第35話「貴族組の交友事情」

”私たちには運命・・が待っていました。

だから、今この時を、シヴィル達に邪魔されたくなかったのです”


オクタヴィア・フェルナーラの手記より



Starring:オクタヴィア・フェルナーラ


「オクタヴィア、相談があるのであります」


 親友の言葉の意味を、オクタヴィア・フェルナーラは概ね推察していた。だから、特に怪訝そうな態度は見せる気はない。


「良いですわ。では今日の自主訓練の時間に。ついでに汗を流すとしましょう」

「感謝するであります」


 わざわざ「感謝」などと言う言葉を使うところがナタリア・コルネの律義さである。水臭いと言えばそうなのだが、彼女なりの距離感なのだろうと最近気づいた。


 後姿を見送って、恐らく……いや確実に面倒事だろうと思う。とは言え態度に出すのは癪だ。貴族組はいかなる場合でも優雅でなければならない。


 ナタリア・コルネはクロア公国からの留学生だ。ただし、彼女の出身はクロア半島北部の穀倉地帯。ゾンム帝国の影響下にある帝国派貴族の勢力圏だ。もし、ゾンムとクロアの間に戦端が開かれれば、自分たちは敵味方に分かれる可能性があった。

 そのせいで、彼女は他の候補生とは距離を取っているように見えた。オクタヴィアは奇妙な言葉遣いながら、真面目一本なナタリアの性向を気に入り、友誼を結ぶに至った。

 未だ他の者とは壁はあるが、彼女はナタリアなら何とかすると気にしていない。


「中学組は、面白いのであります」


 率直な物言いだった。やはりその事かと思う。中学組のリーダーが、クロアの危機を予想して見せたと言う話は、まあ事実と言える。大甘に採点してだが。

 それは、あのジル教官が珍しく彼らを褒めたのも含めてだ。


「でもそれは、あなたが助言したからじゃありませんの?」


 結局のところ、彼らは自分の知識や読み・・で突き止めたわけでは無い。それが全幅の評価に値するのか?

 ナタリアは静かに首を振った。物腰こそ柔らかかったが、はっきりとした拒絶があった。


「あの時は驚きのあまり介入したでありますが、恐らく彼らは放っておいても答えにたどり着いたであります」


 親友の言葉だが、どうにも素直には頷けない。貴族組の自分でさえ、クロア公国が分裂までの秒読みを刻んでいるとは信じられなかったのだ。ナタリアが現地で見聞きした事を聞くまでは。

 確かに新聞報道を分析、とまで行かなくても、離間作戦は予想しうる。地図を良く観察すれば、ゾンムがひとつの可能性としてとしてそれを選ぶ可能性もあると分かる。あくまで可能性として。


 結局のところ、彼女はひとりでも多くの理解者が欲しいのだ。それは故郷で、この国においてもその言葉が人々に届かなかった事を意味する。そう、オクタヴィア以外は。


 だが、あのいい加減な中学組がそのようなパフォーマンスを発揮するとは、正直思えない。


「……随分、惚れ込んでしまったのですね」


 ナタリアは焦り過ぎる。


 故郷と祖国を切り離そうと言う勢力に対して、遠く離れたダバートの地で状況を変えたいと願うのは分かる。分かるが、ダバート王国とて馬鹿ではない。既に外交ルートからクロア当局に対策を要請している可能性は低くないし、王立諜報部日ノ出機関だって目を光らせている。ナタリアの見識を疑うつもりはないが、勘違い、と言う可能性もゼロではない。


 思案するオクタヴィアの様子からネガティブな印象を感じたのだろう。駄目押しするように、ナタリアが問う。


「オクタヴィアは、彼らをどう思っているのでありますか?」


 直球をぶつけられ、オクタヴィアはうなってしまう。正直、彼らをそこまで高評価する理由も無かった。


「同じ平民シヴィルでも幼学組より柔軟だと思いますわ。ただその分、地力において幼学組に劣ります。6ヶ月前まで軟弱な生活をしてきた者たちですのよ? 大いなる義務を課されて来た貴族組とは並び立てませんわ」


