第24話「王女参戦」

”王女様って、「孤高」って感じで、怖い人だと思ってました。

でも私、あれからすっかりファンになっちゃって”


カナデ・ロズベルクのインタビューより



「何を悩んでいるの? 日本語?」


 雲の上の人に話しかけられたカナデ・ロズベルクは「えと、えっと」と混乱するばかり。軍人を目指しているとは思えない。そう評されるのが当たり前な程、小柄でおどおどした女学生。それが彼女だった。


 休み明け、講堂にやってきた中学組の候補生たちは、目の前の王女殿下に戸惑うばかりだった。気さくに話しかけてくる彼女は、先週までと別人だった。


「ああ、これはこことここの文章が重複するから考えなくて良いのよ」


 王女の顔と問題文を交代で見つめながら「あ、ありがとうございましゅ!」とかみかみで伝える。

 原因が日本語の問題ではなく自分にあるとエーリカは気付き、苦笑しながらその場を離れた。


「じゃあ、頑張ってね」


 エーリカは手をひらひら振って自分の席に戻る。いつも意地悪い事を言ってくる貴族組が、急に優しくなったのはどういう事だろうか。いや実際は彼女以外の貴族組も遠巻きに見つめるだけだ。

 もう一度問題に挑戦してみる。力を入れるまでもなく正解にたどり着いた。重複して通りにくかった文章が直ぐつながった。


「……すごい」


 周囲の中学組も驚いていて、皆ジャンにひそひそ尋ねたりしている。彼の方は内緒話で終える気はなかったようだ。立ち上がってパンパンと手を叩いた。


「みんな、エーリカが協力してくれるみたいだし、これからはお互い教え合わないか? ひとりで全部できる人なんて居ないだろ?」


 中学組の生徒たちは判断しかねるとばかりジャンの顔色をうかがい、隼人とマリア、コンラートはにやにやしている。


「ちなみに、私は数学とかからっきしなの。教えるのが上手い人がいたらお願いしたいわ」


 貴族組の学生が裏切り者を見るように彼女を睨みつけている。特にオクタヴィアはご機嫌斜めらしい。さほど気にしない様子のナタリアが、彼女をやんわりと宥めている。いずれにせよ紳士淑女らしからぬ態度だった。

 何人かの中学組が、何かに気付いた様子。一斉に立ち上がって、エーリカを取り囲む。


「俺、物理は良いよ? 図画も上手いかな?」

「共通語と英語は行けるんだけど、日本語がちょっと」


 何が起きているかは分からない。だけど何かが始まると感じた。


「貴族組、幼学組のみんなもそうしないか? 無理に対立するより協調した方がお互い得だろ?」


 ジャンが語り掛ける。演説でもするように。両陣営からの回答は無視だったが。


「そうか、悲しいが仕方ない。ちなみに僕は人文系が苦手でね。歴史とか好きだけど年号を覚えられない。助けてもらおうかな」


 久しぶりに面白いものを見つけたと。ジャンとエーリカに群がる中学組である。


 そうか。


 これは見世物ショウなんだと気づく。皆でエーリカ殿下を取り囲んで「仲間になろう」と言い合えば、意気消沈した中学組も活気を取り戻す。

 そんなこと無いとは思うけど、もしかして貴族・幼年組への宣戦布告――なんてことはないといいな。


 恐る恐る見る幼学組は、凄い顔で遠巻きにこちらを見ていた。睨まれて慌てて視線を外した。


 ともあれ、この日をきっかけに、中学組の状況が変わり始める。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 今度は屈しない。


 エーリカ・ダバートは気を付けをしつつ、目の前の人物を見る。目の前には3つ上の従兄がいた。


「一応、意図を聞こうか」


 ハインツ・ダバートの表情は、いつになく苦笑に満ちている。静まり返った教室で、エルヴィラ・メレフがくっくと含み笑いをした。彼女を睨みつけて黙らすと、彼はエーリカに視線を戻す。


