第12話「素性」

”マリアを義妹扱いしていたものの、昔からしょっちゅう怒られている感じです。士官学校でも何だかんだでフォローしてくれていたのは彼女でしたね”


南部隼人のインタビューより




「一体いつになったら鳴りを潜めてくれるんですかね? 兄さんの迂闊さは」


 今日も義妹の苦言に胸が痛い。胃も痛い。

 いつもすまんなと開きかけた南部隼人の口は、続く叱責ですぐに閉じられた。


「そこ、ステップが逆です」

「……容赦ないな」


 隼人は手順を確認するように一度ステップを踏む。ダンスと言うものは優雅なイメージがあったが、はっきり言ってこれは柔道と何ら変わりはない強度である。


「もう一度お願いできるか?」


 隼人の手を取るマリアは無言。圧が怖い。

 とは言え、彼女は理不尽に拗ねる事はあっても、理不尽に怒る事はまずない。

 故にそう言った場合の多くは、自分に問題がある。

 

 士官学校での生活がとにかく時間に追われる事は痛感しているが、抜け穴は存在する。

 ひとつ目は土曜日の半休。もうひとつが毎日の「自主教練」だ。


 名前の通り苦手な実技系科目を選択し、自主的に訓練を行う時間である。「自主的に」とは言っても「自主的ならやらなくてもいい」と言う選択肢は、当然のごとく存在しない。

 自主学習の口実で施設を押さえてしまえば、多少の相談や世間話をしながら訓練を行うことは可能なのだ。


 もちろん、情報の出どころはコンラートである。


「兄さんをフォローするのは慣れてますが、私がいない時にポロっとやっちゃったら知りませんよ?」


 マリアの口調は、いつになく厳しい。

 隼人は、空を見ている。だから小さな石ころにも足を取られてしまう。代わりに足元を確認してくれるのがマリアだ。自分だって空を見上げたいだろうに。


「だけどさあ、やっぱり何か出来ないかって思っちゃうんだよなぁ」


 分かってはいるのだが、自分の”前世”について沈黙し続けると言うのはいかがなものだろう?

 国際情勢はきな臭いし、このままだと核兵器を頂点とした大量破壊兵器が次々開発されることになる。それを座視して、故郷の母や目の前の義妹にもしものことがあれば……そう思うと、居ても立ってもいられない気持ちにもなる。

 苦しむ人がいるのなら。未来の知識があるのなら。それを使って何とかするのも転生者・・・の役割だと思うのだ。

 だが、マリアはやはり容赦ない。


「それで狂人扱いされるんですか? もしオールディントン領でそんな話を吹聴していたら、お父様は二度と私と兄さんを会わせなかったでしょうね」

「……それは、分かってる」


 マリアの父オールディントン公爵は、隼人をえらく嫌っている。娘を怪しい趣味に誘って連れまわしていればそうなっても仕方ない。

 いつかちゃんと話が出来たらと思うが、マリア曰く、「身分差もあるし、父の性格から言ってありえない」そうだ。


「なら、自重してください」


 マリアは即座に切って捨てた。これ以上は何も言えまい。口が悪いながら、いつも気遣ってくれる義妹いもうとには。

 焦っている自覚はある。何を成せばいいのかは分からない。だが、何かを成さねばならない。


 さもなくば、この世界は消えてしまうのだ。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 前世の名前「シュン」を思い出した・・・・・のは、マリアとリッキーの3人でうそぶき山を探検し――そして竜神と出会った時の事。


 竜神は、南部隼人に告げた。


『シュン、いや隼人。君は私が魔法を教えた”鍵の民”の生まれ変わりなのだ』


 朦朧とする意識の中で、隼人は知らされた。鍵の民――竜神が自ら魔法を教えた200人の弟子。隼人はその生まれ変わりだと言う事を。

 そして乞われた。訪れつつある破滅から、ライズこの世界を救ってほしいと。

『厄災は、空からやって来る。君は転生を繰り返すうち、高い航空技術を持った時代を生きた。君が受け入れてくれるなら、その記憶を使ってライズを救ってはくれないか?』


 隼人は承諾する。それで空へ近づくことができるなら。そして、大切な人たちが不幸に遭う事無く過ごせるのなら。


 そして竜神は、隼人に前世の記憶を与えた。情報の濁流が脳髄を走り抜け、そして思い出した。


 令和の日本。

 家族、共に歩んだ相棒。

 そして、空への憧れ。


 ああ、自分はきっとこの為に……。

 もう一度、翼を得るために――。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 そうして彼は、様々な未来知識を”思い出した”。残念ながら鍵の民としての記憶の方は茫洋としているが、これもいつか蘇るかもしれない。


「で、第一目標である士官学校には入学できたわけですけど、その後竜神様は何と?」

「……まだ連絡がない。そもそもリッキーとパフがいないとなぁ」


 マリア・オールディントンは思案した。


 リッキーは嘯山でばったり出会い、行動を共にした少年だ。彼もまた、2人と同じように竜神の願いを託された1人。

 そして同じく嘯山でばったり出会ったパフは小さな幼竜。竜神と自分達を繋ぐアバター、連絡役のようなものだ。

 つまり、竜神と連絡を取るには、パフがいる。もしくは3人とパフが全員そろわなければ不可能なのかもしれないのだ。


 リッキーはパフを引き取り、彼らは別れた。士官学校で合おうと言う約束を残し。

 士官学校では竜を使い魔として持ち込むことは認められている。彼が入学していればパフとも会えるはずだ。そうすれば、竜神と接触して指示を仰ぐことも出来るかも知れない。


「懐かしいなぁ。早く会いたいなぁ」


 兄は無邪気に再会を夢想している。人の苦労も知らずに。

 そもそも、あの時出会ったリッキーは、相当に脳筋であった。超高難易度の入学試験を突破しているとは限らない。

 マリアの勘が正しければ、その点多分大丈夫ではあろうが。


「リッキーの事はとりあえず任せてください。動きがあれば報告します」


 隼人は神妙に頷く。

 人を素直に信じられるのがこの義兄の美徳だ。だが、迂闊過ぎ隙が多すぎであるのは決してそうではない。むしろ悪徳。

 今後も指導監督させてもらうつもりだ。


「とにかく! 兄さんの言動は色々怪しすぎます! ちゃんと気を付けてください!」

「分かったよ」


 義兄あには頷いた。ぐうの音も出ない正論をぶつけられたのだから当然だ。

 本当に反省したかは怪しいが、多分問題意識は持ってくれただろう。


 うんうんとやり遂げた顔でいたから、隼人の返答は不意打ちだった。


「ところで、お前エーリカと何かあったの?」

「……何かって、何です?」


 隼人との付き合いは長いのだ。自分が図星を差された事は見破っている。違和感の正体を確かめるような彼の表情が告げていた。

 

「だって、色々言ってきたのはヴィクトルも同じなのに、エーリカにだけ突っかかったじゃないか」

「それは……」


 正直、良くわからない。

 彼女の事を調べるつもりになったのは、ついさっき二次会での事。それまではノーマークだった。それまでは何だか小うるさいおっぱいさんだと思っていたが。まあ確かに悪印象は持っていなかった。


 妙にいらいらした理由は何だろうか? どうにも座りが悪い。


「お前が他人に入れ込むのは珍しいけどな。案外いい友達になれるんじゃないか?」

「……そうですね」


 マリアは生返事を返した。追及の言葉がどうにも煩わしい。とにかく、これ以上は触れてもらいたくない。

 隼人もそれを読み取って、これ以上話題を振る事はなかった。


 彼女が違和感の正体を知るのは、もう少しだけ後の事になる。

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