第50話「先達たちは雛鳥の尻を持つ」

”この夏の経験があったから、6年後クーリルで絶望することなく戦い抜けた”


南部隼人の手記より




Starring:ハインツ・ダバート


 腹の底から唸り声をあげている地竜たちを視線で威嚇しながら、エルヴィラ・メレフが吐き捨てるように言った。


「本当に利口な奴らだね。まんまと追い込まれた」


 もし彼らが甲蟲を倒せば、地竜たちは脅威から解放され、今まで通りの生活を送ることが出来るはずだ。本来自分達は彼らの敵ではない。

 それを地竜たちが知っていればだが。


「また君と2人か」


 ぼやくように軽口をたたき、腰の拳銃を抜く。エルヴィラもそれに続いた。


 〔コルトガバメント〕。ジル・ボードレール教官の〔スミス&ウェッソン〕と同じ高威力の弾丸を使用する、大型のオートマチック拳銃だ。

 士官学校では2年以降、自費であることを条件に任意の拳銃を所有する事が許される。2人は早速、お揃いの〔ガバメント〕を用意した。ハインツが黒、エルヴィラが銀。子供の遊びのようなものだったが、まさかここに来て実戦で使う事になるとは。


 抜き打ちで1発ずつ。

 本来は確実に倒せるように2発撃ち込むのがセオリーなのだが、残弾が心もとない。


 銃声に驚いたのか、銃の怖さを知っているのか。6体の地竜は後ろ足で後退する。

 ハインツは銃剣を抜いて、正面の一体に突撃する。


 悲鳴のような咆哮。

 地竜の太い首に組み付いた彼は、銃剣をその目に突き立てていた。凄い衝撃とともに放り出される。幸いにも叩きつけられた場所に固い物はなかった。


「ハインツ!」


 彼の後方から飛び込んできたエルヴィラが、苦悶のあまり大口を開けた地竜の口を狙う。


 1発、2発!

 地竜は噴水のように血を吐き出しながら、勢いに任せて獣道に倒れ込んだ。


 オートマチックは、ジル教官が使うリボルバーほど誤作動が少ないわけではない。口の中に突っ込んで装弾不良ジャムを起こせば自分達は無防備だ。

 2人はそれを理解している。地竜に大きく口を開かせ、そこを狙う事にした。


 最初の1体が絶命する。

 2人に警戒心を抱いたのかもしれない。ふーっふーっと鼻を鳴らしながら、残る5体は前傾姿勢でその位置を移していく。

 ハインツ達は包囲を受けていた。

 彼らは、地竜の隙を伺うようにターゲット……弱い個体を見定める。

 背後を狙われる事を警戒した結果、その姿勢は自然と背中合わせになっていた。


「ひとつ、聞きたい事がある」


 こともなげに、エルヴィラが言う。ここは戦場、大した度胸だと苦笑する。勿論、注意がそれた様子は毛ほども感じない。


「最近、何を拗ねていた?」


 返答に困った。彼女に対してやましい事があるわけでは無いが、進んで聞かせたい話でもない。それでも、話さないわけにはいかない。もしかしたらこれが最後になるかもしれない。


「……臣籍降下する事に迷いがあった。俺は王族としての義務を果たそうと懸命になっている。なのに王城に残れず、エーリカ従妹は好き放題やっている……ように見えた」

「……ぷっ」


 あろうことか、エルヴィラは失笑で応えた。彼女なら笑うかもと思ったが、いざそうなると面白くはない。そして、それにまた拗ねている自分に気付く。


 グルルッ! と小さく唸って、地竜が2体ほど前に出ようとする。拳銃を向けて威嚇すると、相手は警戒して立ち止まった。向こうから仕掛けてくれればカウンターが狙えるが、複数体の相手は無理だ。


