第19話「みんなで補習」
”軍に籍を置く以上、やはり同期の繋がりは生き続けますね。ある意味派閥のようなものですが、同じ苦労を共にした仲間意識は、そうそう途切れる事はありません”
第25期卒業生のインタビューより
今の会話を聞かれたのでは? エーリカは一瞬そう思った。
そう思ったが、ベッドの脇にやって来た2人は何事もなかった風、と言うより何やらドヤ顔で菓子袋を差し出した。
「お見舞いだよ」
きょとんと見守るエーリカを前に、コンラートが包みを空ける。中身はコーンブレッド。アメリカの菓子だが、トウモロコシが材料だから、ライズにも直ぐに普及した。王国でもメジャーなおやつだ。
「紅茶が無くて悪いけどな。これイリーガルな品だから早く食べちゃってくれ」
「イリーガルって……」
コンラートがにやりと笑う。彼曰く、「蛇の道は蛇」だそうだ。
何か悪い事をやってるんじゃなかろうか? 不安でコーンブレッドを口に出来ないエーリカだったが、一応は合法だった。そう一応は。
「区隊にマシューってやつがいるだろ? あいつ実家がこの辺で親がよく面会に来るんだ。こっそり食べ物を土産にな。その一部を『おかず半分
「そんなお人好しな事するのは隼人だけだけどね」
士官学校では、外から食べ物持ち込みを一応禁じているが、抜け穴はある。
実家からの差し入れについては派手にやらなければ黙認されるし、なんなら教官に「日頃お世話になっていますので」と付け届け、もといお裾分けをすることでお目こぼしを得る事も出来る。
これはジル教官のようなストイックで厳格な相手には逆効果なので、見極めが必要だが。
「わざわざ私の為に?」
「こっちも打算があるからな。お前とつるむの諦めてないし」
ドヤ顔で自分の思惑を告げる隼人は、悪戯を暴露する小学生のようだ。
打算があると無邪気に明言されて、手など延ばせる筈がない。が、疑われているとは微塵も信じていないであろう隼人を目にして、何だか力が抜けた。
コーンブレッドを鷲掴みにし、頬張る。そう言えば甘い菓子などいつぶりだろう。エーリカは咀嚼する。うっかり涙など流さぬよう気を付けながら。
「あの、ありがとう。でも……」
エーリカは隼人とコーンブレッドを交代に見ながら、どう反応するべきか思案した。
もう自分と関わるな。一言言えば済む話だ。言葉に詰まって言えなかったのは何故か。そんな分かり切った事実から、目を逸らす。
煩悶は見透かされずに済んだらしい。隼人は話題を変えてしまう。
「なあ、余計なお世話だったらそう言ってくれて良いんだけどさ。今日の射撃訓練、心因性のものじゃないのか?」
身を固くする。やはり聞かれていたのか。ぎょっとしてマリアを見やるが、彼女は静かに首を振った。
2人もマリアとの話には触れず、沈黙を肯定と取ったようだ。コンラートが言葉を引き継ぐ。
「下士官時代の部下にもたまたまいたんだよ。事故を起こして銃が撃てなくなった奴。お前さんとそっくりだったからな」
銃、事故と聞いて身体を固くする。ハインツの事より、幼い隼人とマリアが浮かんだ。
本当は知られたくなかった。失望されるのが恐ろしいから。
「力になりたい。協力させてくれないか?」
無責任にも言い放った言葉には邪気が無くて。それはあの日の隼人であればきっと口にした言葉。
「……って隼人が言い出してな。まー
唖然とするエーリカに、2人は次々話を進めてゆく。
「あらまぁ」とマリアが洩らした。それはもう悪い顔で。
ノックがあって、三度扉が開く。入ってきたのはジャン・スターリングだ。その表情には僅かに険があった。いつもの穏やかな彼からすると不思議な感覚だ。
「はいこれ、射撃訓練の補習申込書」
いつになくぶっきらぼうなジャンは、放置されて黄色くなったわら半紙を差し出した。書かれているのは射撃訓練の成果を不満足に感じた者が、追加訓練を受ける制度の申し込みだった。
