第60話『やっぱりこんなオチがつく』

”あすこの花屋の娘さんを口説くのだけは止めておけ。確かに美人で気立ても良くて誰かを差別したりしない。だがそういうことじゃねぇんだ”


ラーナル市、街人の忠告




Starring:エーリカ・ダバート


 レックレス6とその他一名は、ラーナル市内を花屋に向けて歩いていた。あれから微妙な空気のまま、まともな・・・・赤い月光花を探し当て、ようやく帰って来たところだ。なお楽しみにしていた昼食はお流れである。今何か食べても美味しくは感じないだろうが。


 マリア・オールディントンは、かつてない程沈みこんでいる様子。長い付き合いではないが、彼女の事は分かる。いきなり抱きしめられた事、全て知っていると思っていた隼人が別の顔を見せた事。色恋にうといエーリカも、彼女についてなら良くわかった。つまりはそう言う事なのだろう。


「なあ、マリア」


 南部隼人が話しかけようとするが、彼女はびくっと体を震わせる。それを見た彼はショックを受けたように黙り込んだ。エーリカはこれをどうしたら良いかと果てしなく悩む。こんな「冒険」しなければよかったと嘆くべきなのだろうか? いや。それはただの問題の先延ばしだろう。


「いやあ、まあ良かったな。無事回収できて。昼飯は無理だけど、なんか甘いもんでも食ってこうぜ? そう言えばこの間暴走した中央通りに……」


 一方コンラート・アウデンリートは一見いつも通り。だが妙に口数が多い。それはそれで絶不調であることがバレバレなのだが、黙り込まれるよりいくらかマシである。


 ジャン・スターリングも気まずそうだ。自分が持ち込んだ問題で、こうまでおかしくなるとは思わなかったのだろう。誰もそんな予想できないが。


 エーリカとヴィクトル・神馬はそんな中で一応外野だった。外野だから気を使いもするのだが。


「いやぁ、お前らご苦労だったな。結婚式には呼んでやるからなァ」


 空気を読まないナカムラが、無神経極まりない発言をするが、逆にそれで救われた一同である。


「そんなこと言って、まだスタートラインについたばっかりじゃないか。これから頑張らないっと」


 ジャンの忠告は真っ当なものだったが、今やナカムラの自意識はライズに浮かぶ第二の月より高い。


「いやいや。あの子は俺にいきなりチャンスをくれたんだぜ? 俺の事好きじゃなきゃそんなことしないだろ? 俺は学があるから分かるんだ」


 学は関係ないと思うが。ジャンも呆れたように適当な相槌を打つ。


「確かにまあ、一理あるけどさぁ」


 ジャンにしてみればナカムラをうらやむ気持ちがあるのかも知れない。ジャンの恋と言えば、玉砕必至の未来がないものなのだから。

 そんなこんなで、一同はぞろぞろと店に入っていった。


「お帰りなさい。どうでした?」


 店員はにこにこと笑顔を浮かべ、七人を出迎えた。おかげで表情から腹の内を読むことは出来なかった。


「ああ、苦労したぜ? ねえちゃんの為にな」


 きらーんと歯を光らせるナカムラだが、苦労したのはこいつ一人ではない。それにしても微妙なラインの課題だと思う。困難なものは何もないが、休みを一日潰す上、達成には非常に強い根気を必要とする。いい加減な気持ちで寄って来る人間を、ふるいにかけるには最適かも知れない。


「でも私たちが手伝って良かったの?」


 おかげでイレギュラーな事態にも何とか対応できたが、それはそれとして一人でやってこその課題であると言う気もする。


「どんなお友達がいるかも、審査基準のうちですので」


 お友達。それを聞いて全員が微妙な顔をする。まあ確かにお友達で間違いはないのだが。


「つ、つまり! これから俺とおっぱ……」


 先走るナカムラを待っていたのは、ヴィクトルの容赦ない肘鉄だった。彼はうずくまりながら、何でもないですと前言を撤回した。


「それにしても、こいつがそんなに気に入ったのか?」


 根本的な問題を問うが、店員はそうですねぇと首をかしげる。


「可愛い人だとは思ってますかね」


 ナカムラの顔がぱっと明るくなる。それでいいのか?


「それで、こいつと付き合うのか?」


 ヴィクトルが尋ねる。それなりの圧を以て。普段心中を読ませない彼だが、もう帰りたいと言う気持ちが、今は容易に読み取れる。


「そうですね。最後の課題をクリアしてくれたら、お友達から始めても良いです」

「まだあるのか」


 ヴィクトルの顔が露骨にうんざりしたものとなる。まあ気持ちは分かる。分かり過ぎる程。


「簡単ですよ。私の父と打ち解けてくれればいいんです」


 しゃがみ込んでいたナカムラがぴんと立ち上がり、店員の手を握った。


「なんだそんな事か! 自慢じゃないが俺は、媚びへつらうのには自信があるぜ!」


 プライドの欠片もない。口説いている女性相手にわざわざ言わなくてもいいと思うが、彼女は特に気分を害した様子はなく、楽しそうに笑っている。


「父も軍人ですから、話も合うと思いますよ?」


 軍人? 何かいやな予感がするのは自分だけだろうか? ジャン達も同じように微妙な顔をしている。そんな空気を破ったのは、店員の明るい声だった。


「あ、パパ! さっき話したとのこの人よ」


 入ってきたのはガタイのいい中年男性。頬には大きな傷を雑に縫った痕があり、どう見てもカタギではない。そして、陸軍の軍服についている階級章は。


「しょ、少佐」


 全員が直立不動で敬礼する。少佐は一人一人の顔を眺め、最後にナカムラで視線を止めた。


「やあナカムラくん。こんなところで会うとは奇遇だね」

「か、カトー少佐、これはその」

「”どの”をつけろよこのボケッ!」


 少佐の鉄拳に、ナカムラはフットボールのように吹き飛んだ。


「ヒイッ!」


 小さく悲鳴を上げるナカムラを見守るエーリカたちは、石化したように動けない。というか早くここから帰りたい。


「うちの娘を口説こうとは、随分と立派になったじゃねえか」

「いえそれは……」

「今俺がしゃべってるんだ。これだから学がねえ奴はよぉ」

「ぶへっ! ち、チクショウ、いつか殺してやる」


 ナカムラ兵長。軍隊から逃げ出したがっていた理由これか。合点がいったところでエーリカたちにはどうしようもない。と言うかガチの虐めというより、そこはかとなく漫才のような雰囲気が漂っているから不思議だ。本来は許しがたい行為だが、普段のナカムラの言動を思うと何というかその、判断力が麻痺してくる。


「パパったら、ナカムラさんの事を随分気に入っているのね」


 店員がそんな事を言い出す。もし本当だとしたら、この人には絶対気に入られたくない。


「私たち、彼を手伝って本当に良かったのかしら」


 他人事のようにつぶやくと、コンラートがやはり他人事のような返答を返した。


「さあ、それは誰にもわからないな」

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