第59話「色々あったんですよ、色々とね」
”クラスに一人はいるじゃん。異性とか全く興味なくて、朝から晩までボール遊びしてる鼻たれ小僧。こいつ死ぬまでこうなんじゃないかと錯覚するんだけど、中学に上がった瞬間、垢ぬけて女とっかえひっかえよ”
酒の席での会話
Starring:エーリカ・ダバート
がさがさと
「
コンラート・アウデンリートは言うが、そもそも行き当たりばったりの探索行である。パフがいれば早いのだが、今日は竜舎で健康診断だ。
あれから図書館に飛び込んで、月光花の情報を手分けして調べた。蔵書量は士官学校の図書館の方が断然多いのだが、上級生に見つかって変な用事を仰せつかったら大変なので、手近な街の図書館で済ませる。着ているのは外出用の制服で、作業服や戦闘服ではないから多分汚して絞められる結果は逃れられそうにない。その辺は戦闘服でぶらついているトーマス・ナカムラが羨ましい。
「ねぇ。月光花が一杯採れたら、エルヴィラ先輩にもあげていいよね?」
「ん? ああ。いいんじゃないか?」
ジャン・スターリングが相変わらず色ボケた事を言って、南部隼人がそれを受け流した。いつもは関係性が逆なのだが。
「すっかり腑抜けてますね」
口調こそ呆れているが、マリア・オールディントンはこの上なく楽しそうだ。彼女は引っ掻き回すのも好きだが、引っ掻き回されるのを外野から見ているのもまた好きらしい。
「まさかこんなやつだったとはなぁ」
そう語るコンラートは、妙にしみじみとしている。幾ら濃密な付き合いでも、人間四ヶ月やそこらで相手を分かる事なんてできないと言うわけだ。
「ほら、早く見つけないと日が暮れちまう。頼んだぜまったく」
よりにもよってトーマス・ナカムラがヤレヤレと葉っぱをかけてくる。誰のためにやっていると思っているのか。
「ほう?」
「ヒイッ!」
ヴィクトルが低い声で聞き返したら、彼は小さく悲鳴を上げて黙ったが。
「でもこんな藪の中にあるの? 月光花ってくらいだから、月の光を浴びないといけないんでしょ」
こんな藪では、背の低い普通の花が咲けるものだろうか。不安になるエーリカに、コンラートは安心させるように言った。
「調べた地図が正しけりゃ、この辺に群生してる筈なんだ」
自信満々のコンラートに、一同は続く。
「おい、見て見ろ」
藪を押し分けたヴィクトルが、向こう側に消えた。どうやら開けた場所に出たらしい。ぞろぞろと藪から顔を出したエーリカたちは、目の前に広がる花畑を眺め。がっかりした。
「みんな雑草ね」
「みんな雑草ですね」
マリアが微妙な顔をする。目の前には、茫々と茂る雑草が広がっていた。膝まで伸びた野草たちは、たくましく蕾を開花させている。これはこれで奇麗ではあるが、もっとファンタジーな「お花畑」を期待していたのだろう。自分もまあそうだ。
「そうがっかりしたもんじゃないぞ。ほら、見て見ろ、こいつはランの花だ。ぱっと見地味だけど近くで見ると趣あるぜ?」
コンラートが茎をつまんで手招きする。花を覗き込んで、おおーと声を上げた。確かに派手さは無いが、白とピンクの落ち着いた色が、何とも可愛らしい。花弁もイチョウみたいな形が組み合わさっていて、よく見ると面白い。
「女性の事を『野に咲く花』なんて褒めるがいますけど、ずっとそれ褒め事なのか? って思ってました」
マリアが言う。だけど、これは確かに悪くない。
「俺はツユクサが好きなんだけど、この時間だともうしぼんじまったなぁ」
「え? まだお昼ですけど?」
「昼にはしぼんじまうんだよ。そこも良いだろ?」
そこが良いのかも知れないが、今見られない事は素直に残念ではある。
「でも、コンラートがこう言うの詳しいって意外かもね」
話を聞いていたジャンが言ってくる。今日一番キャラを壊したのはお前だと皆思っていると思うが。