「それでアッケルマン君の演説アジテーションを聞いて”本分に立ち戻った”と言うわけか。君らしいかっこ悪さじゃないか」


 ぐうの音も出ない。自分はかっこ悪い行為をした。それは動かしようがない。

 だが、エルヴィラは楽しそうに笑うのだった。


「では、君にとっての”本分”とは?」


 来ると思っていた質問なので、特に戸惑いも躊躇もなかった。ただ事実を答える。


「お前と”一緒に好き勝手やる”事だな。それが結果的に大いなる義務を果たす事になる」


 エルヴィラが発砲、突撃を試みた2体の地竜のうち、1体がたたらを踏んだ。もう一体が突出する。


「ふふふ、惚れ直したよ」


 エルヴィラは肩に巻いていたザイルを引っ張り、ぐるぐると回す。そして投擲。

 脚をからめとられた地竜は、盛大に地面に突っ込む。

 ハインツは、銃を手放したエルヴィラと位置を入れ替え、暴れる地竜の口に弾丸を撃ち込んだ。最近ご無沙汰だったが、連携は衰えていないようだ。

 エルヴィラは勝ち誇った笑いを浮かべる。


「さあ、あと4匹倒してしまって、悪ガキどもを追いかけようじゃないか」


 ハインツは答えた、何度も繰り返してきた返事を。


「……いいだろう」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



Starring:ジル・ボードレール


 怒りで真っ赤になった巨大地竜の双眼が、ジル・ボードレールを見下ろす。

 流石にラナダの戦争でもこんなのには遭わなかったな。そんな事を思う。


 既に残弾は3発。一応予備はあるが、目の前のデカ物がリロードの隙を与えてくれるかどうか。そもそも、先ほどのように口の中に弾を撃ち込もうにも、まとが3mでは高すぎる。腹に撃ってみたが、こいつは鱗が無い部分でも皮膚が硬いらしい。

 かと言って攻撃が届く下半身に弱点があるかと言うと……いやある。それは相手が巨大である故に使える手だが、少々危険な賭けだ。


(まあ、危険でない賭けなど存在しないが)


 ジルは覚悟を決める。相手の懐に飛び込むタイミングをうかがった。


 先行したひよっこ6人は、しっかりやっているだろうか?

 士官を選んだ彼らの人生には、立ち向かわなければならない瞬間が必ずある。それが今と言うのはあまりに早いが、試練を受けるタイミングは竜神にしか分からない。


 自分は父親ほど歳が離れた男と結婚させられそうになり、逃げだして軍の門戸を叩いた。幸いにして支援者が見つかり、士官学校に飛び込む事ができた。

 そこには希望と挫折がはちきれる程詰まっていた。


 生徒たちは全員、彼女自身だ。今この時この季節、彼女と同じ痛みや歓びを味わっている。だから。


「誰も死なせん!」


 巨大地竜は、突撃の為に頭を下げた。この体制なら、動き回る小さい的には対応できない。

 ジルは、躊躇なく飛び込んだ。地竜の右足にしがみつき、拳銃をかかげる。


 巨大地竜が頭を振り上げ、ジルを蹴り上げた。彼女は動きに逆らわず、背面から着地して受け身を取る。鈍い痛みがした。どうやら、着地点に大きな石か何かがあったようだ。

 それでも立ち上がる彼女の視界が、地竜の蹴撃しゅうげきを捉えた。

 半身でかわして、巨大地竜の足首を抱え込んだ。


 硬い装甲を持つ生物でも、弱い部分はある。足の指と指の隙間である。皮膚が薄く普段刺激に晒される部位ではないため、痛みに滅法弱い。

 倒せはしないだろうが、追い払う事は出来るはず。


 地竜は脚で地面を叩き、ジルを振り落とそうとする。地面にたたきつけられながら彼女は今度こそ耐えた。


 バランスを崩した巨大地竜がたたらを踏んだ瞬間、ジルの拳銃が地竜の指を捉えた。

 悲鳴のような咆哮を聞きながら、彼女は跳ね飛ばされ、宙を舞っていた。


 再び衝撃。今度の痛みは後頭部だ。痛みは鈍く、さほど気にならなかった。

 しかし起き上がろうとした時、視界がぐにゃりと歪む。


「ひよっこども、今……」


 逃げ去る地竜の足音を聞きながら、ジルは呟いた。

 その意思の力に反し、彼女の思考は混濁していった。

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