第13話「校友会」【挿絵】
”もう一回竜に乗れるんだって勇んで見学に行ったら、冷や水をぶっかけられたわけだけど。でもまあ、「あれ」が必要な事だとは理解したよ”
南部隼人のインタビュー
南部隼人たち7区隊の週番生徒が一回りしたころ、ジル教官から待ちに待った知らせが伝えられた。
「来週から校友会の活動が始まる。向こう一週間各部の体験入部期間とする。自主教練の時間を見学に充てる事も認める」
この時ばかりは中学も貴族も幼学もなく、全員がざわざわと色めき立った。
”校友会”と言うのは、通常の学校で言う部活動である。訓練も兼ねているので、基本は体育会系。文科系の場合は、活動とは別にトレーニングの講座でしごきを受けなければならないと言う鬼仕様だ。
もちろん、所属しない選択肢はない。
「兄さんはもう何処へ入るか決まってますよね?」
「当たり前だ! そもそも選択肢すらない!」
いっせーのせ! で言い合うと、入部希望は当然ながら航空部だった。
ハイタッチを決めるマリアは、今日も義兄妹であり、同志だ。
航空部とは、その名の通り空を飛ぶ部である。
ワイバーンと飛行機がその活動内容だが、昔は気球や飛行船もやっていたらしい。気球技師の息子としては少々残念だが、軍の練習機を下げ下ろして貰ってからは、そちらをメインで使っているようだ。
なお、飛空艇と呼ばれる空飛ぶ船は、あまりに高価なので使われた事はない。
ちなみにコンラートは射撃部だそうだ。理由は「既に持っている技術が通用するから」と言う現金なもの。ついでに趣味と実益を兼ねるらしい。相変わらず抜け目がない。
「僕も航空部にするよ。これからは空軍の時代だしね」
2人の話にジャンも乗っかり、たちまちのうちに飛行機談義が始まる。
彼の知識はなかなかのものだった。特に実際に機体を動かす手順や空中での感覚については、2人も舌を巻いた。何でも務めていた工場に詳しい人間がいたらしい。是非会わせてくれと言ったが、案の定「機会があったらね」と苦笑しつつ言われた。
「隼人ほど詳しくはないけど、僕も〔赤とんぼ〕は良い機械だと思うよ」
「おお! 友よ! やっぱ複葉機も良いよなぁ! 単葉機とはまた違った趣があるし。それにしても技術の進歩って早いよな。今じゃ練習機が欧州大戦の戦闘機より性能が良いんだぜ」
「だから、僕は隼人ほど詳しくないよ」
残念ながら、
ジャンは苦笑するが、特に嫌なそぶりは見せなかった。
「ちょっと思い入れがあるんだよ」
「ほほう、詳しく聞きたいです」
意味深な言い方に、当然マリアが食いついた。
ジャンはもったいぶったように笑い、先ほどの答えを繰り返す。
「機会があったらね」
現在航空部が使用している飛行機は〔赤とんぼ〕練習機だ。
日本が誇る初等・中等練習機で、前世の日本でも数多くの名パイロットを育ててきた。陸軍タイプと海軍タイプがあるが、学校にあるのは海軍で使用されている〔
画像はこちら
https://kakuyomu.jp/users/hagiwara-royal/news/16817330659115118260
ワイバーンの方も見逃せない。戦争や大規模輸送は飛行機や飛空艇に取って代わられたが、物流やスポーツの分野でまだまだ健在。士官学校でもワイバーンを用いた模擬空戦が花形競技となっている。
いよいよ自分は飛行機に触れられるのか!
ちょっと考えればそんなわけ無いのだが、この時の隼人は常識などまるっと忘れて空飛ぶ自分を夢想していた。
無論、すぐにしっぺ返しは来るわけだが。
集合場所にはエーリカもいた。こちらを一瞥するが、何のアクションも起こさないまま視線を教官に戻す。
教官はシノ・オルソンと言う妙齢の大尉だった。何人かがこいつは運が良いとにやけているが、何か嫌な予感がした。ジル教官にエルヴィラ先輩、入学してから出会った「美人」の正体がどうだったかを。
そしてその勘は正しかった。挨拶もそこそこ、彼女が言い出したのは、もっともではあったが不穏な話だった。
「皆さん、航空兵が空を飛ぶためには本来何重もの試験を受けなければなりません。それは、適性の無いものが操縦桿を握れば、多くの人命を危険に晒しかねないからです。なので、皆さんには最初の試験を受けてもらいます」
シノ教官の言う「試練」は、皆の想像するような、平衡器官や重力への耐性を見るようなものでは無かった。
彼女は滑走路脇にある竜舎と、その脇に積み上げられた掃除道具を指さし、命じた。
「ワイバーンの
ガイダンス代わりに竜か飛行機に乗せてもらえるかも。そんな甘い期待は吹き飛び、彼らは悟った。作業用のつなぎで集合を命じられた意味を。
「大丈夫とは分かっているけど、病気を考えると嫌だね」
ジャンがそんな事を言う。既に嗅覚は疲労し、臭いとも感じなくなった。
ちなみに、この時点で2人ほどが入部を断念している。
「昔はさあ、糞なんてそこらに積み上げて発酵させてたんだろ? ”皇帝熱”のせいでこんな面倒くさい事になったけど」
隼人はスコップで糞を掬い上げつつ言った。普通ならうんざりするところだが、「良く試練に耐えてくれました。努力に報いて〔赤とんぼ〕に乗せてあげましょう」などと言われる可能性もある。残り時間を考えて、無いに等しいとは分かっているけれど。
