第57話「縁は異なものゲスなもの」

”田舎から出てきて、世の中にはいろんな人がいるんだって分かったよ。軍隊ってのは、人間のるつぼだね”


とある一等兵の回顧




Starring:ヴィクトル・神馬


7月24日 午前9時23分 ラーナル市内


「うわー、不審者ですね」


 マリア・オールディントンの表情は、唖然としたと言うより、寧ろ感心している。屋台の陰に隠れて何かをうかがっている喜劇映画のような光景を、現実で見るとは思わなかった。


「どうする?」


 コンラート・アウデンリートが問うが、ああも露骨に怪しい行動をとられたら放置も出来まい。それが知り合いだったとしても。


「おい、何をしてるんだ? 兵長」


 ヴィクトル・神馬は「彼」の肩に手を置く。トーマス・ナカムラ兵長は「ぶげっ」っと奇怪な声を出してその場にしゃがみ込んだ。何かガクガク震えている。


「いつも変だけど、今日はいつにも増して変ね」


 エーリカ・ダバートの発言は辛らつだが、全員の所感を代弁していた。


「こんなところで油売っていていいのか? 仕事で来ているなら早く帰隊しろ。休みならちゃんと休んで英気を養え」

「休みだよ! 休みだから放っておいてくれ!」


 労ってやったつもりなのだが、ナカムラは脂汗を浮かべて、屋台越しに何かを見ている。きょろきょろと怪しい挙動で。ナカムラの視線を追う。そこにはこれから行くつもりの花屋があった。コンラート・アウデンリートは面白く無さそうに言い放った。


「ああそう言う事ね。どいつもこいつも、もう春は過ぎたってのに」

「どう言う事だい?」


 ジャン・スターリングの問いには答えず、彼は代わりに花屋の軒先を指さした。そこでは店員の女の子が、商品を整えている。ちょっと小柄で可愛い系の子だった。


「かわいい人ですね」


 ずばりマリアが言うと、ナカムラは再び「ぐぎゃ」っと鳴いた。


「分かりやすい奴だな」


 ヴィクトルの言葉に、何故かエーリカが胸を張った。それはもうドヤ顔で。


「今回は私にも分かったわよ!」

「俺も」


 それは何の自慢にもならない。便乗した隼人ごと切って捨てる。


「煩わしい。行くか」


 励めよ兵長。そう言い残し、その場を立ち去ろうとする。が、またマリアの悪い癖が出た。


「待ってください。これは面白……いえ助けてあげたいです」

「やめとけよ面倒くさい」


 コンラートがうんざりした顔で彼女を止める。彼は最近、色恋の話を妙に嫌がる。理由は話そうとしない。人に心を許せと言う前に、自分もそうするべきではあるまいか。


「でもそうね。彼は一緒に死線をくぐった仲間だもの」


 エーリカまで余計な事を言う。これにジャンまでもが食いついた。


「そうだね! ある意味僕と彼とは同志だ。恋する者同士、肩を組んで共に想い人を攻略しようじゃないか!」


 ……この色ボケが。すっかり自分が置かれた状況に酔ってやがる。この一言で、レックレス6による恋愛相談の実施は確定した。


「で、お前は結局彼女をどうしたいんだ?」


 一応問うたところ、回答は斜め上だった。


「……おっぱい、揉みたい」

「最低ね!」

「最低ですね!」


 女性二人が吐き捨てる。と言ってもさほど気分を害した様子はない。一周回って面白いとでも思ったか。


「じゃあこうしよう。俺たちはこれからあそこに花を注文しに行く。兵長もついてきてあの子に話しかければいいよ」


 隼人が余計な事を言う。現金な事に、ナカムラは勢いよく立ち上がり、身を乗り出した。


「本当か!?」


 その顔には珍しく感謝の色が宿っている。実際は胸を揉みたいだけだが。


「良いのか?」


 コンラートに確認するが、彼はやる気なさげに頷いた。


「大丈夫だろ。ああいう店員ってのはそう言う下心ある客をさばき慣れてるから、百戦錬磨だ。兵長が気に入らなかったら、適当にあしらって終わりだ」

「了解だ。さあ行くぞ兵長」


 ナカムラは先ほどとは打って変わって、軽い足取りで店に向かう。


「いらっしゃいませ!」


 華奢そうな女性であったが、重そうな大型の鉢を軽々と持ち上げている。花屋もまた、体力勝負であるらしい。


「大きな花束が欲しいんだ。結婚式とかで使うくらい派手な奴」

「けっ、結婚なんて……」


 隼人が花のオーダーを出しただけなのに、ジャンがもじもじし始めた。今日のこいつは駄目だ。代わりにマリアが前に出て、店員と相談し始める。その間ナカムラもずっともじもじしていた。そして全て段取りが終わり、雑談に入る。お世話になっている先輩へのプレゼントだと告げると、店員は何かを悟った様子だが、そこはプロである。無難な言葉が返って来た。


