第10話「二次会」

”今では英雄なんて言いますが、うちの義兄は本当に世話が焼けると言うか、周囲のフォローがないと何をしでかすか分からなないような人ですから、それはもう苦労していますよ。進行形で”


マリア・オールディントンのインタビューより




「やあ諸君、今日の訓練はどうだったかな?」


 はっはっはとうさん臭く笑いつつ、模範生徒のエルヴィラが出迎えてくる。出迎えられたマリア・オールディントンら女子候補生たちはうんざりした顔をした。ここ一週間で散々な目に遭わされている。


 本日の耐久走は恐怖だった。最後尾になった候補生を、除草用の火炎放射器を持って追いかけると言う狂気の所業だった。燃料が燃えるボオォ! という音が背後からやって来るのは恐怖だった。

 除草用は威力のけた違いな軍用と違い、余程近寄らなければ対象を燃やせない。後でそう種明かしされようが、「なんだ良かった!」なんてなる筈がない。


「ん? 何か問題でもあるかな?」


 エルヴィラは普通に笑っているのだろうが、日頃の行状から何かを企んでいるようにしか思えない。

 目を付けられては大変なので、マリアも慌てて笑顔を作る。すんでのところで感情を顔に出しかけた。


「まあ、諸君らは初日の事でわだかまりもあるだろうが、私は模範生徒だから仲良くやった方が得策だよ?」


 自分でそんな事を言うものだから、ますます信じられない。


 模範生徒は、各部屋の管理を行う4年生を言う。

 各区隊は40人前後で構成され、それが男女に分かれて大部屋で寝泊まりする。女子がエルヴィラで、男子はハインツ・ダバートと言う王族である。

 1部屋20名の1年生を指導監督するために選ばれた、特に優秀な4年生。それが模範生徒である。


 ただし、この場合の「模範」は能力だけでなく、1年生のストレス管理を行う――つまりガス抜きする能力も求められる。教官のジルからはそのような説明を受けている。何かあった時、模範生徒を頼れと。


 言うまでもなく士官には必要な技能だが、日々の言動を見る限り彼女にそれがあるようには見えない。それが正直なところである。


「それで、何の御用でしょうか?」


 余所行きの笑顔が引きつっているのが分かる。

 エルヴィラもそれを分かっていたろうが、笑顔でスルーした。やっぱりこいつはコワイ。生理的でも理性的でもなく、本能的にそう思う。


「食堂へ行きたまえ。歓迎会の二次会・・・をやるぞ」


 その場にいた人間が顔を強張こわばらせる。

 初日の悪夢再びである。


(兄さん、大丈夫でしょうか?)


 早速3年生に説教を食らっていた義兄を思い出し、マリアは溜息を吐きたくなった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「では諸君! 新たな仲間たちの前途を祝して乾杯!」

「乾杯!」


 かちんと音を立て打ち鳴らされたのは金属製のジョッキだった。

 流石に飲酒はまずいらしく、中身はよく冷えたサイダーである。


「どうした? 食わんのか?」


 にやにや笑いながらエルヴィラが尋ねる。マリアたち40人の新入生は戦々恐々だ。この料理、箸をつけたら火でも吹き出すんじゃなかろうか。

 盆の上には、仕出しのものを温めたらしい陶器製のどんぶりが並べられた。副菜の味噌汁も具がいっぱいで美味しそうだ。ちなみにマリアは、日本食を食べる時は箸を使う。


 日々のあれこれがなければ、訓練明けの彼らは我先にとどんぶりの中身をかき込んだだろう。

 特に、先日の「歓迎会」の事が無ければ。


「エルヴィラ、その辺にしておけ」


 上級生の1人が、暴走するエルヴィラを窘める。

 確か、もう1人の模範生徒のハインツだった。士官学校の上級生などゴリラのような人間ばかりと思っていたが、それは1割程度に留まるようだ。彼に関しては理知的な印象を受ける。……少なくても外見は、だが。


「おっほん、すまない。誤解をさせてしまったな。先日諸君の為に用意したと伝えた御馳走は、初めから今日味わってもらうつもりだったのだ。それを取り上げたように見せたのは、あくまで士官学校の厳しさを知ってもらおうと考えた悪戯に過ぎない。そういうわけだから、今日は本当に・・・歓迎会だ。大いに食べて飲んでくれたまえ」