「詳しいってほどじゃないけどな。俺の田舎特に娯楽も無いし、女の子とデートするとなるとこういうところも選択肢に入ってくるわけよ」
「ほほう、デートですか、詳しく!」
更にマリアが追撃するが、コンラートはさらりと流す。
「さあ、とっとと見つけちまおうぜ?」
「そうだそうだ! 時間がねぇぞ?」
便乗してナカムラが騒ぎ出す。ヴィクトルが大げさに咳払いしたら、またすぐ小さくなったが。
「おーい。ここにあったぞ? これでいいんだよな?」
隼人が引っこ抜いた月光草を持ってくる。コンラートはそれを受け取り、くるっと回して観察した。
「ああ、これだな。でも普通の月光花だから、使えはしないけど」
「そうか、残念。でも奇麗だな」
隼人は投げ捨てるが惜しいのか、少し迷って元の場所に埋め戻した。彼のそう言う部分は、素直に好感が持てる。
「じゃ、じゃあさ。いっそこれを赤く塗って済ませるってのは……」
全員が一斉に一瞥をくれた。ナカムラは小さくなって月光花を探し始める。
「冗談だよ。冗談だって」
ぶつぶつ文句を言いながら。がさがさと花を探しだした。
「そもそも何でこんなことやってるんだろう?」と思わないでもない。でもまあ、冒険者のチームとしてはそれなりにわくわくしているのも事実であるし、休日を一日潰す価値がある。とも思わなくもない。男は「冒険」に弱いのだ! 男じゃないけど。
「あっ、たあ! おい、これだよな!? これでおっぱいだぁ!」
ナカムラは一人雄たけびを上げる。
「いいから見せてみろ」
「……」
何故か突然、ナカムラが無言になった。近づくコンラートが立ち止まる。遠巻きに見ていたエーリカも、ナカムラの背中に妖気のようなものを感じた。
「……っぱい」
「ん? どうした?」
「おっぱいいいいいいいいいいぃぃぃぃ!!」
がばっ、いきなりナカムラが、彼に抱き着いた。胸に頬ずりしながら、意味不明な事をわめきたてる。
「なぁ、おっぱい隠すのはやめちゃおうよぉ。こんな固くない筈だろォ? 君もっと大きい筈よなァ? 良いじゃないか、約束通り持ってきたんだしちょっとくらいさぁァ」
コンラートはぐあああ、と悲鳴を上げ、隼人とヴィクトルは唖然茫然この光景を見つめている。何故かマリアは黄色い声を上げて二人を凝視しているが。
「おい! 見てないで助けてくれよ!」
我に返ったヴィクトルが、二人の方につかつかと歩いていき、ナカムラをぶっとばした。
「ぐげぇっ!」
彼はまたもや奇怪な音を吐き出し、大地とキスをする。
「俺、何を?」
鼻血を流しながらきょろきょろと周囲を見回すナカムラに、一同は微妙な顔をする。
「これ、何かの魔法だよね?」
「恐らく月光花のものでしょうが、まさかここまで強力なものがあるとは思いませんでした」
ジャンとマリアがやりとりする間、ナカムラが放り捨てた赤い月光花を観察する。赤い、と言うか緋色と言う感じの花で、他の荷花に比べて大きな花弁が特徴だ。だが、これを触ると
「見た限りですが、欲望を刺激するか、増幅する魔法みたいですね」
面倒くさい月光花を引いてしまった。しかし、これを持って帰らねば話が進まない。いや、別に進まなくて困るのはナカムラ一人なのだから良いと言えば良いのだが。
「直接触らなければ良いのなら、ハンカチで花をつまんで、袋に入れてしまえばどうだ?」
ヴィクトルの提案に、ジャンが今日初めての役に立つ補足をした。
「もっと厚手の方が良い。制服を使おう」
そう言って上衣を脱ぐと、月光花に被せた。固唾を飲んで見守る一同の前で、ジャンがすっと立ち上がり、上着を取り払った。
くるりとこちらを向いた目は、ナカムラと同じものだった。全員があちゃーと言う顔をする。上着では駄目だったらしい。
「ああ、エルヴィラ先輩! 僕を選んでくれるんですね!」
彼はおもむろに赤い月光花を取り上げ、ナカムラの目の前で跪いた。
