第56話「片思いをダシに大騒ぎしよう」

”仲良くなるにしたがって、色んな顔が見えてくる事ってあるじゃないですか。私たちもそうだったんですけど。何というかその。予想外過ぎる部分もあって”


マリア・オールディントンのインタビュー




Starring:南部隼人


 南部隼人がジャン・スターリングに突きつけたのは、「自分の恋心を区隊全員に大公開する覚悟はあるか?」であった。この作戦・・には彼らの協力が必要不可欠。だからジャンは「恥をかく」。それが出来ないなら騒ぎを起こすのは止めておいた方が良い。


「いや、大丈夫だ。僕に告白させてくれ!」


 拳を握って覚悟を語るジャン。うん、まあかっこいいとは思う。


 マリアが早速談話室にいた面子に声をかける。彼らは一瞬「またあいつらがやらかすのか?」と言う表情を浮かべたが、隼人たちのテーブルにやってくる。で、話しを聞いたオクタヴィア・フェルナーラの感想が、以下のようになる。


「忍ぶ恋! それは素晴らし……、いえけしからんですわ!」


 いつ好きになったのか? 何処に惚れたのか? 根掘り葉掘り聞いてくる元貴族組筆頭。ナタリア・コルネが大げさに溜息を吐いた。


「なあ。こいつこんな奴だっけ?」


 小声のコンラートがずばっと失礼な事を聞いてくるが、誰もたしなめない。


「ええ、そうよ。残念ながら」


 首肯したのは、何故か疲れた様子のエーリカである。何があったんだろう?


「オクタヴィア。落ち着くであります。こう言う事に関わるべきではないであります」


 ナタリアが彼女を制止するが、オクタヴィアはそれをさらっと流した。


「仕方ありません。あなた達がどうしてもと言うのなら、私が指導監督して差し上げましょう」


 彼女の親友は、二度目の溜め息を吐く。


「私たちも良いよね? ランディ君」


 いきなりカナデ・ロズベルクが承諾の意を伝える。勝手に結論を出されたランディ・アッケルマンは、何言いやがるんだと言う顔で彼女を見た。


「何故お前が決めるんだ?」

「まあまあ」


 もっともな抗議だったが、カナデはにっこり笑うだけ。ランディは待てを命じられたわんこのように、不承不承黙る。


「あの二人、何があったんだ?」

「仲悪いより良いんじゃないか?」


 訝し気なコンラートにさらっと返したら、呆れ顔のマリアにやれやれされた。


「兄さんはまあ、そう言う人ですよね」


 そう言う人とはどういう人だろう? 考えたが答えは出なかった。義妹は時々変な事を言う。


「みんな。迷惑をかけるのは分かってる。でも、どうしてもこのままじゃ駄目なんだ!」


 90度で頭を下げるジャンに、一同は思い思いの表情を浮かべる。共通するのは呆れと、「もうしょうがないから何とかしてやる」と言う半ばやけな気持である。


「ふん。それで俺達は何をすれば良いんだ?」


 ランディーがぶっきらぼうに言い放ち、カナデがにっこりと笑う。彼はそれを、ふんと鼻を鳴らして返した。


「隼人。もう良いだろう? とっとと済ませろ」


 ヴィクトル・神馬が面倒くさそうに催促する。勿論、自信は満々だ。


「ジャン。お前前期修了祝いの宴会で、エルヴィラ先輩に花を渡して告白しろ。七区全員の前でだ」


 ジャン始め、全員の表情が固まった。別に変な事を言っているつもりはないのだが。


「隼人、それはいくら何でも……」

「真面目にやらんか」

「がっかりです」


 エーリカ・ヴィクトル・マリアらが連続で切って捨てた。まるで隼人のメンタルがおかしくなったとでも言うように。心外である。ふざけてなどいない。


「いや、待って! それいいかも!」


 腐ってもジャン・スターリングだ。腑抜けながらも隼人の意図に気付いたようだ。


「もし人のいないところでこっそり気持ちを打ち明けたら、それがハインツ先輩にばれたとしたら?」


 隼人の問いかけに、全員が引きった笑みを浮かべた。正直考えたくもない


「想像するだけで恐ろしいですわね」


 彼は頷いて続ける。


「だろ? だけど皆が見てる中で、しかも大げさに花束なんか持って告白したら」


 全員がその光景に思いを巡らす。マリアとコンラートの口元がゆるんでいるのは、その光景を想像したからだろう。次に隼人の意図に気付いたのはマリアだった。


「そうか! 区隊全員を巻き込んで大げさにやれば、『余興でした』で言い逃れられるわけですね!」


 その通りである。あの地獄を経験して思ったが、ハインツ・ダバートと言う先輩は、厳格なだけで融通かきかないわけでは無い。仮にジャンの真意に気付いても、それ以上踏み込まなければ不問に処してくれると隼人は読んだ。それ以上踏み込めば、それこそ恐ろしい事が起きるが。


「でもエルヴィラ先輩が気付かないんじゃ、しょうがないんじゃないかしら?」


 エーリカの指摘はもっともだが、この作戦はあくまで「伝える事」であって、「伝わる事」ではない。駄目なら駄目で仕方がない。それでもマリアは首を振り言い切った。


「いいえ。あの人は気付きます。聡い人ですからね」


 何がそこまで信頼させるかは分からないが、マリアの直感もまた信頼がおける。上手く行く気がしてきた。


「衆人環視の中で告白! 浪漫ですわぁ!」

「オクタヴィアはちょっと黙っているであります」


 この二人、なんか変なキャラが付いている。面倒くさいから突っ込まないが。


「で、俺とオクタヴィアは全員に根回しをすればいいわけか?」


 ランディもいつになく協力的である。隼人は早くも成功を確信した。


「全部明かしちゃ駄目だ。わざとらしくなってバレるからな。『ジャンが凄い余興をやるから、全員で盛り上げてくれ』と触れ回ってくれ」

「なるほど、了解した」


 これで終了と思いきや。ナタリアがひとつ付け加えた。


「いきなり大きな花は手に入らない可能性があるであります。今のうちに手配しておくといいであります」


 確かにそうである。花は大きければ大きいほど良い。大げさであるほど冗談で済まされるからだ。だからすぐ手配する必要があるが、おあつらえ向きに明日は日曜日。外出が許される待ちに待った日だ。花屋は市内に何件もある。


「根回しはやっておきますから、あなた達は花を探してくるといいですわ。いいですか? 一世一代の告白なのですから、いい加減に選んでは駄目ですわよ?」


 ぐぐっとジャンに顔を近づけて、オクタヴィアは言う。なんか怖い。


「じゃあ、ちゃちゃっと言って予約してくるか。ついでに飯でも食ってこようぜ」


 コンラートが気楽に宣言し、そして付け加えた。


「今回は流石に、何も起こらんだろうよ」


 全員が顔を強張らせた。もうお前、黙れよと。

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