奔走編
第26話「今日も5人は平常運転であります」
”戦果を拡大させるには、反復攻撃が必須だ。一撃しただけでは敵に致命傷を与えるのは困難。その為繰り返し打撃を与えるわけだが、これには若干の問題がある。おっと、もう時間か。では次週はこの問題についてのレポートを提出してもらおうか”
ガストン・スフェラ教官、戦術学の講義より
Starring:南部隼人
教官室のドアが開く。
にゅっと覗き込んだ南部隼人は、懐中電灯を差し込み。そして上手くいったとほくそ笑む。
「ふっふっふ。今宵は泥棒日和」
続いて入室してきたマリア・オールディントンが茶化してくる。芝居がかった、と言うよりも悪乗りした様子で。
「はいはい、ふざけてないで見張りを頼むよ。気を付けてね」
続いて入室してきたジャン・スターリングが、呆れた様子でマリアを追い立てて行く。
「アホイ」
彼女はコンラート・アウデンリートと入れ違いに教官室を出て行く。何故か船乗りの挨拶を残して。
「まあまあ、レックレス6のお披露目だ。肩ひじ張らず行こうぜ」
コンラートは言う。余程この名前が気に入ったらしいが、現実は違うわけで。
エーリカ・ダバートは容赦なく突っ込む。
「ヴィクトルが居ないでしょ?」
「そのうち来るさ」
エーリカの指摘もどこ吹く風。コンラートは軽薄に答えた。
不毛な会話だと、ジャンは切って捨てる。
「ほら、コンラートが頼りなんだから、とっとと資料を見つけてくれよ」
「オーケーオーケー」
コンラートは悪びれもせず、教官室に入って行く。
その後ろ姿を見て、エーリカが眉間を押さえた。
「呆れたわ。教官をお菓子で買収して鍵を手に入れるなんて」
そうは言うものの、彼女も少しはしゃいでいるのがわかる。こういうの大好きだからな。そもそも1回目の時はエーリカも恩恵に預かっている。
書類棚を物色しながら、コンラートがとんでもない事を言う。
「確かに、ガストン教官もなかなかにチョロ……生徒思いだな」
本人に聞かれたら、腕立てを何度やらされるか。想像するだけで恐ろしい。
本当に大丈夫かコンラートに念押ししたところ、
「大丈夫だ。問題ない」
と太鼓判を押した。
中学・貴族・幼学組を一致団結させる大作戦。これを目の前にした隼人の所感は「情報が足りない」であった。貴族組や幼学組が何を頼りに中学組を見下していたのか。それを知りたい。
何しろ、自信の源泉を叩き潰すほどメンタルをやられる者はない。隼人にそこまでする気もないし、する事も出来ないだろうが。それでも相手の長所や弱点を知れば戦いようがある。孫子の兵法しかりである。
そして、「情報」を求めた先。それが教官室だった。
士官学校であっても、書類は厳重に管理される。とは言え生徒の成績は期末に発表されるため、それほど厳重には保存されていないだろう。隼人の読みである。
ここから、貴族・幼学組の突出した生徒の情報を抜き出す。後は個別に対策を立てるのみである。
ジャンが言った。今度は彼が悪乗りした様子で。
「次の”差し入れ”も考えないとね」
コンラートがくっくと笑う。
「もみじ饅頭が良いかな。あれお土産で一度だけ食ったけど、美味かった」
「いや待て、もみじ饅頭は持ちが悪い。信玄餅とかどうだ、もともと非常食だし」
「2人とも落ち着いて。お土産と言ったら
付け届けの話は、いつの間にか自分が食べたい菓子の話になっていた。
エーリカがやれやれと肩を上げる。
「あなたたち、絶対竜神様の
彼女の言い分はもっともだが、完全に自分の事を棚に上げている。気付かないのか意図的に無視しているのか。彼女ならまあ前者だろう。
そうこうしているうちに、コンラートがひとつの棚に懐中電灯を当てた。
「よし、こいつだ。鍵も簡単なもんだぜ」
彼はかちゃかちゃと道具を取り出す。
ジャンは彼の手元に光を当てながら言う。
「しかし、教官室の成績表を狙うなんてよく考えたね」
隼人も賛辞に弱い程度には今時の若者である。嬉しそうににやりと笑う。
「どうせ発表される情報なら、有効利用させてもらうさ」