「財産なんていりません。一緒に逃げましょう。一生懸命働くので、小さな家を買いましょう。子供は三人くらい。全員中学以上には行かせたいです。それから犬を飼って……」
「ヴィクトル。頼む。聞くに堪えん」
コンラートの感想は、彼も同じだったらしい。今日二度目の拳が振るわれた。ジャンが吹っ飛ぶ。
「え、ええと。ごめん」
腫れあがった顔を押さえながら、ジャンが謝罪する。大分手遅れであるが。
「つまりこれ。好きな人に対する劣情を刺激する魔法であると」
「劣情とか言わないでくれ」
ジャンが抗議しても、マリアの予想が正しい事は彼の醜態が証明している。
「でも、それなら対策はかんたんね!」
「そうなのか?」
敢然と宣言したら、隼人が胡散臭げに言った。失礼な。
「今好きな人がいない人は手を上げてちょうだい」
エーリカは名案を開陳し、率先して自分が手を上げた。だと言うのに、全員から微妙な笑顔が帰って来た。
「エーリカ、あなたはどこまで男の子なんですか」
「引くわ」
「もうちょっと思慮深さを身に付けろ」
散々な言われようだった。良いアイデアだと思ったのに。
「で、どうする? 一回学校に帰って、魔法対策に使えるものを取って来るか?」
コンラートの言う通り、学校にはそれなりの品がああるだろう。すりつぶした魔晶石を繊維に混ぜ込んだ袋のようなものがあれば、弱い魔法なら防ぐことが出来る。だが、隼人が待ったをかけた。
「やめとこう。持って帰るまでは良いけど、こんな物があったらそれこそパニックだ。運が無かったと思って他のを探そうぜ?」
全員が残念そうに落ちた月光花を見るが、火中の栗を拾うのは嫌だろう。誰も発言しなかったが、結論は出たも同然だった。
「じゃあ、これはどうする?」
ヴィクトルの問いかけはもっともだったが、隼人の判断は率直だった。
「可哀想だし今までの努力が無駄になるけど、悪用されないように埋めちゃおう」
「うーん、それしかないですね」
一応、花屋で園芸用の小型シャベルは借りてきた。適当に土を掘り返して、月光花にかぶせようとした時。風が吹いた。
脳天に花弁が直撃したのは。隼人とコンラートだった。隼人は気を付けしたまま動かない。コンラートはものすごい勢いで土下座する。
また厄介な事にと思ったが、次に起きたのはコミカルなアクションではなく、コンラートのすすり泣きだった。
「許してくれ
ぶつぶつと地面に向けて呟くコンラートに、いつもの軽薄さは無かった。代わりに感じたのは、罪の意識。
「お前をもらってやれなくてごめん」
ナカムラとジャンは、これからの恋愛にえらく浮かれた様子だったが、彼の言葉からは歓びは感じない。ただただ、後悔があるだけ。
「ヴィクトル、かわいそうですから」
マリアがそれだけ言う。彼の境遇がかわいそうかは判断が付かない。でもそれを晒しものにするのは、確実にかわいそうな行為だ。ヴィクトルは意を察して、コンラートを”修正”しに向かう。問題は南部隼人である。さっきからずっと立ち尽くし、うんともすんとも言わない。
「まあ兄さんですから。私が見る限り、そう言う人もいませんでしたし」
「そう言う事はわざわざ言わなくてもいいでしょ」
「あほい」
マリアは何故か楽しそうに隼人の頬をひっぱたきに行き――。
「えっ」
抱きしめられた。
「ちょっ、兄さ……」
どうやら義兄妹と言っても、この手のスキンシップは今まで無縁だったらしい。マリアは嫌がると言うより、呆然自失の様子で、されるがままにされていた。
「待ってくれ
マリアが目を見開く。エーリカもまた驚愕と言っていい感情を抱いていた。
快活で陽気だが飛行機を前にすると目の色を変える、子供のような青年。それが南部隼人と言う
「……兄さん」
マリアが再び、囁くように隼人を呼ぶ。
彼はそれに応えるかのように「みゆき」、とだけ呟いた。
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