第55話「横恋慕ってどう思う?」
”今まで色々あったんだ。今度こそ素直に夏休みを迎えられるだろう。そう思っていたんですけどね”
南部隼人のインタビューより
Starring:南部隼人
7月23日 午後13時 士官学校談話室
夏季休暇まであと一週間!
一週間で帰郷できるのだ。故郷には教官のしごきや鉄拳も、笑顔で無茶苦茶言ってくる先輩生徒はいない。それどころか「士官候補生は郷土の誉」と褒めたたえられ、大歓迎が待っている。大人たちは酒を持って歓待してくれ、近所の子供たちは彼らの「武勇伝」を聞きにわざわざやって来る。もちろん日々の不条理に半泣きになっている話などしない。子供たちが求めているのは「英雄譚」なのだから!
隼人らレックレス6のメンバーも、そんな浮ついた空気の中にいた。土曜日午後の談話室。自然と話は休暇に向かう。
「俺は帰郷かな? どうせあれこれ報告を求められるだろうし、まあ選択肢は無いわな」
面倒そうにコンラート・アウデンリートが言えば、しかめっ面のヴィクトル・神馬が返す。
「日本は遠いからな。俺は寮に居残りだ」
「俺もそっちが良かったな。居残り組向けにイベントも開かれるって言うし」
二人もどこか浮ついている。一方の南部隼人は、別の意味でうきうきしていた。
「俺とマリアは帰郷だけど、実習の方も楽しみだな」
夏季休暇と言っても一ヶ月丸ごと休めるはずはない。前半の二週間はラーナル市内にある陸・空・海軍基地での現場実習が予定されている。「実習」と言うとまたしごかれるイメージがあるが逆である。三軍の幹部にとって、優秀な候補生は青田刈りしておきたい。結果起こるのは「接待」である。色々な装備品に触らせ、あるいは乗せてもらい、武勇伝を聞かせてもらう。そして隊内の食堂でよそ行きの食事が振舞われる。しかも小うるさい先輩方はいない。要はちょっとしたイベントなのである。
そのため候補生たちは、現場実習を含めての「夏季休暇」だと考えている。
「ちょうど甲蟲対策で
※画像はこちら
https://kakuyomu.jp/users/hagiwara-royal/news/16817139556317134004
「隼人、見て回るのは空軍だけじゃないのよ?」
「こういう時の兄さんには何を言っても無駄です」
エーリカ・ダバートとマリア・オールディントンはやれやれと聞き流す。そうは言うが冷却液を使ってエンジンの発熱を抑える液冷エンジンは、日本やダバートでようやく浸透してきたホットな技術なのである。おまけに液冷型の〔96艦戦〕は隼人の前世では試作機どまりだったバリエーション。興味は尽きないのである。
「ジャンも見たいだろ? 〔イスパノ・スイザ〕エンジン」
テンションの上がっていた隼人は、そこでようやくジャン・スターリングが一言も話さない事に気付く。そして彼は幸せどころか生気まで吹き飛びそうな、ため息を吐いた。
「どうしたんだよ? 体調でも悪いのか?」
机に突っ伏したジャンは何も言わず首を振り、そしてぼそりと零した。
「横恋慕って、やっぱりいけない事だよね」
ざわ……。一同の顔が強張った。
ジャン・スターリングと言う青年は、どちらかと言うと「お堅い」雰囲気を纏っている。正義感は強くそれを押し付けたりしないが、下世話な話は嫌うし、この手の学校につきものの
「お前、何か悪いもんでも食ったか?」
コンラートまで動揺するが、「悪い物」と言ってもここで食べるものは基本皆同じである。
「放っておいてやれ。ジャンも
突き放しつつ、ばっさりと切り捨てるのはヴィクトルである。そう言えば皆の事は気安く呼ぶようになった。
「ヴィクトルは何か知っているの?」
「知ってるが言わん」
エーリカが尋ねてもにべもない。
「ごめんみんな。大したことじゃないから忘れて」
その態度は大したことないわけがない。ヴィクトルに再度尋ねるが、彼は無言で首を振った。
「ああ。エルヴィラ先輩の件でしたか」