糞は藁と混ぜ合わせて発酵。肥料として使う。それが前世の常識だったし、ここライズ世界でも同じだった。ほんの50年前までは。
「文句を言っても仕方ありません。もしあれが無かったら、私も兄さんも出会ってないんですから」
マリアの言葉はもっともで、隼人も頷かざるを得ない。
「そりゃそうだ」
日本人が皇帝熱の原因を突き止めなければ、ダバート王国と大日本帝国の友情はありえなかった。純ダバート人のマリアは、日系人の隼人とも出会えなかっただろう。犠牲者には申し訳ないが。
そうは言いながら苦言するマリアが一番不機嫌そうだ。作業服にべったりついた糞が嫌でしょうがないと言った
皇帝熱。それは50年前ライズを恐怖に陥れた伝染病の名前である。大国ゾンムの皇帝ですら生き永らえなかった病魔に人々は戦慄し、総人口の1割が死亡したと言う学者も存在するほどだ。
パニックになったダバート国民は神殿に集い、竜神に祈った。
そして加護は与えられる。当時小さな漁村だったゼタン市の上空に、異世界へ通じる扉――「門」が現れたのだ。その先にあったのが、日清戦争を切り抜けたばかりの大日本帝国。父の祖国だ。
彼らはなけなしの資金で大規模な医師団を派遣し、皇帝熱がワイバーンの糞を介して広がる事を突き止めたのだ。手の施しようが無かった伝染病はようやく終息に向かう。
ダバート国民は王族・貴族・果ては平民に至るまで、日本人の温情に涙する。日露戦争では恩返しと称し、これらの人々がこぞって義勇兵に志願し……と言った感じで、両国の友好は今でも続いているわけである。
問題は、ワイバーンの糞だ。
今まで普通に転がしてあった物が、ある日突然病原菌の温床だと認定されてしまったのだ。糞を加工した肥料の重要性を考えれば、もはや使用を止めるわけないはいかない。さりとて代替の肥料は見つからないし、そもそも物流に必要なワイバーンを無くすこともできない。
結果、隼人たちが苦労してやっているような作業になる。
糞をリアカーに乗せた巨大容器にスコップで放り込み蓋をする。それを倉庫に運んで密閉。その繰り返しである。あとは業者のトラックが容器ごと引き取り、安全管理された工場で肥料に加工する。
正直面倒くさいし、肥料の加工費が価格に乗って穀物や野菜が高くなるが、病気になるよりマシ。そう考えるのが現代のライズ人である。
「あなたたち、手を動かしなさい。時間内に終わらなくなるわよ?」
振り返って苦言してきたのは、黙々と作業していたエーリカである。
軍隊と言うお仕事は、「今日は全部出来なくて残念だけど、また明日があるから良いよね?」とはいかない。偉い人がやると言えば、朝までかかってもやらなければならない。少なくとも、建前は。
「なあ、エーリカはこのまま竜騎兵になるのか? それともやっぱり飛行機のパイロット?」
彼女の手がピタリと止まった。隼人としては脈略の無い質問だったが、ごまかしたり嫌味を言ったつもりはない。ただ本当に気になったのだ。
しかしやはり、不味い事を言ってしまっただろうか?
「別に、どちらでもいいわ。祖国の役に立つならね」
それは、建前論だった。軍隊でも
隼人もまた
「なんで? 大事な事だろ? わくわくしないのか?」
彼女がぎゅっと歯を食いしばった。
つい意地になって余計な事を言ってしまった。数十秒前の自分を叱責しても後の祭りである。
彼女は肩を怒らせ、食って掛かる。
「あなたは良いわよね!? お気軽に士官学校に来て夢だ飛行機だって! でも貴族や王族はそうはいかない! 与えられた大いなる義務を果たさなければ存在意義を失うのよ!」
おろおろとする周囲の学生たちと、むっとした様子のジャン。そして何故か半眼で静観するマリア。
次の言葉を告げるのには、流石の隼人も一瞬躊躇した。もしかしたら決定的な一言かも知れない。相手の大切な部分に踏み込むかも知れない。
それでも結局言ってしまったのは、今後彼女と付き合う上で、避けて通れない気がしたからだ。
「お前の存在理由は、お前が決めれば良いんじゃね?」
何かを叩きつける音がした。
彼らはそれが、ショベルを力いっぱい台車に叩きつけた音だと知る。
やはり言うべきでは無かったか。謝罪しようとしたが、彼女はそれすら許さなかった。
「……話にならないわ。私はこれを倉庫に収めてくるから、残りを進めておいて」
彼女は手伝いを申し出る声を振り払い、リアカーを引きずって行ってしまう。
声をかける余裕さえ貰えなかった。
「あー、やっぱ言うんじゃなかったなぁ……」
軍手が汚れていなければ頭を掻きむしっていたところだ。自分の迂闊さを呪うしかない。
「たぶん兄さんが悪いんじゃないです。むしろ、いい仕事をしたのかも知れませんよ」
ふと、マリアが言った。
「えっ?」
どういう事だろう。尋ねようとした言葉は、発せられることは無かった。ジャンが先に口を開いたからだ。
「あのさ、もしかしたらだけど……」
ジャンは不思議そうに告げる。マリア以外の学生たちはぎょっとした。
それは、先ほどまでのエーリカの態度とは、真逆のものだったからだ。
「すれ違いに顔を見たけど……。彼女、笑ってたよ?」
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