そう言って隼人は、懐からあまり紙と鉛筆を取り出して、執務机に並べて行く。鬱陶しそうに積み上げられた本をよけながら。
「ここの教官誰だっけ? 整理整頓出来てないな」
「僕らがこんな事したら即処刑なのにね」
ジャンと2人でくすくす笑う。
書類は持ち帰るわけにもいかないので、要点だけ書き写さねばならない。これは一晩掛かる作業だろう。
コンラートがすっと引き戸を開いた。古いのか、ぎしぎしと音がする。
「よし、開いたぜ」
抜き取ったファイルを執務机に広げ、食い入るように覗き込む。隼人は確信した。情報こそパワーだと。
早速綴じ糸を外して広げ、1枚ずつ確認しては抜き出してゆく。
やがて、コンラートが目当ての1枚を見つけてきた。
「どれどれ、ほう。ランディの評価は意外にも……」
それを取り上げた隼人が、手早くメモ紙に書き写してゆく。
彼とジャンは処理した資料を突き返して、コンラートにお代わりを要求する。
「次、オクタヴィアとナタリアだ」
「おーけー、こいつだ」
しかしながら、好事魔多し。作業も片付いてくると、余計なやり取りも始まるわけで……。
「おっエーリカの成績もあるぜ?」
余計な書類で手が止まった。彼女の評価はムラッ気がある事は承知していたが、具体的な成績を聞いた事が無い。ついつい気になった。そう、ついである。つい。
「ちょっと! 趣旨が違うでしょう趣旨が!」
「だってさ、マリアの学科は完璧すぎて面白くないんだよ。お前はまだ謎が残ってると言うか」
エーリカは、隼人の手から成績表をひったくる。そして、コンラートに復讐を命じた。
「隼人の成績を持ってきなさい!」
「おーけー」
「いやお前、普通に承諾するなよ! 今それどころじゃないだろ」
「先に始めたのはあなたじゃない!」
「2人とも落ち着いて!」
ジャンの一言で、醜い争いは終息する。
我に返った2人が、再び作業に戻ろうとした時。
コツン。
教室の床で何かをぶつける音がした。
外ではマリアが探査魔法を使っているので、突破されることはまずない。
なので、入ってきたのは彼女自身だろう。
この時、4人は7区隊のデータを必死で写していた。
「おいマリア、持ち場を離れちゃ駄目だろ?」
隼人は書類から目を離さずに言う。手筈では小声で報告してくれる事になっているので、緊急事態ではないはずだ。
コツン。
ふたたび何かをぶつける音がした。
「マリア、だから何……」
まてよ。そこで気付く。自分達は、とんでもない油断をしていたのではないか。
「覚えておけ。見張りや
ギギギ、とさび付いた蝶番をあけるように。引きつった顔を背後に向ける4人。彼らを出迎えたのは、ジル・ボードレール教官その人だった。
右手にマリア・オールディントンを抱え、左手には何故かショベルを何本か持っている。
震え上がる4人に対し、彼女はにっこりと凄みのする笑みを向け。昏倒したマリアを目の前の執務机に放り出した。どさりと乱雑に。
「ガストン教官からの伝言だ」
ジル教官は叱責の言葉は何も言わず。ただ先輩の言葉を借りた。恐怖の一撃を。
『反復攻撃の弱点は、手の内を読まれやすい事だ。同じ作戦を2度使おうとするのは虫が良いな。罰ゲームを受けてこい』
「くっ、あのおっさ……」
悪態をつきかけたコンラート。ジャンがその口を大慌てで塞ぐ。もう間に合いはしないだろうが。
そして、ジル教官から悪魔の宣言がされる。
「お前達、練兵場へ行ってタコつぼ陣地を掘れ。掘ったら埋め戻せ。私が良いと言うまでだ」
それは、壮絶な笑みだった。
最近温情を受けていたから、この人の怖さを失念していた。この人は、あのエルヴィラ・メレフの上位互換だったではないか。
隼人が恐る恐る手を上げる。
「あの、その作業にはどのような意味が……?」
ギンッ、教官の視線に射すくめられて、隼人は後ずさる。
「発言を許したおぼえはないが?」
ここまで来たらもう積みである。侵入者たちは、自らの油断と詰めの甘さを思い知ることになった。そして、声を揃えて絶叫した。
「ハイヨロコンデー!」
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