 正論・・を述べたつもりだが、ナタリアは不満そうだった。


「しかし、良いのでありますか? 6区隊の連携を見たでありましょう? このまま区隊内でぎすぎすしていては、他区隊と差を付けられるばかりであります」


 これにはオクタヴィアも答えに窮する。6区隊の整然とした隊列を思い出したからだ。

 で、あれば。中学組、幼学組には何としてもここまで上・・・・・がって来て・・・・・欲しい。


 その時、後ろ手に声がかけられた。


「なら、答えはひとつじゃないですか!」


 振り返った入り口には女生徒が仁王立ちでこちらを見ていた。してやったりと口角を吊り上げているのが癪に障る。


「何の御用ですの? マリア・オールディントン」


 今日は中学組に振り回される日だ。

 そんな気分を知ってか知らずか。マリアはちっちっちと、指先を動かして見せた。大変癪に障る。


「先日のお礼に訪れたら、話が聞こえただけです」

「そう、感謝は受け取りましたから、もう帰って良いですわ」


 すげなく切り捨てる。ナタリアには悪いが、今彼女の話を聞きたいときではない。

 が、親友は即行でマリアの話に食いついてきた。


「答え、とは何でありましょう?」


 オクタヴィアの腹積もりと正反対に、ナタリアが食いついた。

 やれやれと肩のひとつもすくめたくなる。やはり彼女は、焦り過ぎだ。


「貴族組の皆さんは、中学組を舐めきってますね? 私たちは凄いですよ?」


 木剣のケースから自慢げに短剣を取り出し、ぶんぶん振って見せるマリア。

 正直オクタヴィアも、この公爵令嬢をどう扱うべきか決めかねている。生まれは申し分なき貴族。貴族学校でなく中学に進学し、首席で卒業。そして士官学校へ入学。

 彼女が貴族組でない理由に、「体力の無さから剣技科目のある貴族学校を嫌がった」などと言う者が居るが、そもそもそれなら士官学校など目指さない。

 普段から飛行機だのパイロットだの夢のような事で騒ぎ立て、大いなる義務に背を向ける。と思えば、大いなる義務を果たそうとする心根は本物と、先日の騒動で思い知らされた。


 要するに、敬意を持つに値するが、自分にとって異物であると言う事だ。


 マリアは、オクタヴィアからの返事が無いと見ると、畳みかけてきた。


「貴族組にジャン・スターリングほど機転が利く人が、あなた以外にいますか? 南部隼人ほどのアイデアマンは? マシュー・ベックみたいに20kgのフル装備の上から石を放り込んだザックを付けて、全力疾走できますか? エーリカ・ダバートのような使役魔法は? 学科なら貴族組より上な人がごろごろいますよね?」


 その時のオクタヴィアは、その論旨を掴めなかった。故に彼女の言葉が屁理屈のように感じる。


「それはひとりふたりの話ですわ。候補生たるもの、ある程度の苦手があったとしても全てに精通していなければ」

「ならば補い合います。不得意をカバーし合う事で動くのが『軍隊』じゃないですか?」


 話にならない、とオクタヴィアは切って捨てる。半端なものを組み合わせるなんて、貴族の発想ではない。

 だが、ナタリアはそう受け止めはしなかったようだ。


「つまり、私とオクタヴィアがやっているように、でありますな?」


 そう言われると、更なる抗弁は出来なかった。

 自分も苦手な生物をナタリアに教わっているし、逆に日本語をナタリアに教えている。

 マリアが勝ち誇ったように頷いた。


「それで、あなたは何を言わんとしているの?」


 マリアがにやりと笑った。求めていた言葉を引き出したとでも言うように。

 ただ次の瞬間、短剣を動かす彼女の手は止まり、代わりに深々とこうべを垂れるマリア・オールディントンが居た。


「チャンスを下さい。親友を助けたいんです!」


 親友を助けたいんです。

 この言葉はずるい。自分もまた同じ条件なら、やはり頭を下げただろうから。


「……オクタヴィア」


 ナタリアがこちらを見てくる。自分もマリアと同じように頭を下げんばかりに。

 面白くはないが、ならば仕方がない。


「マリア・オールディントン、あなたの事情は聞きません。興味もありませんし」


 前置きした後、不満そうに尋ねた。


「それで、わたくしたちは何をすれば宜しいの?」


 2人の表情がぱっと輝く。都合のいい呉越同舟ごえつどうしゅうである。


「再来週の登山行軍であなた達を追い越します。そうしたら……私たちを認めてください」


 なるほど、あくまで実力を証明したいと言うようだ。

 ただの”お願い”であるならはねつけてやろうかと思ったが、”挑戦”でえあるならば。これは乗らざるを得ない。


「これはオクタヴィア、一本取られたであります」


 愉快そうに微笑むナタリアが、今日に限って頭痛の種である。


「よろしいですわ。、その代わり、もしできなければ、あなた達を馬鹿めと言って差し上げますわ」


 マリアもまた、挑発に乗って見せる。自分の負けは無い、とでも言うように。


「どうぞどうぞ。”今の私たち”は無敵ですから」

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