と言っても、うまい話はそうそうない。申請するだけでより多くの射撃訓練が受けられるなら、皆がそうする。射撃の技量は訓練で消費した弾丸に比例するからだ。誰もが射撃は上達したい。
そうもいかないのはカネである。射撃訓練は教官が付きっきりになる必要があり、弾代だって馬鹿にならないからだ。その為、必要経費の3割程度を学生自身でも負担する必要があり、それが結構な額になる。故に廃れたシステムだった。
「こいつがあれば次の休日はずっと銃を撃ってられる。皆遊びに行っちゃうから幼学組のヤジが飛ぶこともないぜ」
語るコンラートに驚きを通り越して、呆れすら感じた。そんな埃のついたシステムを掘り起こしてくるとは。
貴族組の自分だって士官学校のカリキュラムは忙しい。それなのに、そんな事まで調べ上げたというのか。
「コンラートが上手い方法を知っているみたいだから、とにかくやってみないか?」
「……と言う事だから」
隼人が笑う。あの日から変わらない顔で。ジャンがそれを引き継いで、奇麗にまとめた。
従兄からは感じなかった温かさに、一瞬心を許しそうになる。だが駄目だ。自分にその資格はないのは誰よりもエーリカ自身が分かっている。
「あの、ごめんなさ……」
「彼女は『ありがとう。みんな大好き』と言いたいようですよ」
「言ってない!」
辞退する言葉を遮って、マリアがとんでも無いことを言う。睨みつけた先には、ドヤ顔の悪魔がいた。
「まさか王室のお姫様が、目の前に救いがあるのに意地を張って受けないなんてこと、あるはずありませんから!」
安い挑発だと思う。思っているのだが……。
「……おねがい、します」
誘惑には勝てなかった。
プライドがあるからこそ、何の対策も無いまま苦しみ続けるのは違う気がした。それは大いなる義務に背く行為だ。
男ども3人は、それを聞くと既に段取りを決め始めていた。
「で、金はどうする? 結構な額になるが?」
コンラートが問題点を列挙し出し、早くも検討会が始まる。
「僕は懐が心許ないから、今回は裏方に回るよ」
ジャンを見やると、先ほどまでの複雑そうな表情は払しょくされている。何があったのか少しだけ気になった。
「俺は仕送りが来たばっかりだからオーケー」
隼人が立候補すれば、コンラートがそれに続いた。
「俺も大丈夫だ。射撃のレクチャーは俺がやらんといかんだろう?」
当然のように身銭を切る話を始める3人。彼らにとって何の得にもならない。ばかげた話である。
しかも、補習で週に一度の休日が確実につぶれるのだ。学生にとって唯一のオアシスと言える休暇をだ。
「ちょ、ちょっと待って! 何でそこまで……」
エーリカは、燃え上がった空気を、何とか冷却しようと試みる、そこまでさせられないし、そこまでしてもらう理由もわからない
話を止められた3人は、顔を見合わせ破顔した。
「だってさ……」
話を止められた3人は、顔を見合わせ破顔した。
「徹底的にやった方が面白そうだろ?」
「そうですね。同意せざるを得ません」
男どもの
彼らのお人好しぶりに眩暈すら感じた。同時に、何とも言えない懐かしさ。
ああそうか。これはあの日感じた心地よさだ。あの嘯山で、白竜を助ける作戦を練っている、その不敵な顔。全てを終えて帰還する時の無邪気な笑い。
「あの、今までごめんなさい」
エーリカの謝罪は、不発に終わった。
「えー、何か謝られるような事したっけ?」
隼人に返されて、何だか脱力した。彼は気にしないでいてくれると、心のどこかで信じていたけれど。他の皆も、一顧だにしない。
自分は、帰って来たのだ。この暖かな空間に。
そう思ったら、必死に維持してきた壁は壊れて行った。
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