中だろう。たとえ自分で決めた事だとしても。
自分は違うな。
自分は怖くない。
目的を果たすまで、
もう一人の自分が、心のどこかでジャンを見つめ彼の精神に少しずつ焦りを刻んでゆくのだ。
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