「むしろ、何が問題かは分かりません。私は区隊の皆と協力する事にしただけです」


 エルヴィラがうんうんと頷いている。態度だけなら自分に味方してくれるようにも見えるが、単に状況を面白がっているだけのようにも見える。


「中学組ばかり相手にしていたのは?」


 ハインツの質問に思う。やはり気に食わないのはそこだったか。


「貴族組や幼学組にも声をかけました。結果的に中学組が残っただけ・・です」


 貼り付けた苦笑は苛立ちに代わる。ここまで反論してくるエーリカに驚いてもいる様子。


「それに、古い友人・・・・がいますから」


 話が核心に触れた時、ハインツの目がすっと細まる。ここからが勝負だ。


「君はまだそんな事を言っているのか?」

大切な約束・・・・・ですから」


 そうだ、大切な約束。あの日夜空で交わした、絶対忘れてはいけないもの。例え大いなる義務を前にしても、決して屈してはならない。

 義務に縛られるなら、義務を果たしたうえで好きにさせてもらう。それがエーリカであり、四銃士だ。


「思い出したんです。自分の芯になるものは、どんなに取り繕っても目を背ける事は出来ません」


 これは挑戦だ。自分を押さえつける運命との大戦おおいくさだ。絶対引く事はできない。


エリノア君の姉はどうするのかね? 父が口添えしなければ……」


 そら、いきなり大砲が来た。そしてもう答えは決まっている。自分はひるまないし、好きにさせてもらう。3人の・・・、いやもっと多くの仲間が自分にはいる。


「姉にはすこしだけ待ってもらいます。私が軍人として大いなる義務を果たし、必ず姉上を救って見せます」


 苛立つハインツの前で目いっぱい息を吸う。ここまで言ったんだ。全部吐き出してやる。


「ついでに言いますとハインツ従兄にい様、親族を利用して女性に言う事を聞かせるなんて、少々悪ど過ぎませんか? 『紅はこべ』のショーヴランみたいですよ?」


 マリアにはああ言ったが、冒険小説はまったく卒業などしていない。

 ショヴランとは小説の登場人物だ。悪政を糾弾する好漢、紅はこべを罠に嵌めようと、彼の妻を脅迫するのだ。『紅はこべ』は第10巻が発売された時、取り寄せて夢中で読んだ。


「あっはっはっは!」


 リアクションを返したのは、ハインツではなくエルヴィラであった。彼女は令嬢にあるまじき所作で涙を拭っている。


「君の負けだハインツ。確かに最近の君はかっこよくないな」


 思い当たる事があるのか、ハインツは反論しない。その代わりに問うた。大変不機嫌な様子で。


「……どうしろと言うんだ?」


 エルヴィラの扱いは慣れているのかも知れない。ハインツは率直だった。

 一方のエルヴィラも動じない。


「もう一度チャンスくらいあげ給えよ。君が勝てば今後この件はノータッチ。助けることはしない。エーリカ君が勝てば、御父上に口添えくらいはしてやり給え。これでどうだい?」


 エルヴィラが挑発的な視線を向けてくるが、迷う事は無かった。怖くなどは、無い。


「ハイッ! お願いします!」


 エーリカは自分でも驚くくらい、躊躇なく同意していた。隼人とマリアに意見を聞くことも考えない。ここで「2人に迷惑だ」なんて考えたら、結局は怒られるだろうから。

 機先を制されたハインツも、不承不承頷く。


「ではこうしよう。夏季休暇までに貴族組、幼学組、中学組の諍いを収めたまえ」


 夏季休暇までと言うと、もう2か月ない。あれだけいがみ合っている三派閥を、それだけの間で何とかしなければならない。

 だが隼人ならきっとこう考える。勝てば総取り。負けたところで後退はしてもすべて失う訳ではない。ならば勝負に出るべきだと。


 攻撃あるのみだ。エーリカは小説の登場人物のごとく不敵に笑い、敬礼すると、復唱した。


「承りました! 必ず三派閥を和解させます!」

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