 安堵した新入生たちはスプーンや箸をとったり、祈りを捧げたりしているが、疑り深いものはまだ周囲をキョロキョロ見まわしている。

 マリアも警戒するのが馬鹿らしくなり、早口で竜神に感謝の祈りをしてから、どんぶりの蓋に手をかけた。


「これはっ!」


 義兄が大げさに驚いて、蓋を片手に固まっている。


「兄さん? 食べないんですか?」


 また何か変な具合に入った・・・と思い、若干警戒しながら問いかける。

 隼人とは長い付き合いだ。こう言った事は珍しくない。


「見ろマリア! こいつはカツ丼だぞ!」

「ええ、そうみたいですね」


 日本食を食べる習慣がないマリアも、カツ丼くらいは知っている。

 今でこそライズ人はウシクジラを好むが、流通が発達する前は豚や鶏が最もメジャーなたんぱく源だった。日本をはじめ地球世界の料理が入ってきてからは、ライズ風地球料理の食材としても重宝されている。


「俺の好物だったんだよ! オールディントン領に引っ越してからろくに食べられなかったけど、前世で……」


 迂闊な事・・・・を口走りかけた義兄の向うずねを、迷わず蹴り上げる。

 隼人は脂汗を浮かべながら言葉を飲み込み、緑茶を啜った。


「……つまり、ぜんぜん食べられなかったわけだ」


 わざとらしく咳払いすると、噛み切ったカツを味わい、白米を口にかき込む。

 まったく油断するとすぐこれである。とは言え、この8年ずっとフォローしてきたので、今更煩わしく感じるものでもない。


「これだよ! こういうのが良いんだよ!」

「はいはい。一人で盛り上がるのも程々に」


 そーですかと、呆れ気味にカツを口にする。

 ……なるほど、確かにこれは美味しい。味も良いが、出汁をたっぷり吸った衣と一緒に、分厚い肉を噛み切るときの贅沢感が何とも楽しい。


「なあ、気になってたんだが、お前ら兄妹って言ってるけど、血は繋がってないんだよな?」

「うん、それ僕も気になる。何で貴族のマリアと平民の隼人が義兄妹なの?」


 コンラートとジャンが、何とも無しに尋ねてきた。ただの雑談だろう。

 ハイ、その話題来ると思ってました。笑顔で肯定する。


 別に隠してもいないので詳しく話してしまっても構わないが、義兄との昔話を吹聴してしまうのはどうも抵抗がある。

 大声で言ってしまったら、安っぽくなると言うか。


 あらかじめ用意しておいた適当な言い訳を口にしようとしたとき、エーリカが目に入った。隣のテーブルで聞き耳を立てている。

 どうも彼女は、義兄あにに興味があるらしい。

 最初に会ったとき、隼人の傷を見て動揺した。その証拠に食堂で再会した時に、やはり傷について尋ねている。隼人が傷を作った経緯を知るのは自分の他にはもう1人しかいない。その後出身地を尋ねたのは、記憶と義兄の素性が一致するか確かめたかったからではないか?


 という事は、やっぱりそう言う事・・・・・なのか?


 試してみよう。

 そう思ったとき、彼女の口はグリースを流し込まれたがごとき軽快さで滑り出していた。


「私と兄さんは、魂の兄妹なのです!」


 ジャンとコンラートは顔を見合わせる、まずい話題を踏んでしまったかとばかりに。だからと言って止めてやる義理はないので無視。ここまで来たら最後まで聞いてもらう。


「あのマリア、ほどほどに……」


 ヘタレた兄が何か言ってくるが無視である


「兄さんは黙っててください!」

「ハイ、すみません」


 「コイツよえー」と言う視線を受ける義兄が少しだけ気の毒だったが、もうマリアは止まる気はない。


「兄さんは、私の家に招かれた家庭教師の息子なんです」

「ああ、なるほど。それなら身分違いなのに知り合いなんだね」


 「ふーん」と、何かの事実を反芻するようにジャンが言った。

 その言葉に、ほんの僅かな険があった事を見逃さなかったが、流す事にした。兄について自分に取り入ったとか何だとか、色々言う者は珍しくない。直ぐ誤解は解けるだろう。


「まあ、会ったときはかなり険悪でしたが」


 我ながら穴があったら入りたい。

 隼人と出会ったのは6歳の時。

 母親を早くに亡くしたマリアは家庭教師の婦人に懐いていて、その息子を妬んで煙たがっていた。大した魔法も使えない癖に、美人で優くて凄い魔法が使える母親がいるなんてナマイキと。

