第22話「自業自得の侵入者」

○二一六まるふたひとろく

竜舎にて竜が騒ぎ出したため、念のため再度の巡回を行った所、倉庫の一角で魔晶石の粉が撒き散らされている状態を発見。使用者の不用意な扱いが原因とみられる。

備品の取り扱いにより慎重を期すべきだと上申を行う”


当直の教官の日誌より




 錆びかけた蝶番がギギギ……と声を上げ、4人の侵入者は訪れた。彼らは本来睡眠をとっていなければならない身。だが大義の為にはルールなど些末な問題。エーリカを助けるため、彼らは侵入者となる。

 そう、面白そうなどと言う不純な動機など、何処にもないのだ。


「人の反応は?」


 南部隼人が問う。義妹は探知魔法で慎重に周囲を警戒しながら、言った。


「ありません」


 マリアの報告で、隼人、ジャン、コンラートの緊張の糸は弛緩する。どうやら今日は、お仕事日和のようだ。


「この時間見回りは無いからな。次の巡回までゆっくり探せるぜ」


 そう、ここは士官学校の倉庫。昨夜ガストン教官から借り受けた・・・・・鍵を使い、明日の補習訓練で使用するモノを借り受けに来たのだ。


「じゃあマリア、見張りを頼むわ」

「分かりました兄さん」


 マリアは承諾して、開いたドアに隠れて探知魔法を展開する。

 男性3人は頷きあうと、懐中電灯を頼りに奥へ奥へと入って行く。


 士官学校の倉庫は、学校の体育館程のレンガ造りの建物である。軍人養成校だけあって、小銃などは割と身近な存在であるのに対して、弾薬の方はかなり厳格に管理されている。


 その他普段は使用しない重火器や歴史的に価値がある古式銃や大砲。火器以外も刀剣や鎧、歴代の軍服に戦車(「タンク」ではなく「チャリオット」の方)等が無節操に押し込められている。

 その余った一角は、職員の為に貴重品置き場として提供されている。目当ての品はそこだ。

 一同は、山と積まれた貴重品の箱に沿うように目的地に向かう。


「ああ、ここに入れたらなぁ」


 コンラートが羨望の声を上げたのは、弾薬保管室の横を通ったからである。ジャンが小さく溜息を吐くが、隼人もコンラートに文句を言えた義理はない自覚はある。


「ほらほら、いいから行くよ」


 後ろ髪を引かれる様子のコンラートを追い立て、ジャンはずんずんと先を進む。


 やがて、3人は木製のロッカーが並んだ部屋にやって来る。こちらも借り受けた鍵で簡単に開いたので、手荒な事をする必要は一切ない。

 貴重品は全てロッカーの中だから、他の職員の物は手を出せないようになっている。ガストン教官もその辺の配慮をした上で、鍵を貸し与えてくれたのだろう。


「なんだあれ?」


 ロッカーの上に中途半端に載せられた麻袋があった。コンラートが後退して、懐中電灯の光を当てる。そして「うわぁ」と声を漏らした。思いっきり嫌そうに。


「これは、演習用の魔晶石のカスだな。歓迎会で使わされて酷い目にあったやつだ」


 麻袋の表示を確認したのか、コンラートは断言した。

 恐らく、慣れない学生が搬入先を間違えたか、面倒くさくなって適当に置いた物だろう。


「じゃ、じゃああの凄い痛いのが袋一杯分あるってことか? 冗談じゃないんだが……」


 隼人も、自分の声に怯えが入っている事が分かった。ジャンも入り口に向けて後ずさっている。それだけあの歓迎会は嫌な思い出だった。


「まあ落ち着け。袋が破けなければ何ともない」


 コンラートの意見で、3人の空気は落ち着きを見る。

 その通りだ、そう簡単には落ちてこないし、ましてや中身がこぼれることなど、常識で考えて・・・・・・ありえない・・・・・


「まあそうだね。とにかく目的の物を探そう」


 ジャンの一声で、3人は目的のロッカーを探し出す。やがて最下段に「ガストン・スフェラ」の名札が出てくる。中には大小様々な小箱が隙間も空けずに並んでいる。

 コンラートがしゃがみ込んで、小箱の中身をチェックしてゆく。


 やはり予想通りと言うべきか。箱の中身は全て銃だった。


「流石はガストン教官! 良いコレクションを持ってらっしゃる! これはドイツ製の〔ワルサーPPKわるさー・ぴーぴーけー〕、アメリカ製の〔ピースメーカー〕もあるぞ! おおっ! これを見ろ!〔ルガーP08ルガー・ぴー・ぜろはち〕じゃないか! こんな垂涎物のアイテムどうやって……」


 うっとりとした表情で小箱の中身をのぞき込んでゆき、遠い世界へ行ってらっしゃるコンラート。ついに我慢の限界に来たジャンが彼の方を叩く。


「そろそろいい加減にしないと……」


 さしものコンラートも、ジャンの圧に怯む。慌てて立ち上がろうとして、ロッカーに頭を打ち付ける。


「いててっ、悪かったよ。お目当ての物はあったぞ。いつも使ってる奴の大型だからな。教材として個人的に持ってると思ったんだ」


 2つの箱を手渡され、隼人は丁寧にそれを腕に乗せた。3人は頷きあうと元通り鍵を閉めて立ち上がる。後は証拠を残さず変えるだけ、だった。


 しかし隼人たちは知らなかった。雑に扱われた魔晶石の麻袋は、口を結ぶ結び目が少しずつ緩んでいた事を。コンラートが頭をぶつけた衝撃で、袋の中身が吐き出された事を。撒き散らされた魔晶石のカスは、3人を直撃。込められた痛覚刺激の魔法を発動させた。


 隼人はこの日の事を忘れない。と言うか、人生の記憶として刻まれる程の激痛だった。


 外で警戒していたマリアが、異変を察知して駆けつけた時、そこには涙をにじませながら悶絶する3人の姿があった。

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