第36話『マリア・オールディントンの日記②』

”入学式の大騒動があったから、もうこんな事は無いだろうと高をくくってました。

実際にはそれこそ死屍累々な決死行が待ち受けていたわけですが”


マリア・オールディントンの回想より




Starring:マリア・オールディントン


 まず最初に。


 コンラートから聞いた話では、軍隊では基本的に日記の類は禁止らしいです。それが敵の手に渡って解析されたら、結構な量の情報が洩れてしまいますから。


 この日記も問題なのかと思えば、士官学校は常に後方だから、状況を整理する訓練としてむしろ奨励されているとか。

 もっと昔は課題として日記の提出を義務付けていた時代があるようですが、学校に見られる前提では誰も本音は書きません。美辞麗句を並べたような無味乾燥な日記ばかりになり、これでは意味がないので中止されたそうです。

 考えた人は相当頭悪いですが、すぐ問題が見直されただけ良いのかもしれません。




 最近はもっぱら山中行軍に向けての訓練が行われています。

 道具の使い方とか、野営のやり方とかですが、この間は野営訓練中にエルヴィラ先輩が例の模擬ライフル小銃を持って踊り込んできました。

 私も脇腹に一発受けてしまい、その日のご飯は無理矢理押し込みました。せっかくのカレーだったのに。


 専門の猟師を呼んできて、山の怖さを脅して――いえ教えてもらったりもしました。

 いきなり凍傷で指を切り落とした写真を見せられて、引いてしまいました。駄目押しに「敵弾や銃の暴発で指が飛ぶこともある。この位でなんだ」とジル教官のお言葉。


 夏山だとまだましだそうですが、それでも登れば登るほど気温が下がるので、体を濡らすのは厳禁だそうです。ずぶ濡れの状態で冷たい風を受けると、体温がどんどん逃げてゆき、低体温症になるそうです。

 そうなるとただ死ぬだけではないとか。思考力が落ちて、服を脱ぎ始めたり、崖に飛び降りたり大変な事になるようです。

 雨や汗で体が濡れたら、ただちに着替えるように厳命されました。


 死ぬだけでも嫌なのに、素っ裸になって竜神様の所に行くなんて嫌すぎます。下着は多めに持って行く事にします。


 エーリカの問題も、期限は迫ってきているようです。今回の山行を逃したら、事実上のタイムオーバーです。実は相当焦ってますが、義兄あにはまだ諦めていないようです。彼が諦めないなら、私が諦める理由もありません。

 作戦の詳細は知らされていますが、漏洩を防ぐためここでは伏せます。なんだか冒頭の話と繋がっちゃいましたね。




 先週末もニュース映画を観ました。


 アメリカの大統領が、ダバートやその同盟国の地球列強を「旧世紀の遺物である君主国」と演説して糾弾したようです。「共和制の国々が団結を持って通商の自由を取り戻す」みたいなことを言ってました。

 ソ連やフランスも同調したとか。

 じゃあ商売相手のゾンム帝国はどう考えてるんでしょうか。この人たちは。


 要するに、「”門”を寄こせ!」と言う事なんでしょうけど、なんかきな臭くなってきました。


 4年前に海軍軍縮条約延長が物別れに終わって、日本はせっせと戦艦や空母を造ってるみたいです。それに呼応してダバートやゾンムも建艦競争に入ったとニュースは伝えています。日本はまだ完成していない戦艦を「今度のは世界一でかいぞ」などと、取らぬ狸の皮算用な宣伝をしています。

 実際相当に大きいと言う噂があって、海軍志望の同期生たちが「ダバートでも建造されたら、絶対それに乗る!」と息巻いているようです。兄さんなら空母の方が良いって言うでしょうね。

 私達は空軍志望ですが、海軍に行くなら空母か航空部隊でしょうか。どちらもエリートだから、簡単には行かないでしょうが。


 とにかく、国際情勢はどんどん危ういものになって行きます。

 軍人の責務を果たすと決めてはいますが、出来れば戦いを防ぐための力でありたいです。




 先日の夕食は御馳走で、鯨のカツレツでした。

 日本海軍の戦艦〔霧島〕からダバート海軍の戦艦〔霧島〕が、貰い受けてきたレシピで作ったそうです。

 ライズには地球の設計図で建造した船は原型の名前を貰い受ける風習があるそうで。ここはちょっと紛らわしいんですが。

 なので地球の〔霧島〕とライズの〔霧島〕で、2隻の〔霧島〕が存在するようです。私も士官学校で知りました。


 まあ、船は空中に浮かぶ”門”を通れないので、同じ名前の艦同士が邂逅する事はありえません。なので混乱をきたす事もまずないのでしょう。


 それでカツレツなのですが、これが絶品でした。夏休みに帰京したら、おかーさんに教えてあげようと思います。




 日曜日に義兄あに、エーリカと3人で人気の演劇を見てきました。地球から三顧の礼で迎えた演出家が素晴らしい仕事をすると評判になっていて、休みの日に合うチケットを手に入れるのが大変でした。

   

 劇の方ですが、格調高いけどちょっと意識高くて自分に酔ってる感じは微妙でした。しかしながら悔しいことに大変面白く、見入ってしまいました。

 あの演出家は出世しますね。


 上機嫌で拍手していた義兄が、演出家の顔に驚いて大声を上げかけました。エーリカと2人で押さえましたが、それからずっと「やばい、やばい」とうわ言のように繰り返す始末です。


 後で理由を聞きましたが、ちょっと半信半疑です。義兄が嘘をつくはずもないし、理由も無いので信じる事にしましたが。

 例によって、この件は伏せさせて頂きます。


 そうそう、件の演出家の名前ですが、アドルフ・ヒトラーと言うようです。

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