「でも、そんなに後輩さんに慕われるなんて、きっと素敵な先輩なんでしょうね」

「そうです! とっても素敵な先輩なんです!」


 社交辞令に、ジャンが前のめりで食いついた。案の定彼女は困った様子で、相槌だけ打っている。こいつは置いてくるべきだったか。


「ああ。あの店員さん!」


 兵長が動いた。ジャンを押しのけ、店員の前で直立不動になる。さあ、頼むからまともな口説き方をしてくれよ。


「お金持ちと、アレが凄い男と、どっちが好き?」


 全員が額に手を当てて、天を仰いだ。まさかここまで酷いとは思わなかった。百戦錬磨の店員だったから、嫌悪感は前に出さず、ぽかんとしている様子。


「えー。あれです。言葉足らずですみません。この人、見ての通り軍人で、射撃が上手い人の事を”アレが凄い”と言うのですよ」


 よくもそんな出まかせがすらすら出てくるなと思う。苦しいことこの上ないが。まあ確かに射撃は射撃だ・・・・・・・・・。と、こんな幼年学校仕込みの下ネタを出せば、自分も同類の誹りを受けるだろうが。


「えっと。兵隊さん?」

「と、トーマスだ!」


 きょどるナカムラを見て、店員はようやくくすりと笑った。確かにこう言う手合いはあしらい慣れてるんだろうなと思う。


「じゃあトーマスさん。『かぐや姫』ってご存じですか?」


 いきなり日本最古の物語が出てきた。日本人のヴィクトルだけでなく、ダバート人たちも頷いた。学校か何かで教わるのかも知れない。それが何を指すのか、皆分からなかったが。


「ああ。そう言う事ですか」


 マリアが何かに気付いたようだ。自分には分からないが、男女の機微に関する事なのか?


「かぐや姫はプロポーズしてくる貴族たちに、宿題を出すじゃないですか」

「ああ。稀少な宝物を持ってきた人と結婚するとかだね」


 ジャンが納得いったと手を叩く。つまりこの店員さんは、ナカムラに「お使い」をさせて、彼を試すと言っているのだ。先程の醜態を思えば信じられない前進だった。


「宝探し!? つまり冒険ね!」

「はいはい。おこちゃまは少し黙っててくださいね」


 店員はエーリカとマリアの漫才にくすくす笑いながら、頷いた。肯定らしい。


「お付き合いとかではないですよ。デートも無しです。お友達として家に招待しますから、私の家族とランチしましょう」

「本当か!? 本当に良いんだな?」


 ナカムラは食いつくが、デートをすっ飛ばして「家族と食事」と言うのに少々違和感を感じた。兵長は喜んでいるので、わざわざ口にしないが。


「じゃあ、赤い月光花を持ってきて下さい」

「月光花?」


 ピンとこない様子の隼人に、コンラートが説明する。


「月から降るマナを蓄えて青く光る花だな。それだけでも貴重で、昔は照明に使われたりしたんだが」


 月光花には稀に、赤く光るものがある。それは微弱だが何らかの魔法を使うようだ。大した力ではないが、マジックアイテムである事は変わりないので、それなりに珍重されている。とコンラートは言う。


「確か、モーサ河の中洲で時々見るって聞いたことがあるな」


 稀少なものでも、探せばあるものなら、いつかは見つかるだろう。あとは兵長殿のガッツ次第だ。だが兵長のガッツは別方向に発揮された。


「よし分かった! 俺たち・・で探してくるよ!」

「待て待て! 何で俺たちが!?」

「たのむよォ、一世一代の賭けなんだよォ」


 帰ろうとするコンラートに縋りついて、助力を乞うナカムラ。こいつ、本当にプライドが無いのが笑う。どうやら、今回も昨日の宣言に反して面倒ごとが起こったようだった。


「じゃあ、さっさと終わらせて、お昼ご飯に行こうよ」


 ジャンの宣言で探索は決定する。女性店員はぞろぞろと出て行く、ヴィクトル達に手を振って見送った。

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