第49話「早々の破綻」

”甘えていたところもあったな。まだ教官と先輩がいるって。

蓋を開けてみれば、とんでも無かったわけだが。”


南部隼人のインタビューより



Starring:南部隼人


 草や枯れ木を踏みつけないよう、ゆっくり、ゆっくりと歩を進める。何処に甲蟲や地竜が潜んでいるか分からない。音を出すのは厳禁。いつもの行進のようにさっさと移動するわけにはいかない。


 一同は獣道を踏みしめる。甲蟲までたどり着くのはこれしかないからだが、最終的に道はなくなるから、銃剣で草木を切り開きながら進まねばならないだろう。


 前衛はジル・ボードレール教官……ではなく、エルヴィラ・メレフ、ハインツ・ダバート両先輩が務めてくれる。ジル教官は後衛だ。

 彼女曰く、後ろを取られる事を防ぐため自分がやるそうだ。


 隊列の中央には、ライフル小銃を担いだヴィクトル・神馬がいる。甲蟲を仕留めるには、小銃を頭か腹に命中させる事が唯一の手段だ。そして弾丸はあと5発しかない。


 ジャン・スターリング、エーリカ・ダバート、マリア・オールディントン、コンラート・アウデンリート、そして南部隼人は、彼を守るように取り囲む。


「オールディントン君、何か探知出来たかね」


 エルヴィラが問うが、マリアは無念そうに首を振る。


「何も引っかかりません。さっきから竜鳩リュウバトが飛び回っていて探知距離が短くなっています」


 マリアの探知魔法は感度こそ最高だが、パフォーマンスにむらがある。動くものを見つける魔法だから、周囲に鳥でも飛び回っていたら。そちらに魔力を取られて探知範囲は大いに狭まる。ましてや極端に魔力を節約しながらである。

 エルヴィラは特に失望した様子もなく、探知魔法をいったん中止する命令を下した。


「魔晶石で補充したとはいえ、魔力は温存した方が良い」


 魔晶石。地中に生息する微生物がマナを浴び、魔力を蓄えたまま結晶化した稀少資源である。日本で大規模に稼働している魔導型のプラントは、石油や石炭に代わってこれを大量に使用する。

 個人が所有するにはそれなりに背伸びが必要なぜいたく品だが、持ち歩く事で魔力切れの対策になる。

 このレアアイテムを、たまたまジル教官が所有していたのだ。


 彼らはその最後の武器でマリアの魔力を補給し、隼人とコンラートの負傷を回復させた。そうしてこの遠征軍は結成されたわけだが――。

 魔晶石は革袋などに入れて持ち歩くのが普通。彼女はネックレスに加工して持ち歩いていた。彼女らしくない、華美な装飾を施した。


 あれ、大事なものだったんじゃないでしょうか?


 出発前、ぽつりとマリアがこぼし、一同は罪悪感で沈黙した。

 一度魔力を吸い出した魔晶石は、第二の月から降り注ぐマナに晒し続けなければならない。とても長い時間をかけて。それまでペンダントは、輝きを放つことは無いだろう。

 きっと隼人達に責任があるわけでは無い。それでも自分達のために、大切な何かを放り出す姿は忸怩たるものを感じさせる。


 それを聞いたヴィクトルが、ネックレスについて尋ねてしまう。彼らしくない馬鹿正直さであった。教官は彼の頭を小突く。


『貴様が心配する事ではない。今使わなくていつ使うんだ』


 そう言われれば、ヴィクトルも何も言えない。

 ともあれ、ペンダントのおかげで、彼らは体制を立て直したのだった。


「……それにしてもさ」


 隼人がふと浮かんだ疑問をぶつけた。


「何でこのメンバーになったんだろうな?」


 質問を投げかけられたジャンも、答えようがないと言う表情だった。


 本部の指揮を執っているオクタヴィアをリーダーに据える手もある。魔力回復で治癒魔法が使えるなら、ナタリアを治してコンビを組ませればいい。彼女のリーダーシップはジャンとどっこいだが、甲級の身体強化魔法がある。ランディだって総合力は高い。

