第20話「2人は全然違うけれど」

”ジャン・スターリングの指揮は的確で柔軟だが、一方で気難しい一面もあった。士官学校では南部隼人が潤滑油となっていたが、実戦部隊に配属されると同時に苦労を味わう事になる。それは彼曰く最良の僚機ウィングマンを得るまで続いた”


コンラート・アウデンリート著『蒼空の隼』より




 時間は一刻ほどさかのぼる。


「なあ、何とかエーリカの力になれんかな?」


 案の定というかなんというか。ジャン・スターリングは、お人よしを発揮する南部隼人を見やった。今回ばかりは辟易したのが本音だ。


「またそれかい?」


 ジャンの僅かな不機嫌の色を察したらしい。隼人は心配げにジャンを見てくる。

 それを止めたのはコンラートだ。


「まあ、方法はあるぞ? こんな事もあろうかと調べておいた」


 流石はコンラートと、隼人は目を輝かせる。いつもなら自分も一緒になって彼の話に耳を傾けるのだろうが。

 彼は、『射撃訓練の補習』と言う聞き慣れない制度の話をする。お金さえ払えば追加で射撃訓練が受けられるらしい。

 話を聞けば訓練費はそれなりの額になる。今のジャンは昔のような極貧ではないけれど、やっぱりお金は大切なものだ。


 隼人は文句なく払うだろうし、コンラートも銃が絡むなら迷わないだろう。だけどエーリカを、貴族を助けるためにそこまでするべきなのだろうか。疑問に思う。


 エーリカだって貴族なのだ。あの男・・・と同じ。


 それならば、彼女に払う金も労力も無い。


「済まないけれど、僕は自主教練があるから」


 ジャンはそう言って席を立つ。半ば意地になって食事をかきこんだので、気持ちが悪い。気づかわし気に眺めてくる2人を見て、自分がとても汚れた存在であるかのような錯覚を覚えた。




 で、当然のごとく隼人は追いかけてくる。まあ、薄々分かっていた。おあつらえ向きに、今日の空き教室は誰も居ない。


「言っとくけど、僕は考えを変えるつもりは無いよ」


 ジャンはあくまでも自分を曲げないし、曲げるつもりはない。

 さあ帰ってくれと、手をひらひらさせる。だが、隼人もまた、自分を曲げるつもりは無いらしい。


「いや、それもあるんだけどな。お前の様子が気になったんだよ」


 その言い方はずるい。内心の抗議が伝わる筈もなく。隼人は言うだけ言うと、ジャンの隣でテキストを広げた。


「……君は、貴族の事をどう思う?」


 茫洋とした質問で、衝動的に心中のほんの一滴ひとしずくが漏れ出したに過ぎない。が、隣の隼人は随分悩んでいるようで……。


「貴族、そうだなぁ。由来とか役目とかは小学校で習ったけどさ。実感としては”偉い人”かな?」


 まあ、そんなところだろう。隼人らしいざっくりとした物の見方だと思う。


 ライズ世界において”貴族”とは、竜神に直接魔法の教えを受けた200人の弟子、その末裔であるとされる。彼らにとって「家」の概念はあるが、地球の貴族のように「血」の概念はない。

 彼らは自らの存在意義を、魔法の才能に置く。200人の弟子の子孫であれば、強い魔力を得て当然だからだ。よって、平民であろうと外国人であろうと、魔力が強ければ迎え入れる。そう言った者を当主に据える事すらあり、血筋が絶えても全く気にしない。必要なのは「血統」ではなく「より多くの優れた人間が一門にいること」だからだ。


 そんな文化のおかげで、貴族と平民のシンデレラストーリーが成就すると言った地球人が驚くような逸話に事欠かないのだが。


 とは言えエリートの中には、悪性腫瘍のように害を撒き散らす細胞も存在するわけである。そして、あいつ・・・は癌細胞だ。

 ジャンは、腹立ちまぎれに、つい余計な事を切り出した。


「最初にエーリカ殿下・・を観た時は感動したんだよ。子供一人のために命を張れる王族がいるんだって。だけど、最近の彼女ときたら……」


 一人の子供の為に街を疾走した彼女とは別人のようだ。今の彼女は貴族組のオクタヴィアに唯々諾々と従っているし、何かの苛立ちを中学組にぶつけてきても居る。ジャンの中で今の彼女は「敵」だった。


