第31話「幼学組の不協和音」
”倒れた学友を背負ってゴールする。そして万雷の拍手。士官学校を目指す者には、そんな生活を夢見る手合いがいる。
だが、”そこ”にたどり着くには様々な軋轢を潜り抜け、
そして、それを成したからと言って必ず一枚岩になれるとも限らない。すべては巡り会わせと、彼らの頑張り次第だ”
ガストン・スフェラ大尉の手記より
Starring:ランディ・アッケルマン
自分は、何をやっているんだろうな。
ランディ・アッケルマンは熱弁を振るう同期を見ていた。幼年学校以来の付き合いだが、今日の距離感は酷く遠い。
俺はまるで、頑迷な老人だ。
アッケルマン家の歴史は日露戦争、奉天の戦いから始まった。
義勇兵として地球に馳せ参じた彼の祖父は、武勲を上げ大きな名誉を得た。
そこまでは良かった。
朝食前に直立不動で軍歌を歌わせられる。そこから1日が始まる。家の事は全て祖父の嗜好が優先された。妹がバイオリンの演奏者になりたいと零した次の日、彼女のバイオリンは火にくべられた。ランディ愛読の科学雑誌もやられた。どちらも質実剛健に反するそうだ。
結局、祖父は自分達を支配したかったのだろう。
軍人になる事を決めたのは、手っ取り早く家を出るためだったが、自分が士官になれば家の状況も変わるだろうと考えての事でもある。
自分は祖父の轍を踏まない。そう決めた。決めた筈なのだ。
そんな回想をよそに、3人の
「やはり、最近の
「そうだ!」
拳をかざして熱弁を振るう女生徒は、ランディに続いて幼学組の中央にいる者だ。最近、何かと過激な発言をするようになっている。
正直、あまり品が良いとは言えない。こういうところが貴族組に馬鹿にされるんだろうなと、ちょっと前なら考えもしなかった事を思う。
「少々、”修正”をしてやらんといかんのではないか?」
聞いていた1人が、そうだそうだと応じる。今日の朝までのランディだったら、確実に乗った話だろう。だが今は不思議と気が乗らなかった。
午後の登山訓練で、中学組の助けで転倒を免れたのだ。登山訓練とは言え、コンベイ山のふもとを行ったり来たりするだけだったが(本格的な登山はまだ早いらしい)、それでも転倒は致命傷だ。戦友まで巻き込めば大惨事になりかねず、おかげで”修正”は厳しかった。未だに腫れが引かない。
だが、彼らは間違いなく実力の片鱗を見せた。まだまだ拙いが、少しずつ自分達に追いつきつつある。ならば、それでいいのではないか? もし彼らに力が備わりつつあるのなら、同学年同士で修正など、不遜も良い所ではないか。
「で、誰をやる?」
カナデ・ロズベルクの顔が浮かび、謎の焦りを感じる。幸いと言うべきか、彼らの挙げた名前に彼女の名は無かった。
正直、助けられたとは思っていても、偶然に過ぎないとも思っている。自分があのような貧弱な輩に負けるわけがない。様々な要因が作用して、図らずも起こった事だろう。そう自分に言い聞かせる。
だが、ともあれ。遺憾ながら助けられたのは事実だ。
ならば、認めてやるべきなのだろうか?
そんな思考は、女生徒のとんでもない意見で中止させられた。
「マリア・オールディントンをやりましょう」
何故彼女を? 魔法が使えても、殴り合いが強いタイプでは無いはずだ。
「あのお嬢様か? 確かに貴族の癖に男の尻を追いかけているのは、士官学校の品位をそこなうな」
彼女の顔を思い浮かべる。確かにあの無責任ともいえる奔放さは気に食わない。大いなる義務がありながら、南部隼人の背えに隠れてぐるぐると動き回るそれは、自分たちへの当てつけにすら見えてくる。
それが遠まわしの嫉妬である事に、ランディを含め皆気が付けない。
その場にいる4人とも思っていた。「あの家の力さえあれば」「あの魔法の力さえあれば」と。
「ランディ、さっきから黙ってるけど、何か意見は無いのかしら?」
ランディは暫し考え、首を振る。そしてゆっくりと答えた。
対象はともかく、ひとつ喧嘩を吹っかけて
「非力な相手を狙うより、強い標的を相手にすべきじゃないか? 頭であるジャン・スターリングをやった方が中学組の鼻を明かせるし、第一その方が幼学らしい」
だが、彼女らとしては、あまり面白い答えでは無かったらしい。あからさまに不貞腐れた顔をしている。
「ランディ? 臆したのか?」
臆した? 何故強い方と戦うと主張する事が臆した事になるのか?
ジャン・スターリングであれば、魔法は使えないものの身体能力は幼学組に迫る。相手にとって不足無しだし、喧嘩とはそう言うものだろう。
一方のマリア・オールディントンはと言うと、魔法と学科では天才染みた能力を発揮するが、体術は人並み、いやそれより劣る。やりあっても勝つイメージしかないが、故に彼女への狙い撃ちは幼学組のプライドに反する。
「学内の
残念ながら、臆したのは彼女らの方であるようだ。マリアのバックにある存在を気にしたのがその証拠だ。ランディは、次第に自分の熱が冷めて行くのを感じた。
「ランディ、貴様昼の事で中学組に情が移ったのではないか?」
どくん、と心臓が鳴った。彼とて学業優秀な士官学校生である。自覚していた。完全に図星である事を。あのひよっ子中学組が自分たちと肩を並べられるか。それに興味を抱いていた事を。
そんなランディを一瞥し、女生徒は軽蔑の目を向ける。
「それなら、私たちだけでやらせてもらうわ」
彼女たちは、ランディと距離を置くと、輪を作って話し合いを続ける。
どうしようか言葉に迷ったが、結局突き放す事にした。
「……分かった」
3人の背中を見て思う。憧れていた士官学校は、本当にこんなところだったのかと。
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