 それに比べて自分達――レックレス6は得意分野にムラがある。


「分からないけど、見込んでもらってるならいいじゃないか。そこは期待に応えて恩を返さないと」


 妙に気合が入った返事だった。普段の物言いとあまりに違うので、流石に問い返した。


「何かあったか?」


 普段と違う事を指摘されたジャンは、それに気づいたのか頭をひと振りした。


「ごめん、大丈夫だよ」


 大丈夫ならいい。

 それにそろそろ私語は切り上げるべきだろう。でないと……。


「貴様ら良い根性だ。また穴を掘りたいか?」


 ジル教官のドスの利いた声と、かつて植え付けられた無限穴掘りへの恐怖に、2人は表情が凍り付いた。

 やれやれと呆れ顔を浮かべ、一言だけ付け加えた。


「優秀な者は他にもいるが、貴様らはすでに修羅場をくぐってチームワークが出来ている。個人の技量より、それを重視しただけだ」


 言うだけ言って、再び教官は沈黙する。

 だが言わんとしている事は分かった。万能な者を6人集めるだけでは連携できない。尖った者ばかりでも、既にチームとなっている者たちを選んだ方が良い。そういう事だ。

 今自分達がここに居るのは、教官の賭けによる産物である事も自覚させられたが。


 こんな思考は行軍の無駄でしかない。それを警告するように、白い幼竜が降下してくる。慌てた様子で、ぱたぱたと翼を羽ばたかせ。


「しゃー! しゃー!」


 パフを肩に受け止めたエーリカは、二、三度頷き、ジル教官に向き直った。


「前方に、何か人間大のモノ・・がいるようです」


 ここでジルは行進の停止を命じる。

 人間大……考えられるとしたら、遭難者。あるいは地竜だ。

 いかにパフであっても、ここは森が深すぎる。木の切れ間からの偵察では、詳細の判別に至らなかったのだろう。


「陽動の可能性もある。幼竜には後方も偵察させろ」


 了承したエーリカがパフを飛び立たせたとき。横合いからバキバキと何かを引き裂くような音がした。全員がそちらに視線を移す。

 そこにいたのは、3mほどもある地竜。

 その皮膚は迷彩のように緑色と茶色に塗り分けられており、木に偽装して自分達を待ち伏せていたのだ。


 地竜にこんな事ができるなど、誰も聞いた事が無い。そう思った時、襲撃者の身体がすっと赤色に染まった。こいつは自由に身体の色を変えられる!


 第二の月から降り注ぐ”マナ”。これを浴び続けると、脳で魔力器官と言う特殊な器官が発達する。これが魔法使いの生まれる仕組みである。

 そして、それは人間に限らない。長命な動物も、まれに魔法に目覚める事があるのだ。


 そしてその実例が、よりにもよって目の前にいる。


 相手が顎を開くよりも早く、ジル教官が発砲した。巨大知竜は首を一振りし、彼女に向き直った。やはり拳銃の弾は効いた様子が無い。


 ヴィクトルが小銃を肩に付けて発砲を試みる。いくら巨大地竜とは言え、小銃弾を頭に受ければ倒れるだろう。だがそれはジル教官の一喝で中止された。


「駄目だ! それは甲蟲に使え!」


 ヴィクトルは、悔しそうに唸って銃口を上に向ける。ここで大型地竜を倒しても何もならない。だが貴重な戦力が倒れても、やはり何もならないではないか。


「呆けるな! 前からも来るぞ!」


 ジルの叫びに、隼人は自分が拳銃を握りしめたまま呆然と立ち尽くしていた事に気付いた。すぐに冷静さを取り戻した6人は、獣道の先に向き直る。

 ガサガサと音を立てて現れたのは、地竜の群れ、しかも6匹も。


 何匹倒せば大人しくなるのだろう。甲蟲に追い立てられた地竜が、その周囲の地竜を追い立て、爆弾の衝撃波のように周囲に広まった事は予想が付く。

 だが、いくらなんでもこの物量はない。


 それでもエルヴィラ先輩とハインツ先輩は、6人をかばうように立ちふさがった。

 ジャンが叫ぶ。


「みんな! 先輩達を支援するんだ!」 


 挟み撃ちをかけられたのなら、片方の包囲を突破して脱出するのが肝要。後ろの巨大地竜に比べれば、前の地竜6匹の方がまだ戦闘に貢献できるだろう。

 だが、期待した回答は返ってこなかった。地竜と対峙しながら、ハインツが吠える。


「構うな! 道を空けるからそのまま駆けろ!」


 一瞬戸惑う。どう考えても全員でこの6体を倒すか、自分たちが地竜を足止めした方が良いと思える。そこまで考えて、それが不可能であると気づく。この先に進むのは、自分達でなければならない。

 ジル教官が吠えた。


「行け! 必ず追いかける!」


 もう拳銃弾がない。全員で戦って勝っても、余力がなければ意味がない。日没までの時間もない。

 それにエーリカの使役魔法。マリアの探知魔法。このふたつを欠いて甲蟲狩りは成立しない。そして、彼女ら2人が先輩達と先行しても、自分達残りの4人では地竜を抑えられない。

 自分達とジル教官の命をコストと割り切って捨て駒にしたとしても、間違いなく数体は取り逃がす。4人に減った討伐隊が、また挟み撃ちに遭おうものなら目も当てられない。


「行こう!」


 彼も先輩たちの意図を察したのか、ジャンが手を振って走る。隼人もそれに続いた。全員がこの判断を理解、納得しているかは分からなかったが、6人は獣道を蹴って駆け出していた。


「頼む!」


 地竜をすり抜けた背中に、ジル教官の声が投げかけられた気がした。

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