第37話「嵐の前の静けさは……」

”みんなこの辺から気づいてくるわけだ。27期は何かある。いや呪われている。そうじゃなかったらこれだけ連続で事件が起こる筈ないんだよ”


第27期、第12区隊卒業生のインタビュー




Starring:ヴィクトル・神馬


 コンベイ山はラーナル市の南端にある標高1,000mちょっとの山である。ラーナル市民には郷土の象徴、もしくは最寄りの登山スポットとして愛されている。

 地元の学生は、よく体力作りを兼ねた遠足に訪れる。低山だが地竜や熊の生息地でもあるため、何年かに1人は遭難者を出している。

 そんな山だから、今までの山中行軍は危険の少ない北ルートで行われていた。これは街からもっとも近い山道で、起伏も少ない。いわゆる猟師や登山家ではない通常の街人は、こちらを利用する。


 今回使うのは、沢や鎖場がそこかしこに配置された南ルートである。夏山なので、水に落ちても体を温めて着替えさえすれば即低体温症と言うわけではない。ないが、転倒や滑落、そして熱中症日射病の危険は常に付きまとう。

 故に南ルートを使用するのは、熟練の登山家や猟師、訓練に訪れる軍人くらいのものである。

 と言った理由で、今までの山中行軍はあくまで初心者向けのコース。今日彼らが向かう南ルートの山頂を目指す事が出来るのは、あくまで技術と責任を持った「大人」だけだ。


 候補生たちは、山の怖さをたっぷりと教え込まれる。講師は学校が招いたベテラン猟師だ。彼らはそれだけ、万全の態勢で山に挑む。

 ちなみに、夏山の数倍厳しい冬山に挑むのは3年生になるのを待たねばならない。夏に比べて遭難の危険がぐっと増すからだ。必要な装備も、雪山の方が多く、重い。


 日本の山を登り慣れたヴィクトル・神馬は、山の怖さを思えばその位で十分だとも思う。

 八甲田の遭難事件では、火や探知の魔法を以てすら、数十人・・・の死者を出したという。

 汽車の中、向かいの席でランディ・アッケルマンが言った。


「しかし、なんだか仕組まれてるな」


 今回の南回りルートは、大人数に対応し、最も負荷がかかるルートとして選択された。彼らはいつものトラックではなく、汽車を使って南側に回り込まねばならない。大勢で移動するからだ。


「何がだ?」


 問い返したものの、問題は自分でも感じている。彼はそれを説明せず、まずは答え合わせにとランディに聞き返す。


「7区隊のチーム割がぴったりと幼学、貴族、中学で分かれてる。ここまで露骨だと怪しむのも当然だろう」


 だろうなと。今度は見解を述べず同意だけ返す。恐らくはエルヴィラ・メレフの差し金だろう。南部隼人の弁では、今日が中学組の「天王山」らしい。

 本日中学組、いや7区隊を巡る何かがあって、それを察したエルヴィラがジル・ボードレール教官にご注進。共謀して今回の事を仕組んだ。そんな臭いがする。所詮は憶測だが。


「ところで貴様、わざわざ周囲に中学組との勝負を言いまわったらしいな?」


 発言に棘が出たが、これは詰問ではなく軽い戒めである。

 ランディは周囲の幼学組に「絶対自分が勝つが、負けた時は奴らの主張に耳を傾けてくれ」などと言って回っているらしい。

 おそらくそれである。エルヴィラに事情が筒抜けな理由。


「やる以上は正々堂々と勝ちたい。それだけだ」


 この頑固さ。妙に親近感があると言うか、同族嫌悪と言うか。最近彼の言動から険が消えたと思っていたが、代わりに出てきたのはやはり幼学組の矜持のようなものらしい。


「正面突破も良いが、権謀術数を全否定するなよ? ジャン・スターリング、いや南部隼人ならそこを突いてくるぞ?」


 再度釘を刺しておく。正直、自分がこいつの為にここまで忠告するようになるとは思わなかった。


「分かってる。俺は負けるつもりはない。」


 山中行軍は、模範生徒の目が届く範囲であれば、後方の列が前列を抜くことも黙認されている。だから、今日は中学組と白黒つける絶好の機会と言える。

 そしてランディは、行軍で傷つけられたプライドを、行軍で回復したいのであろう。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



