第9話「元下士官、見舞う」
”士官学校に入って思った。
国中から集めたエリートの卵も、下士官時代に面倒を見た初年兵と変わらないんだってね。
確かに能力は高いけど、俺を含めて皆年相応の若者って感じだよ”
コンラート・アウデンリートへのインタビュー
コンラート・アウデンリートが見舞いに訪れた時、ヴィクトル・神馬はすっかり治った腕で、文庫本をめくっていた。医務室の物を拝借したらしい。エルヴィラ先輩に入れられたひびは完全に元通りだ。
魔法治療は竜神降臨以来、最も重視される技術だ。
当然ながら内科的治療もお手の物……であったのは過去の話。天罰でも下ったのだろうか? 何でもかんでも魔法で治そうとする当時のライズ人に、厄災が訪れる。
魔法に耐性を持つ新しい病気、皇帝熱が世界人口を激減させ、一時は”処理”しきれない遺体が山と積み上げられた。
そんなわけで、現代の内科治療は地球からもたらされた投薬治療が多くを担っている。
一方で外科治療は、現在でも魔法が幅を利かせている。
流石にちぎれた手足は繋がらないが、出血はたちまち止まるし傷もふさがる。過度に使用するとアレルギー反応を起こすが、けが人の生気を一晩で取り戻す。これは地球の外科治療では無理だ。
「コンラートか。あいつらの世話は良いのか?」
「あいつらはやっきになって反省会やってるよ。お前さんが面会OKになったって聞いたら、すぐに飛んでくるだろうけどな」
照れ隠しなのか何なのか、ヴィクトルは大げさに溜息を吐く。感情を吐露したのではなく、コンラートに内心の呆れを見せつけるためだろう。
「まったく、奴らは頭の中だけ義務教育を受けているようだな」
酷い言いぐさだが、笑ってしまう。
この国の義務教育は小学生まで。
しかし悪意は感じなかった。と言うかあながち間違ってはいないだろう。彼らは、
かみ殺した笑いが治まる頃には、ヴィクトルの仏頂面に懺悔するような殊勝さが加わっていた。彼は押し黙る。何か言いにくそうに
「……すまん、俺がいながら的確な戦術が取れなかった」
頭を下げる彼に思う。別に彼が悪いわけでもない。気負い過ぎだと。
過度の自負心は傲慢につながる。それを少し危惧した。
とは言え、苦言は止めておく。彼を一人の士官
ふと、気になって口を開いた。
「お前さんは日本の
自負心の強いヴィクトルは、まさに幼学出身者と言っていいように思える。
同時に自分の立ち位置に迷い、幼学組たちの雰囲気の中に今ひとつ溶け込めていない様に見える彼は、幼学組と言うには足元が緩い。
「俺は次男だからな……」
言うべきか悩んだらしい。少しだけ考え、結局は口を開いた。
「ランディや貴族組のような物言いは、
竜神教徒と異なり、日本の相続は長男が基本。彼らは幼少のころからちやほやされ、教育も優先で受けられる。その代わりに、「家」に関する一切合切の責任を背負わなければならない。
”魔法”と言う概念が相続に関わるライズとはかなり異なる考え方だ。
ヴィクトルはその兄と反りが合わないと言う。
「あの男は軍人の家系の長子だと言うだけで、万能感を得られるらしい。幼年学校から帰省した時の居丈高なふるまいは目に余った。母も妹弟も、まるで
だから自分も軍人を目指し、兄の思い違いをひっくり返してやる。ヴィクトルはそう言った。頑固一徹な彼が意外とリベラルな面を見せるのは、そんな兄を反面教師にしたからなのだなと納得する。
「でも、そう言うこだわりを持ち過ぎると足元をすくわれるぞ」
ヴィクトルは黙り込む。
彼は決して愚かではない。ないが、今の彼は孤高の道を進んでいる。それは忌み嫌う兄と同じ道に他ならないと感じた。
”家格”と”実力”の違いはあっても、他人を排除して生きている事には違いないのだ。
それにランディだって、腹を割って話せば意外に打ち解けられるんじゃないかと思っている。
「何かひとつだけでいい。肯定して見ろよ。俺たち5人なんてお勧めだぜ?」
言わんとしている事は伝わったのか。
意地にならずに向き合え。
人生の先輩からのちょっとしたアドバイスだった。それを受け入れるかは、本人に委ねるとしよう。
「ひとつ聞きたい。何故俺にこだわる? つるんで何が楽しいわけでもあるまい?」
それを聞いてしまうか。予想以上の
「そりゃもちろん、あいつらがお前といて楽しそうにしてるからさ」
ヴィクトルは息を吐いた。理解できないとでも言うように。今度の溜息はわざとでは無いようだ。彼は散々迷った末、言った。
「お前は小学校の教師か何かか?」
眉間にしわを作るヴィクトル。どうやら憎まれ口を叩いたつもりらしい。
「それ、皮肉としては面白くないぞ?」
悔しさからなのか、黙り込んでしまった。どうやら彼は、アイロニーの類は専門外らしい。逆にそれが可笑しい。
「まあ、俺だけ少し年上だからな。相談があれば言ってくれ。あ、
これ以上踏み込むのは時期尚早だろう。最終的には茶化して流すことにした。
ギンバイについて、ハヤトやジャンらは知らないだろうが、幼学卒のヴィクトルなら知っている筈だ。意味は「備品や官給品のかっぱらい」を差す隠語だ。
ラナダ独立戦争では、前線で無くした小銃のネジを盗み合った。結果装備の稼働率を落して、多くの戦死者を出したのは記憶に新しい。
故に、以後ギンバイはご法度である。
「ギンバイをする気も無ければ、お前に
言葉自体は拒絶するようだが、気分を害したような様子は無い。
ついでに気難しい気性も把握させて貰った。失礼ながら思ってしまう。こいつは「面白い」。
「まあ、俺も兄貴が死んじまったおかげで嫡男に繰り上がり当選だけどな。そのせいで嫁も、家格か魔法がそれなりな相手じゃないと選べなくなっちまったし。だがひとつだけ良い事もあったかな」
「……何だそれは?」
気になった事に他意は無いのだろう。問い返してくるヴィクトルにほくそ笑む。
「信用できる奴とそうじゃない奴の判断基準が出来たことだよ。勘が養えたって言うのかな。あいつらは面白いぞ?」
コンラートは「信用できる」とは言わなかった。「面白い」と語った。意識して言ったのではない。ただ、そちらの方が的を射ていると思えた。
「……お前は、道楽で軍隊に来たのか?」
今度の皮肉には、少しだけ考えさせられた。コンラートは立ち上がる。
「人生は道楽さ」
軍人と言うより文学者か何かの物言いだったが、自分で口に出して存外気に入った。
ふんと鼻を鳴らして、再び文庫本を取り上げるヴィクトル。話は終わりだ。
「じゃあな、良い会話だった」
コンラートも振り返り、会談は終了する。背中越しにふん、とわざとらしく鼻を鳴らす音がした。
窓の外の桜の花は、そろそろ葉桜に変わろうとしていた。
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