マリアが予想外の名前を出し、ジャンの身体がびくりと震えた。
「おいマリア」
「こんな調子だといずればれますよ。それなら話を聞いてあげた方が良いじゃないですか」
そう言われて一応は納得したのか、ヴィクトルは渋々引き下がる。
「山行訓練の仕返しがしたいの? 制服にクモでも入れてみる?」
エーリカよ。どうしたらそう言う発想になるんだ。ちょっと前までこいつも常識人枠だったんだが。無論人の事は言えない隼人は、それを口に出す事は無かった。
「なあ。エーリカって、最近どんどん発言が小学生になってないか?」
戸惑い半分面白半分のコンラートが、小声で話しかけてくる。
「あれが素なんだよ、打ち解けた証と思って聞き流してやってくれ」
それはもうさらりと流すしかない。
「それでジャンは、エルヴィラ先輩を好きになってしまったと」
本人に水を向けると、彼は思いつめた顔で頷いた。
「まったく知らなかった。気付いてやれずにすまん」
隼人の謝罪にも、ジャンは「うん」とだけ返す。上の空である。
「まあしょうがないですよ兄さん。こういう事は女の子の方が気が付きやすいものです」
「そ、そうね。女の子なら気付くわね!」
えっへんと胸を張るエーリカは、全く気付いていたようには見えない。女の勘というものを誇ったマリアだが、訂正を余儀なくされた。よりにもよって自分に一番近い同性に背中を斬られて。
「で、どうしたいんです? 別に略奪愛がしたいわけじゃないんでしょう?」
マリアはいきなり核心をついてきた。ジャンは頭を抱え、さっきまで他人事だったエーリカは顔をこわばらせた。
「それは良くないと思うわ」
彼女の心中を理解するには、その一言だけで十分だった。「真っ当でない」恋愛がいかに周囲を不幸にするかを熟知しているエーリカである。
「分かってるよ。別にどうにかなりたいわけじゃない。でもこのままじゃいけないって言う思いが強くて」
それだけ言って、ジャンは盛大な溜息を吐いた。
「エルヴィラ先輩って、お嬢様だからか所作が素敵なんだ。品が良いし。それでいて背中はたくましいし、力強い声も……」
全員が「あちゃー」と額に手を当てた。こいつ恋愛が絡むとここまで入れ込むのか。そんな感想など梅雨知らず、ジャンは呆けた表情で想い人を語っている。
「ジャン。悪いが呑み込んだ方がいい。この件はヤバすぎる。個人の感情で国策にひびを入れたら村八分じゃすまんぞ?」
いつもは茶化すコンラートも真顔で忠告せざるを得ない様子。まあ当然である。王族の婚約者を口説き落とそうと目論んだりすれば、何が起こるのか恐ろしくて想像もしたくない。
「なんだ。お前なら真っ先に面白がると思って黙ってたんだが?」
ヴィクトルの茶化すような言葉にも、彼は表情を崩さなかった。
「言うなよ。俺だって色々あるんだ。マリアも面白半分でつつくな。この件はもう終わりで良いだろ?」
「そうですね、ごめんなさいジャン」
マリアが謝罪を済ませると。コンラートがはい解散、とばかり両手を振った。
「そうだよね。みんな困らせてごめん。せめて花一輪でも渡せたらいい。そう思ってたんだけど」
週明けからの訓練は大丈夫だろうか? そもそもが「花一輪」と言う発想がもう、夢の国の住人になっている証左だと言えよう。それならばまだ穏当に花束とかの方が。
ん? 花束? 穏当?
今回ばかりは黙っといた方が良いとも思った。だがまあ思いついちゃったわけで。それに苦しむ友人も見ていられず。
「ひとつだけ手はあるぞ? エルヴィラ先輩にもハインツ先輩にも迷惑をかけなくて、かつ安全に告白する方法」
「本当!」
ガタッと立ち上がるジャン。こいつ結構現金だなと思う。
「ただし、それ相応に恥をかく必要がある。それでもやるか?」
ジャンが力強く頷いたので、隼人は全員に近く寄るように言い、胸中のアイデアを語った。
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