Starring:エーリカ・ダバート


「きゅーきゅー!」


 パタパタと飛び回るパフを見ながら、10歳の冒険を思い出す。まるで昨日の事のようだ。


「山登りかぁ。なんか懐かしいよね」

「きゅー」


 言葉を零した瞬間、エーリカ・ダバートは、ぎゅっと足を踏みつけられた。下手人マリア・オールディントンを睨みつけようとして、口をつぐむ。触れてはいけない話題を出したのは自分だと気付いたからだ。ついでに話し方も元通り男口調になっていた。


(まったく、気を抜くと中身が男の子になるんですから!)

(……ごめん)


 ひそひそやり合っている3人を、ジャンとコンラートが不思議そうに見ている。エーリカから見て信用できそうだと思うが、マリアはまだ早いと言う。うそぶき山の誓いはそれだけ重い。

 もちろん、彼女の判断を疑う気はない。


 再びコンベイ山を見上げる。自分達の始まりは山だった。だから、もう一度山から始めよう。


「貴様らぼやぼやするな! とっとと荷物をチェックしろ! 40秒で隊列に戻れん奴は腹筋80回をプレゼントしてやる!」


 一瞬だけ解放感に浸っていた候補生たちは、大慌てで並べた装備品を手順通りリュックに収めて行く。

 夏季の登山は冬季程多数の装備品を必要としないからまだましだ。マシだが、自分の命がかかった装備だと言われれば、何度でも点検したくなるのが人情である。


 とは言え、罰が80回と穏やか・・・なのは、点検をいい加減にして事故が起こされたりすれば大問題、と言う理由があると後で聞いた。


 そして結局、準備完了は今日も6区隊が早い。


 やがてくじで決めた3つの班の出発順と、引率者が発表される。先発する幼学組ハインツ・ダバート、先走りがちな彼らを抑えるのには適任と言える。

 最終の貴族組はジル・ボードレール教官。気位が高い彼らも、教官相手なら言う事を聞くだろう。

 そして、残る真中を行くのは、中学組とエルヴィラ・メレフ先輩である。

 彼女は、いきなり中学組に対面するなり、


「よろしく。諸君、何だか元気がないね? せっかくだからライフル小銃も担いでゆくかい?」


 とやるもんだから、たまったものではない。と思っていたら、3挺ほど持ち込んだ〔38式歩兵銃〕を適当な中学組に渡し始めた。どうやら、簡単に中学組を勝たせるつもりは無いらしい。