 自分でも可愛くないひねくれだったと思う。邪険にされても臆せず話しかけてくる隼人も隼人で、妙ちくりんな子供ではあったが。


 自分達が〝とある事件〟に巻き込まれたのは、小学生の夏だった。

マリアと隼人ともうひとり。3人は一夜の冒険行をする。


 そこで空を飛んだ。


「素晴らしい時間でした。自分が世界で一番高い場所にいる、そう思えるくらいに」


 うっとりとあの日の事を思い出してしまうマリアだったが、ジャンがそれに食いついた。


「へえ、どうやって飛んだんだい? 飛空艇? それともワイバーン飛竜?」

「えーと、それはだな……」


 狼狽えた隼人が変な反応をしそうになり、再び脛を蹴り飛ばしてやる。この義兄は性根が素直過ぎる。


「あとは、もう夢中になりました」


 自分に向き合ってくれない父や、打算でしか接してこない友人や使用人たち。決まりきった将来への不安。

 大空は、すべてを吹き飛ばしてくれた。

 気が付いたら2人はいつも一緒に行動するようになり、そして何かと気遣ってくれる隼人を「兄さん」と慕う自分がいる。


「私は必ず航空士官になって空を飛びます。もちろん、兄さんと一緒に」


 廃棄される車があれば、勝手にエンジンを解体して構造を学び、廃材でプロペラを自作しようとして怒られ。

 隼人に向けられる奇異の目は自分にも向けられるようになったが、マリアは気にも留めない。

 ただ、どうすればもっともっと高く飛べるのか。

 そればかりを考えていた。


「それにしても、”もうひとり”は何処にいるんでしょうね? あんなに『士官学校で会おう』なんて豪語してたのに」

「もうひとり? まだ義兄弟がいるのか?」


 コンラートが問う。若干混乱した風で。確かに今の話だとそう聞こえるかもしれない。別に自分達は桃園の誓いを交わしたわけではない。


「義兄弟じゃないけどな。大事な仲間だ」


 懐かしむような顔をして言う隼人。

 その彼の名は、リッキー。小学生の事なので名字すら聞いていない。

 あの日、嘯山うそぶきやまでばったり出会い、一緒に冒険をした。勇敢だが血の気が多くて、若干夢見がち。彼と別れる時、「士官学校で航空士官になろう」と約束を交わした。


 それから一方通行で手紙が何度か来たのだが、最近はご無沙汰だった。


「しかし、そんな昔の約束を信じてその彼を探し回ってたのかい?」


 ジャンは呆れた様子だが、別に探検隊ごっこに精を出したいわけではない。こちらは大真面目なのだ。士官学校に入れなかったとしても、必ず何かアクションがある筈。

 理由もちゃんとある。


「あいつは来るさ。来なくても裏切られたとかは思わんが、でもまあ心配ないだろう」


 ジャン達からは珍獣を見る目をされた。

 立場が逆なら自分もそうした。兄は普通に応援しそうだけれど。


「しかし、リッキーは今どこにいるんでしょうねー。こっちは時間が出来る度に情報を集めてるのに、向こうはこっちをまーだー見ーつーけーてくれないんでしょうかねぇ」


 こまったもんだと溜息を吐く。それはもうあからさまに。

 ちらりと向けた視線の先で、エーリカは一心不乱にカツ丼を食していた。一応は貴族らしい所作で。効いている効いている。


 そう言う事は、やはりそう・・なのだろう。

 これは良く調べなければならない。


 それはそれとして、腹が減って戦は出来ぬ。マリアは改めてカツ丼に箸を付けた。

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