 不満を吐き出したジャンに、隼人は何と返そうか思案している様子。それなりに悩んだ後、言葉を返した。


「お前らしくないとは言わないよ。色々あったんだろうから」


 それは良いとも悪いとも言わない、ただ共感の言葉だった。賛同の言葉を貰えない事には正直残念に思った。それでも相手に寄り添う言葉を選んだのは、彼なりの誠意だと感じる。

 鉛筆を止めて、続く言葉を待った。


「だから、両方寄り添いたい」


 それは玉虫色の回答だった。だけど、ここ一ヶ月彼を見ていると、本気でそれをやりそうだと思った。だから、事情くらいは話すべきだろう。ジャンはそっと語りだす。


「僕はさ、何というか育ちが卑しいのは気付いてるだろ?」


 隼人は眉を顰める。それは当たり前のことで、自虐など聞かされて面白くは無いだろう。


「ジャンは別に卑しくは無いと思うぜ?」


 きっと、本気で言ってくれてるんだと思う。だから訂正しておく。


「うん、卑しいのは環境だけだよ。母は貧しくても誇りをもって生きてた。僕もそうありたいと思ってる」


 そうか、と。隼人は破顔して、笑い顔が硬直した。母親の話が過去形な事に気付いたからだ。


「僕の両親は、貴族の為に死んだ。父が死んで働き手が居なくなって、母も倒れた。過労だったよ」


 吐き出す事を自分で禁じていた。暗い思いはそのままでも、禁忌を解放したことで楽になった部分はあった。ジャンはそう思う。

 それでもあいつだけは絶対に許す事は無い。自分の手で仕留めて見せる。


「ええとだな……」


 隼人は言いにくそうに口を開く。返答に困る話をしていたのだから無理は無いが。


「初めに言っておくと、俺は平民だけど貴族びいきだ。母の雇い主が貴族だし、マリアとも家族みたいなもんだ」

「……マリアは良いんだ。彼女は貴族である事をひけらかしたりしないから」


 マリア・オールディントンは何処まで行っても自然体だ。自分は貴族であると言う自負心とは無縁。ただ好きな物を好きと言い、嫌いなものを嫌う。

 その生き方を羨んでいる自分も居る。

 だがその言葉は、隼人にはピンと来なかったらしい。代わりに本音であろう一言を告げた。


「ん、まあ自慢の義妹だよ。その上で言うと――」


 彼もまた自然体だ。だからこそ拒絶は怖い。


 『悪いが味方は出来ない』


 マリアを大事に思っているから、その類の言葉が返って来るかと思った。だが隼人は言った。これでもかと言う深刻そうな表情で。


「そいつ、ぶっ飛ばしたい!」


 思わず吹き出してしまった。自分ならばこいつを良いように騙す事は簡単なんだろうな。だが、それは面白くない・・・・・。それがレックレス6に加わった理由だから。


 いつの間にか、仇敵への暗い感情は何処かに行ってしまっていた。


「なあ、これ以上は言わないけど、もう1回だけ言わせてくれ。エーリカは命がけで女の子を助けようとした奴なんだ。そんな彼女があんな態度を取ったのは何か理由があるんじゃないか?」


 ……確かにそう思ったこともある。ただ、彼女は苦境の隼人に手を差し伸べなかった。あの時の態度を見て、彼女の印象は負の方向に引っ張られていた。


「もう一度、信じてみないか? 俺たち、レックレス66人の暴走野郎だろ?」


 隼人は言う。それは、その口説き方は反則だな。今の言葉を断ったら、きっと楽しくない。ジャンは暫し考えを巡らせ、やがて答えた。


「分かった。もう一度だけだけど、試してみる」


 ジャンが返答した結果、隼人は頭を撫でられた犬のように嬉々とした表情になる。尻尾があったら振っていそうだ。


「ありがとな! 早速作戦会議を……」


 はしゃぐ隼人を見て思う。南部隼人、はっきり言って変人だが、こいつといたら、4年間きっと楽しい。そんな予感をさせてくれた。


「待ってくれよ、仕送り前で正直お金が心もとないんだけど」


 どんどん話が進みそうなのを恐れて、ブレーキをかけておく。そんなジャンの態度にも、隼人は止まらない。勢いで押し切ろうとでもするかのように。


「問題ないぞ! 今回は後方部隊も必要だからな!」


 隼人のはしゃぎぶりは、教室の音漏れを聞きつけた上級生が怒鳴り込んでくるまで続いた。関係修復の代償は、それぞれ鉄拳一発ずつと、自主教練時間終了まで腕立てを延々続けさせられた事だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る