 それはそれとして小銃は誰かが持たねばならない。エーリカは挙手する。


「先輩! 私が志願いたします!」

「俺も持ちます!」


 名乗り出たのは、高貴なる者の義務からであって、決して小銃を触りたいわけでは無い。後から便乗してきたコンラートも同じだろう。多分。


「大丈夫、皆持ち回りで担いでもらうだけ・・だから。さて、中腹の鎖場くさりばを登る時は大変だろうけど、まあ頑張って」


 全員が固まった。この人は本気だ。

 竜神の指令とは言え、彼女を”協力者”にして本当にいいものか。普通に悩む。


「やっぱり仕組まれてるようだね」


 皆がうなだれながら出発を待つ中で、一番に立ち直ったジャンが言った。

 自分も同感である。


「貴族組と中学組を機械的に分けたなら、私は貴族組に行ってる筈だもの」


 エルヴィラ先輩がお膳立てして、3グループを配置し、さあ戦えと盤上を見下ろしている。そんな感じだ。小銃の件はフェアなやり方じゃないから、少しだけ意外だったけれど。


「当然です。あの人はあー言う人です!」


 肩を怒らせてマリアが言う。自分達で頼ると方針を決めおていてなんだが、彼女は日頃のあれこれが酷過ぎた。

 同意した隼人が義妹を宥め、そのまま動きが止まった。


「待てよ? ……そうか」


 何やら思案していた隼人が、ふっと視線を上げる。


「そういう事か。誰か地図をくれないか?」


 受け取った地図に書き込みを始める。こうなると隼人は周りを俯瞰できなくなる。仕方ないので他のメンバーで話す事にする。


「いいかい? 僕らはまず、貴族組に追い越されない事を第一に考える」


 ジャンが別の地図を広げ、今日の方針を宣言した。恐らく隼人と考えたものであろう。


「それでいいのか? 幼学組はどんどん先にいっちゃうぞ?」


 不安そうに問うマシューだったが、コンラートが説明を引き継ぐ。


「体力だけなら幼学組向こうに分があるからさ。俺たちは体力を温存して、あるポイントで一気にスパートをかける」

「あるポイント?」


 ジャンが各々地図を確認するように命じる。昨日必死に確認したので、皆大体の地理は把握していた。

 コンラートは続ける。


「ここ、ストーブ岩ってあるだろ? ここで道が開けるんだ」


 ストーブ岩は、中腹にある円柱形の大岩であり、その通り円柱形の薪ストーブを思わせる外見から名が付いた。

 今日野営する山頂を別にすれば、もっとも広いスペースが確保されている。つまり、幼学組を後ろから追い抜くのが持って来いの場所と言うわけだ。


「その後山道が急に狭くなるから、一度追い越しちゃえばペースはこちらが握れるってわけ」


 コンラートは軽く言うが、そこまでルートを把握するには並大抵の努力ではなかった。手分けをして2・3年生に付け届けをして情報を得たり、教官を質問攻めにしたりと、膨大な情報を収集。それを情報をまとめて1枚の地図に集約させたのだ。

 エーリカも繋がりのある貴族出身者を片っ端から当たったが、おかげで講義が眠い日が続いた。


「カナデ、君は図画の成績は良いね? マッパーを頼むよ」

「は、はいっ!」


 自分が重要な役割を命じられるのは完全に予想の外だったのか。カナデは完全に緊張している。まあ、動き出せばいつも通りしゃんとするだろう。


「コンラート、君は最前列で行軍のペースを調節してくれ」

「了解了解!」


 指令を受けたコンラートは、大げさに敬礼して見せる。

 ベテランの彼なら、これを任せるべきだろう。行軍に求められる状況や、メンバーのコンデション管理など、彼が下士官として培った分野だ。


「隼人はいつものように助言役を頼むとして……」


 ジャンの視線の先には、相変わらず地図を広げてぶつぶつやっている朋友がいる。そう言うところまでうそぶき山を再現しなくても良かろうに。


「マリアは……」

「私は普通に登ります。魔法が禁止な以上、余計な事をして体力を奪われるのは下策でしょうし」


 了解したと、ジャンは頷く。

 今回の山中行軍では魔法はナシだ。対等でない、などと言った甘い考えではなく、この訓練で魔法を使っては正しく負荷がかからないと言う事だ。こっそり使って見つかれば、まあ恐ろしい事になる。

 おかげで、もっとも登山に適するマリアとエーリカの魔法が完全に封じられると言う事態になったわけだが。


「エーリカ、君は最後列で遅れた者のフォローを頼む」

「分かったわ」


 後ろからなら体調を崩したもの、怪我をした者がすぐ分かる。そこをファローする。のが、仕事だが正直不満に思わなくない。自分もぐいぐい前に進みたい。そんなことだからマリアにいのしし呼ばわりされるのだろうけれど。


「きゅーきゅーきゅー!」


 パフがジャンの目の前でパタパタ飛びながら、何かを訴え出した。

 ジャンは困ったように頭を掻き、視線をこちらに向けた。


「一応聞くけど、なんて言ってるの?」


 問いかける様子は完全に困っている。そしてそれは的中しているわけで。


「『自分の役目はなんだ? 何でも言ってくれ』だそうよ?」


 今回の登山は魔法禁止。パフに何かの役目を課したら、チーム全員が罰走じゃ済まない。確かに上空偵察をしてもらえば、有益な情報は山ほど得られるだろうが。


「ええとですねパフ、あなたは秘密兵器です。戦場でも大将が前線に突撃しないでしょう? あなたの活躍は最後の重要な局面ですよ」

「きゅー!」


 割って入ったマリアが、いつもの胡散臭いうさんくさい「説得」を始めた。一方のパフは目を輝かせてコクコク頷いている。ああ、かわいそうに。

 そのやり取りは、登山前のちょっとした寸劇の筈だった。しかしマリアの方便が現実になるとは、この時の誰も気付きはしなかった。

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